「雷蔵、あいつを見なかったか?」
図書委員の仕事をしている不破のもとを訪れた鉢屋の問いに不破は首を横に振った。
「見てないけど。また逃げちゃったの?ナマエちゃん」
「ああ」
鉢屋が溜息をつくと、不破は困ったように眉を下げた。
「早く見つかるといいね」
「もうすぐ恋仲になって一年になるというのにあいつは未だに私に慣れないらしい。それどころか最近は悪化しているような気もする」
「でも本人も言ってるんだろ、三郎のことが好きすぎて恥ずかしくて逃げちゃうんだって。乙女だね〜」
「毎度毎度探している私の身にもなってくれ」
鉢屋の恋仲であるくのたまのナマエは松千代先生にも劣らぬ恥ずかしがり屋なのだが、違いがあるとすればそれを発揮するのは三郎限定だった。鉢屋からナマエに告白したのだが、その時もナマエとは目線が合うことはなかった。いざ付き合ってみてもいつも適度な距離を開けられていて、鉢屋が一方的に手を握り締めれば真っ赤になった顔を空いている手で必死に隠した。それでも恋仲らしいことはちゃんとしていて、とっくに体も重ねている。なのに、ナマエは未だに鉢屋に会うのが恥ずかしく逃げ隠れてしまう。肩を落としながら図書室をあとにする鉢屋を見送った不破は、本棚の奥の隅っこに蹲っている人影のもとに向かい肩を叩いた。
「三郎は行っちゃったよ、ナマエちゃん」
「ふ、不破くん…」
「ほんとに気配隠しちゃうんだね」
「うぅ、ごめんね、迷惑かけちゃって」
「僕はいいんだけど、流石に三郎がちょっと可哀そうに思えるし。ここ暗いしあっちで話そうか」
ナマエは長机まで来るとその机に伏せた。
「だって、三郎くん今日もすっごくかっこいいんだもん!毎日毎日姿を見るたびに好きって気持ちが止まらなて心臓ドキドキして、あんなにかっこいい人が私の恋仲なんて未だに信じられないし。もう一年も経つのに…ほんと無理…ときめきすぎて死んじゃうよ…」
「理由としては悪くはないが、逃げるのはいい加減止めろ」
「ひゃぁっ!」
いつの間にかナマエの背後にいた鉢屋がナマエを後ろから抱きしめていた。
「ささささ、三郎く、ん!はっ、離してぇ!」
「はい確保ー」
「さっき三郎が来た時に矢羽音で君は奥にいるから一旦出て行ったフリして待っててって言ったんだ」
「不破くんのっ、裏切り者!」
「図書室で騒いでると中在家先輩が怒るから静かにね」
「くっ」
「じゃあこいつは回収していくぞ。助かった、雷蔵」
「どういたしまして。ナマエちゃんも少しは三郎と向き合わないとだめだからね」
鉢屋はナマエを肩に担ぐとそのまま屋根に上がった。そこに並んで腰を下したが、いつも通りナマエは鉢屋との間に人一人分の空間を開けている。
「お前さぁ、そんなに私のこと好き好きってしてるのにどうして近づこうとしない」
「は、恥ずかしいから無理!さ、三郎くんは、もっと自分がいかにかっこいいかを自覚すべきだと思う」
「かっこいいと言われても顔は雷蔵の顔じゃないか。私も雷蔵の顔は好きだからこうして五年間も雷蔵の顔で過ごしているが」
「……別に不破くんの顔の話はしてない」
「自覚という点では、お前がどれだけ私のことを好いているかは自覚はしているぞ。私のいないところでいろんな人に私のことをかっこいいだの好きだの言いまくっているのは知っているからな。好いた女が自分のことをかっこいいと周りに吹聴していることを嬉しく思わない男がいると思うか?ただお前の場合はそれなのに私から逃げるから腹が立つ。今更恥ずかしいってなんだ。手を繋ぐのも口吸いも未だに初心な反応してるが、私達はヤることはヤっているじゃないか。だからもう、私がお前を逃がしてやれるわけない」
「え、ちょ、ちょっと、待って、三郎くんの言葉が強すぎて、それじゃまるで、私のことすっごい大好きってことにならない?」
「お前には私が好いてない女と付き合うような薄情な男に見てているのか?」
「んんっ!み、っ見えない!」
ナマエは自分の膝に顔を埋めつつ足をバタバタさせた。三郎の言葉も何もかもがナマエをときめかせ、完全にナマエのキャパを超えていた。鉢屋は一瞬の隙をついて距離を詰めると、ナマエの腰に腕を回しぐっと身体を寄せた。そのままナマエの耳に口を寄せるとナマエにだけ聞こえる声で囁いた。
「私に好かれていることをたっぷり教え込ませて、逃げても隠れても無駄だと体で覚えるのも悪くはないな。恥ずかしがる姿はかわいいからまだ見ていたいしな」
その夜、腰が立たなくなったナマエは三郎に抱きかかえられながらくのたまの長屋の自室に戻ることになった。