安藤先生の部屋を借りて会計委員会の仕事をしていると障子が開けられた。

「文次郎、ちょっといいかい?」
「どうした、伊作」

声の主は伊作だった。伊作がここまで訪ねてくる時はだいたい予算関係だろう。

「文次郎に相談があってさ」
「却下だ」
「ま、まだ何も言ってないじゃないか」
「保健委員会は他の委員会と違ってまともな予算をつけてやっているだろう。それで足りなくなるのは委員長である伊作、お前の管理不足だ。足りなければ薬を売るなりして調達すればいい」
「たしかに保健委員会の委員長としては予算はいつでもほしいけど、今日は予算の件じゃないんだ」
「違うのか?」

困ったようにそう答えた伊作に首を傾げた。予算がほしいわけでもないのに、わざわざ会計委員の俺を訪ねてきた理由がわからなかった。

「実は彼女に頼まれて来たんだ」
「彼女?」
「入っておいで」

伊作が障子の向こうに声をかけると、ゆっくりと開けられ、桃色の忍び装束を着たくのたまが正座していた。部屋に入り、障子を閉めると伊作の隣に座って頭を下げた。

「彼女はくの一教室四年のナマエさん」
「初めまして、潮江文次郎先輩。ナマエと申します」

頭を上げたナマエというくのたまは俺に笑顔を見せた。四年というわりには美人だと思った。

「彼女は薬草学に興味があって、よく僕の話し相手になってくれているんだ。彼女の実家は商家をしていてね、学園にいる間に会計のことも学んでおきたいらしくて、それなら会計委員長である文次郎に教わったらいいんじゃないかと思って連れてきたんだ」
「潮江先輩のお邪魔にならない範囲で会計委員のお仕事を見せていただきたいのです」
「四年なら会計委員の三木ヱ門に聞いたらいいんじゃないか?俺なんかより同級生のが話しやすいだろう?」

頭に浮かんだ疑問を投げかけると、ナマエはその綺麗な顔を顰めた。話し方は所作からは落ち着いた雰囲気がするのに表情がこんなにも変わるなんて面白い奴だ。そう思っていると、伊作が苦笑しながら話した。

「ナマエさん、くの一教室の中でも後輩や先輩から美人とか可愛いってよく言われてるんだけど、それを聞いた三木ヱ門から一方的にライバル視されてるんだって」
「三木ヱ門くん、ほんっと苦手」
「話は分かった。会計の勉強も立派な鍛錬だ。そうだな、俺の補佐という形で会計委員会に来て勉強するのはどうだ?」
「いいんじゃないかな。どう?ナマエさん」
「それで是非お願いします、潮江先輩!伊作先輩もありがとうございました」

ナマエのころころと変わる表情を見るたびに心臓が大きく脈打った。なんだこれは。嬉しそうに伊作に礼を言う姿にはモヤモヤした。

「あと、俺のことも名前で呼んでくれていい」

ふいに口から出た言葉に俺自身が一番驚いた。伊作が名前で呼ばれたのを見て、俺もそう呼んでほしい、と思った。

「はい!よろしくお願いしますね、文次郎先輩」

何かを察したらしい伊作は親が子を見るような眼で俺を見ていた。なんなんだ、一体。

back top