自惚れ屋の自惚れ
人間、予測不能な事態が起きると思わず本音が出てしまうもの。
ここにいるシマエナガも、その“うっかり”をしてしまった者の一人だった。
「あの…シャカ。ごめんなさい」
「何を謝る必要があるというのだ。このシャカが給仕すら出来ぬ愚者と思っていたのだろう?」
「そこまで思ってないってば」
「ほう、それなりには思っていたのだな」
(だからなんで揚げ足をとるのかな…)
事実なだけに否定できず、エナガは無言で出された茶を啜った。
この時ばかりは己の馬鹿正直さを呪うしかない。
と言ってもその場しのぎで上辺だけの謝罪と否定など、彼には通用しない上、逆効果だろうが。
折角二人きりでいられるこのひと時、向かい合ってのやりとりは謝罪と皮肉の応酬である。
今回の場合、分が悪いのはエナガの方。
処女宮を訪れて早々、いつものように居住区に邪魔をして茶を淹れようとするも、たまたま居住区にいた宮の主であるシャカに制止された。
理由も分からず、かと言って明確なアポイントを取っていたわけでもないため、今日は駄目なのだと内心消沈しながら、エナガは突然の訪問を詫びて自分の世界へ帰ろうとした。
けれども彼はそれも駄目だとエナガの肩を掴んで制止した挙句、「座って待っていたまえ」とだけ言われて居間へと促された。
何が何やら分からないまま、一人椅子に腰かけて待っていたところ、台所から漂ってくる落ち着いた香りにエナガは首を傾げた。
はて、一体誰が茶を淹れているのやら。
…などと、一瞬思った直後、エナガはすぐにある答えに行き着いた。
それでもそれが正解とは一概に言えなくて悩んでいるうちに、件の香りとともに現れたシャカによって答えは確定した。
その後のエナガの発言がまずかったのだ。
ぽかんと、文字通り口を開けてシャカを凝視するエナガに、今度はシャカが首を傾げた。
「わたしが客をもてなすのが意外かね?」、とシャカに問いかけられ、エナガは半分停止した思考で、思っていたことをそのまま口にしてしまった。
「うん、かなり意外」と。
正直者は馬鹿を見るというか、何というか…。
シャカでなくともあの発言はかなり無神経だったとエナガが今になって後悔しても、後の祭り。
現にエナガは言葉に出してしまったし、シャカの耳にもばっちり入っているのだから。
そんなエナガの盛大な後悔と落ち込み具合に、シャカが気づかぬはずもなく。
要するに、シャカは全てを見透かした上でこの状況を楽しんでいる。
楽しんではいるが、意外と言われて多少気落ちしたのはここだけの話だ。
シャカ自身、己が他人を懇切丁寧にもてなす性分ではないことくらい自覚している。
もちろん相手によってはそれ相応の応対をしているのだが、同胞などからは「それはもてなしとはいわない」と駄目だしをくらっている。
それでも、いや、そんなことはこの際どうでもいい。
問題なのはシャカにとってエナガがそれ相応の応対をしても良いと思える対象であるということだ。
そうでなければ、わざわざ白羊宮に出向いて茶の煎れ方を聞きに行くなんてことなど、するものか。
楽しみ半分仕返し半分の意地悪というわけではあるが、とはいえ適当なところで仕切り直さないといけないのも、また然り。
しょげる彼女も嫌いではないものの、ずっとこのままというのはシャカの本意ではない。
そして、次なる話題もまたとうの昔に決めていた。
今日、エナガと会ってすぐ気になっていたことだ。
「その香り…伽羅か」
「え、ああ。そう、お香。友だちからのお土産でもらったんだ」
「ほう……」
「試しに焚いてみたら思いの外服に香りが残っちゃって…もしかしてこの香り嫌いだった?」
「いや、君には聊か婀娜過ぎると思ったのだ。不相応な香りは纏わぬ方がいい」
「不相応?まあ私も少し落ち着かないんだよね。これからはいつものやつにするよ」
「うむ。それがいい」
誘導成功。
シャカは一人密かにほくそ笑む。
今の香りも別段不相応と言うほどのものではない。
