02
見合いは結婚を前提にしたものだ。
殊更に拒否しない限り話は進む。
そうして、私と降谷の結婚は何の障害もなく決定した。
結納はもちろん、式も披露宴もなかった。
公安警察官ならばそんなものだろうと疑問はなかった。
父が公安だと知ったのは、大学に入学した年だったか。
それまでは『ちょっとえらい警察官』程度に思っていた父は、『ちょっと人に言えない役職でえらい立場までいった警察官』だった。父の付き合いと称して参加していたパーティーやら何やらが、実はいくつかはきなくさい何かの現場だったらしいとはそのとき察した。
父が公安だと知ったからと言って生活は特に何も変わらなかった。
ただ、空気を読むスキルととりあえず口を閉ざすスキルは上達した。
そしてどうやらそれは降谷との暮らしでも生かせるものらしかった。
引っ越し当日、午前中にまず私が荷物を運び入れる。
そのまま仕事に行って、帰宅したら降谷と降谷の荷物が増えていた。
「おかえりなさい」
「…戻りましたです」
きっと別日のどこかで適当に運び入れるだろう程度に思っていた私は、まさの出迎えに面食らう。おかえりなさいなんて言葉を人にかけられるのも久しぶりのことで、咄嗟に出張から戻ったような返しをしてしまった。「ただいま」と言うべきだったか。
別にそんなことは気にした風ではない降谷はさっさと部屋の中へ戻っていた。
「荷物、少ないですね」
「あなたほどじゃないですけど…」
運び込まれた家具や家電は一人暮らしだった私の部屋にあったもので、引っ越したとはいえ結局私の一人暮らしの部屋が再現されたようなものだった。降谷の荷物らしいものは壁に寄せて置かれたいくつかの段ポールだけらしい。さっと目で数えて少なさに気付くものの、父の部屋を思い出してすぐに納得する。持ち物が少ないのも職業柄か。
「片づけます?」
「明日にしようか。仕事で疲れてるだろうし」
ラフな服装をした降谷が床に直接腰を下ろす。そう言う彼は今日は仕事ではなかったのだろうかと考えてもしょうがないことを考えながら、とりあえずクッションを二つ段ポールから引っ張り出した。
降谷に一つ進めて、もう一つに自分も座る。
テレビもまだつないでいないから、部屋に沈黙が下りる。
降谷の視線を感じるが、なんとなくそちらが見られなかった。
「夕希——」
「最初に——」
話し始めた声が重なった。互いに黙って、どうぞ、と互いに促す。
促すが、降谷の方は譲られるつもりはないようだった。
黙っていても仕方がないのでこちらが口を開く。
「…最初に、いろいろ決めておきませんか」
「色々?」
「とりあえず——呼び方とか」
なにせ、交際0日婚だ。
二人きりになるのもこれが初めて(いや、二回目か)である上、名前に至っては 自己紹介で名乗ったのみの始末である。
「ああ——そうですね」
「私のことは適当に読んでください。呼び捨てでもなんでも」
言ってから、上司の娘なのだからあまりぞんざいにはできないものだろうかと思い至る。降谷は少し考えるそぶりをしてから、「では、夕希さんと」と微笑みながら言った。
別に呼び捨ててほしかったわけでもないのに、心の端が少しうずいた。
「私は何と呼んだらいいですか? 父からは『安室透』さんだと聞いています」
私の言葉に、降谷は目をしばたたかせた。それから「さすが立花さんの娘さんだ」とつまらないことを口にする。また、少しだけ胸がうずいた。
「そうですね、名前で呼んでください。呼び捨てでもなんでも」
先の私の言い方を真似しておどけたように言う彼に、少しだけ笑いがこみ上げる。呼び捨てなんて、できるわけがない。
「では——零さんで。外では『透さん』でいいですか?」
「はい。ああ——いや、安室の方がいいかな」
なら、基本的に呼ぶのは「安室さん」になるだろう。
きっとこの家で顔を合わせる時間はそう長くはない。
「結婚のことは公表しても?」
「夕希さんは」
その短い返しに、「安室」は公表していないことを言外に察する。
そうなら、私と「安室」の関係は夫婦でもなんでもない。
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