鏢刀の手入れをしていると天井裏からナマエの気配がして声をかけた。

「武器の手入れ中は邪魔をしない約束だろう」
「……わかってます。だから下りてないじゃないですか」

二つ年下のくのたまであるナマエに懐かれたのは何がきっかけだったか、とっくに忘れてしまった。シナ先生の遠縁にあたる忍びの一族の出身らしく、四年生でありながら才能があり、努力も惜しまい優秀なくのたま。時折ふらりと私と雷蔵の元を訪ねてきては話し相手になっていた。

「鉢屋先輩」
「どうした」
「私、補習になってしまいました」
「お前が補習?珍しいな」

珍しい言葉に思わず目線を天井に向けた。天井の板が少しだけずれている。おそらくそこにナマエはいるのだろうが姿は見えない。

「何の課題だったんだ?」
「……」
「黙っていてはわからないだろ。私に手伝ってやれることがあるなら手伝ってやってやるから教えてくれないか」
「……」
「はぁ、とりあえず下りて来い」

かたっと音を立て天井の板が外され、ナマエがするりと下りてきた。桃色の忍服を着てはいるが、頭巾はしておらず、いつもは結い上げられている髪も下されていた。私の前に正座して俯くナマエの長い艶やかな黒髪が垂れるのに思わず目を奪われた。

「で、補習になったのはどんな課題なんだ?」
「……ろです」
「ん?」
「色、です」

小声で呟くように答えたナマエの顔はほんのり紅く染まっていた。

「色ということは房中術か?」
「正しくは口吸いをしてくるという課題です。学園内でも、学園外の人でもいいから、とにかく口吸いを三度すること。くの一たるもの口吸いの経験が少ないと色を仕掛けて情報を聞き出したり、薬を飲ませたりするのにも手間取ってしまうから慣れるようにと」
「なるほど」

忍たまの授業ではそこまでは学ばない。口を割らないやつには力で割らせることだってできるし、自白薬だって使う。だが、くのたまともなれば色を使う方が容易かったりするのだろう。

「そんな課題はさっさと終わらせてしまえばいいだろう。補習になったってどういうことだ」
「お恥ずかしながら私には口吸いの経験がありません。書物で口吸いについて調べてるうちに期限が来てしまって、こうなったら友達としたらいいかと思ったんですけど」
「ぶっ」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ、続けろ」
「なんかもやもやして、頭の中に、その、鉢屋先輩の御姿が浮かんでしまって。それを言ったら友達が『先輩に相談した方がいい』と言うので、こうして参りました」

観念したかのように事の次第を告げたナマエを見ているうちに、私の中に妙な気持ちが芽生え始めた。今ならこの何も知らない無垢な少女に私の手で染めることができる。口吸いからのその先も私が教えてやれる。私が手取り足取り、頭の先から指の先、髪の先まで全て愛でて教えこませて私の好みに育てられる。雷蔵の仮面の下で思わず口の端が上がっているような気がした。俯いていたナマエに近づき、左手で腰を抱き寄せ、右手は顎に添え上を向かせた。

「先輩?」
「私の元へ来たのは正しい選択だったな」
「……え?」
「ひとまず口吸いの課題から手伝ってやろう」
「んっ」

私はナマエの唇に自分のを角度を変えて何度も重ねた。空気を求めて薄く開いた隙間から、舌をナマエの口内に滑らせる。その小さな口内を逃げるナマエの舌を追いかけ、舌同士が触れ合えば、ナマエの身体もぴくりと震え始めた。私の装束を握るナマエの手にも力が入る。愛おしいという感情が胸に広がっていく気がした。

「口吸いも、それ以上のことも私がお前に教えてやる」
「鉢屋、先輩?」
「後輩の面倒を見るのは先輩の役目だからな」

都合のいい建前を並べながら、自覚してしまった私の気持ちをナマエに注ぐように私はナマエとの口吸いに夢中になっていった。それが恋だとはまだ気づかないふりでもしていよう。

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