ただ悪戯に余計な色香を加えて、(エナガ自身にそのつもりがなくとも)他の者たちの気を引かれてはたまったものではないのだ。
あくまでシャカの私事である。
幸いにもシャカの忠言を「お前の趣味だろ」と諌める者いない。
上手くいった満足ついでに、シャカはいけしゃあしゃあと更なる本音を暴露した。
「とは言うものの、香なくとも君の香りは心地良い」
「えっ?何それ、せ、セクハラ?」
「心外だな。わたしは常々思っていたことを言ったまでだ」
何が悪いとふんぞり返るようなシャカに、エナガはただただ困惑した。
香を焚き染めなくても問題ない…というだけの意味ではなさそうだが、果たして深読みして良いものだろうか。
何せ、相手が相手なのだから、それ以上の意味はないかもしれないのだ。
シャカがどういう返答を期待しているのか、エナガには分からなかった。
答えが出せないまま視線を上や下に彷徨わせていると、エナガの困惑を察したのか、シャカはやれやれとでも言うような溜息を吐いた。
「ではもう一つ。このシャカが自ら給仕をしてまでもてなす相手は女神と老師、そしてエナガ。君だけだ」
「そ、それは光栄です」
「今更何を畏まっているのだね、君は。それにわたしが今問題にしているのはそういう話ではない」
ならどういう話をしているのだ。
喉元まで出かかった疑問を、エナガはお茶とともに呑み込んだ。
もう少しヒントが欲しいとシャカに視線で請うも、あとは自分で考えろと言うようにシャカは口を開いてはくれなかった。
仕方なしに今までのシャカの発言を思い返すエナガだが、どうも一般論的な答えしか出てこない。
その一般論を本人の前で口にするのは、自信がないため憚られた。
「本当に君は愚鈍なのだな。いや、無駄に謙虚で慎重と言うべきか…」
「どれも良い意味では言ってないよね?」
「そのようなところを含めてわたしは君を好いているのだが」
「それはどうも………ん?」
今とんでもないことを言われやしなかっただろうか。
流すように生返事をしたとことで、エナガはふと我に返った。
好いている…?
いや待て。
そういう意味ではなくて、普通の、そうだ、そうに違いない。
「あのね、シャカ。そんなことばかり言うと誤解するよ」
「誤解の余地などない」
「だから、………自惚れちゃうって」
最後の言葉はエナガ自身でもほとんど聞こえるか聞こえないかの声だった。
蚊の鳴くような声でもシャカはしっかり拾いきったのか、はたまた聞き取れなかったが故なのか、きょとんとして首を傾いだ。
「今更何を言っているのだね?自惚れたらいいだろう」
「はい?」
「これで漸く君も理解できただろう。無駄に謙虚で慎重なのは悪くはないが、今後は時局を鑑みて加減するのだな」
聞こえていなかったどころか、しっかり聞き取っている上、自惚れろと言われるなど予想できようか。
しかもシャカにとっては今更のことらしい。
挙句、褒めているのか貶しているのか分からない言いようで締めくくられ、エナガは暫く口をぽかんと開けたままシャカを凝視するしかなかった。
思考が現実に追いつかないエナガとは対照的に、己の意図が通じて満足げなシャカは云々と一人で納得しながらこう言い放った。
「“双方”想いが通じれば問題ない。思う存分自惚れたまえ」
(完)
*****
(おシャカが)ツンデレなのかデレデレなのか。そこが問題だ。
個人的にはどちらでもおいしくいただけます。
ムウはムウで回りくどくなりますが、シャカはシャカで別の意味で回りくどいですね。
そして夢主の気持ちなど一切触れていないのにこの発言。(その後的な小話はまた折を見て書くるつもりです)
あと、伽羅が婀娜かどうかは…個人差です。
管理人自身は匂いが白檀や沈香より慣れないかなー程度ですが、身内が婀娜婀娜言っていたのでネタとして拝借した次第。
2014/12
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