食堂でランチを食べていると隣に座っていた勘右衛門が肘で俺のことを突いてきた。
「行儀悪いぞ、勘右衛門」
「なぁ兵助、またあの子がこっち見てる」
「気配と視線でわかってる」
ちょっと前から俺はくのたまの女の子からずっと見られている。食堂にいる時や、火薬委員会の仕事で蔵にいる時、豆腐小屋で豆腐を作っている時。話しかけては来ないけど気がつくと桃色の装束がちら見えしている。
「かわいい子じゃん。いっそ付き合っちゃえばいいのに」
「いや、そもそも話したことがないのに付き合うとかそういうのないだろ」
「名前は?」
「知らない」
「彼女はナマエちゃんだよ」
「雷蔵」
俺達の前にランチを持って座ったのは雷蔵だった。いつも一緒の三郎がいないと思ったら雷蔵はにこりと笑った。
「三郎は八と居残り中」
「珍しいこともあるんだな」
「実技中に二人とも熱くなりすぎて先生の静止を無視しちゃったんだよ。それより、洗い場のところから兵助を見てる女の子のこと話してたよね?名前はナマエちゃん、くのたまの四年生だよ」
「雷蔵は顔見知り?」
「うん。元々は中在家先輩の知り合いの子で、よく図書委員の仕事を手伝いに図書室に来てくれるから。そっか、ナマエちゃんは兵助のことが好きなんだね」
雷蔵は温和な笑みを浮かべて俺のことを見てきた。
「ナマエちゃんいい子だよ、結構かわいいって聞くし、年下の子たちにも優しいし」
「雷蔵のお墨付きってわけか」
「俺は話したことないからどういう子かわからないんだけど」
「あ、あの!」
後ろから声をかけられたと思ったら、さっきの女の子、ナマエって子が俺の後ろに立っていた。そして胸元に持っていた文らしきものを俺に向かって差し出した。
「くっ、くく、久々知先輩、これ、読んでくださいっ!」
「えっ……あ、うん。ありがとう」
目の前に差し出された以上、受け取らないのも失礼だと思い、彼女の手から文を取った。彼女は脱兎のごとく食堂から出て行ってしまった。勘右衛門だけじゃなく雷蔵までも興味津々という目でこっちを見てくるから、仕方なしに文を読むことにした。こういうのって一人の時に読んだ方がよかったのか。いや、内容によっては勘右衛門や彼女と顔見知りという雷蔵にも相談が必要かもしれない。文を開くと綺麗な文字が並んでいて、読んだ俺は思わず固まってしまった。
「なになに、『久々知兵助先輩が作ったというお豆腐を先日、中在家先輩から一つ分けていただきました。今まで食べたどのお豆腐よりも美味しくて、私は先輩のお豆腐が大好きになりました。先輩がもしよければ是非先輩が作ったお豆腐をまた食べたいです。 ナマエより』」
勘右衛門は文に書かれたことを読み上げた。
「つまりはナマエちゃんは兵助じゃなくて、兵助が作った豆腐のことが好きで、豆腐を食べさせてほしいと頼みたくて機会を伺ってたってことだね」
「兵助の豆腐のこと好きって言ってくれるなんて、超いい子じゃん!」
俺の豆腐を好きになったから食べたいって言ってくれたあの子のことが一気に気になった。俺はランチをあっという間に食べ終わり、その文を持って席を立った。
「雷蔵、あの子がいそうな場所教えて」
「たぶん図書室じゃないかな。中在家先輩に報告してると思う」
「ありがと。勘右衛門、悪いけど食器片付けておいて」
「いいよ!全然いい!!早く行けって!あの子のおかげで豆腐地獄から解放されそうな未来が俺には見えるし、食器くらいいくらでも片付けるから、兵助は早くあの子を探して告白してこい!」
「いや、告白はしないけど」
「豆腐が繋いだ縁だぞ!恋仲にならないでどうするんだ!男を見せろ、久々知兵助!」
やけに勘右衛門が熱の籠った声でそう叫び続けているのを背中に受けながら、俺はあの子を探すべく食堂を出た。きっと豆腐の神様が俺に与えてくれた子なんだ、そう思うと逸る足を抑えられなかった。