朝出社した時に持ってきていた傘は、閉じた瞬間壊れてしまった。今日は一日中、雨予報だというのに。残業をしていたら定時を2時間も過ぎてしまい、会社から出てくる人間もほとんどいない。傘を差さずに帰るには明日使う資料やらタブレットを入れている鞄が心配で、オレは会社のビルの入り口で立ち往生していた。
「サボさん?」
後ろから声をかけられ、振り向くとそこには2年後輩のエリカがいた。
「エリカも今帰りか?」
「新入の子が押し付けられた仕事を手伝ってあげてたらこんな時間になっちゃっいました」
「相変わらず優しいな、お前は」
エリカは俺の隣に並んだ。新入社員研修の時にエリカの担当になったのがオレで、それから配属先は違うが、なにかと気にかけていた。他人を気遣える優しさと、見れば癒される笑顔、思わずぎゅっと抱きしめたくなる小柄な身体も、全部が可愛く見えた。
コアラに言わせれば「一目惚れでめちゃくちゃ好きってことじゃん!」ということらしいが、いい歳した大人が一目惚れだのなんだのってアピールするのも気が引けていた。
「で、その新入の子はどうしたんだよ」
「彼氏が迎えに来たって言ってたんで、先に帰してあげました」
「甘やかすのはよくないぞ」
「だって、どんなに仕事が辛くても大変でも、大好きな人の顔を見たら、疲れなんて吹っ飛んじゃうのわかるじゃないですか」
「好きな奴、いるのか?」
エリカの言葉に思わずそう訊いてしまった。まるで自分のことのように言っていたから、そういう相手がエリカにはいるんだと思った。
「……」
「…オレに言うことでもないか。ごめん、変なこと聞いて」
黙ってしまったエリカに謝るも、気まずい雰囲気になるのが嫌でその場から逃げるように足を動かそうとした瞬間、スーツの裾が後ろに引かれた。目線を落とすと、エリカが掴んでいた。
「サボさん、傘ないんですよね?」
「え、ああ、そうだけど」
「駅まで一緒に入りませんか?」
まさかのエリカからの相合傘の提案に固まってしまった。エリカは真っ直ぐにオレを見上げていた。
「そんなことしたらエリカの好きな奴に悪いだろ」
「…私今日仕事すごい頑張ったんです。本当は見たいテレビもあったから残業もしたくなったし。でも、サボさんに会えたのが嬉しくて、今日で今が一番幸せで、だからっ」
エリカの言いたいことが伝わって、オレはエリカの手から傘を奪った。ピンク色の可愛い、少し小さめの傘。大人が二人で入るにはかなり近づかないといけない。
「貸して、オレが持つ」
「……いいんですか?」
「うん。でもエリカが濡れるのはダメだからオレの方に寄ってな」
「は、はい!」
傘をさして二人で入り、駅までの道を歩く。オレの右肩は傘から出て、しっとりと濡れているが、左側を歩くエリカの嬉しそうな顔を見ていたら、そんなことは微塵も気にならなかった。