バレーばっかり優先してきた俺にも、ミョウジナマエという彼女がいる。
ナマエは大人しい性格で、音駒に入学してすぐぐらいに、バレーの次に好きなってくれたらいいと俺に告白してきた変わり者だった。面白半分で告白を受けて付き合ってみたら、いつの間にか俺の方も彼女を好きになっていた。
放課後は部活があるから一緒にはほとんど帰ることはなかったし、休日も練習や試合があってデートはできなかった。公式の試合になれば応援に来てくれた。だけど声をかけてくることはなく、試合前に「頑張って」と、家に着いた頃に「お疲れ様」とメールが届く。控えめなメールに何度励まされたことだろう。
そして高校最後の試合、ゴミ捨て場の決戦、因縁の相手、烏野高校との試合の日。
「黒尾くん」
「ナマエ、やっぱり来てたんだな」
珍しく試合前の俺の元にナマエがやってくるなり、俺の両手をその小さな手で包み込むように握ってきた。握られたところからナマエの体温が伝わり、指先がじわりと暖かくなると、流石の俺も緊張していたのだと思い知らされた。手を握ったまま、俺の方を見上げたナマエはにっこりと笑って口を開いた。
「黒尾くん、今日負けたら絶対許さないから」
「は?」
「私もね、たった三年間しかない花の女子高生なの。彼氏持ちとしては、やっぱりそれなりに高校生らしいこともたくさんしたかった。でもね大好きな黒尾くんが夢中になって本気で頑張ってるバレーを、私の我儘で絶対邪魔したくなかった。楽しそうにバレーをしている黒尾くんの姿を見て好きになったんだもん。この試合をどれだけ黒尾くんが実現させたくて頑張ってきたか、ずっと見てきたから知ってるよ。だから、私がいっぱい我慢した分も、黒尾くんが費やした努力の分も、全部全部ぶつけて、烏野に勝ってきて」
「……言うようになったな、ナマエも」
「最初は、負けたら泣き場所くらいは提供してあげるって言おうかなと思ったけどね。こっちの方がやる気出るかなって」
「負ける気なんてさらさら無いから安心しろ。勝ったらお前こそ嬉し泣きすんじゃねーの?」
「かっこいい黒尾くんが観れるなら、それも悪くないよ」
後ろで夜久が俺を呼ぶ声がして、ぱっと手が解放された。
「んじゃ、いってくるわ」
体の向きを変えると、ナマエは俺の背中をぽんっと押した。いい感じに身体の緊張が取れた気がしながら、まだじんわりと彼女の温もりを持っている手を握りしめ、仲間の元へと足を進めた。ナマエの優しさに甘え、好きなだけバレーに集中させてもらってると初めて気づかされた。だからこそ、ナマエの為にも絶対に烏野に勝つ。