べっとり。


寒いから。
理由は単純明快だが、どこか腑に落ちないのは気のせいか…。
日本の冬は寒い。
けれどもここは違う。
極寒の大地というわけではない。


(暑いと言えば嘘になるし、それなりに涼しい…寒いと言えばそうだけど)


背後の熱に気を取られつつ、エナガは手にした本を徐に閉じた。


「もう読まないのかね?」
「一通りは読んでるから、確認の為だけ。今からは書き出さなきゃ。レポートの締切ももうすぐだから」


暗に離れてくれと要求するも、意図が通じなかったのか、はたまた無視を決め込んだのか、腰に回された腕は解かれることはなかった。
これでは腰かけていた寝台から目の前のデスクに移動しようにも、無理。

はあ……。
エナガの口から小さな溜息が漏れる。


「やはり君も寒いのだろう?」
「シャカほどじゃありません。だからいい加減放してくれる?」
「断る。君が良くてもわたしが寒い」
「他の方法で暖をとればいいじゃない。何も私でとらなくても…」
「これが最適な方法だと言っていた」
「誰が?」


まさか神仏が…?
ありえないとエナガが否定した直後、シャカから返ってきた答えは、「瞬」というものだった。
意外や意外と思うも、瞬から十二宮での一連の戦いの話を聞かせてもらったことを思い返して、エナガはまたも溜息をついた。


「成程、凍死するほど寒いなら瞬くんに温めてもらってくれば?文字通り体で」
「君でなければ意味がない」
「生憎冷え症の私は役に立たないと思います。ほら放した放した」


駄目もとでぺちぺちと右手でシャカの腕を軽く叩くと、予想外にシャカはすんなりとエナガを解放した。
助かった。
素直に安堵するエナガだったが、その油断が命取りだった。
視線をデスクと椅子に向けるや、エナガは思わず脱力する。


「………何のつもりか、聞きたくないけど聞いていい?」
「見ての通りだ。いちいち説明しなければ分からない愚鈍でもあるまい」
「この場合愚鈍でいたかったって……」


何時の間に移動したのか、シャカはエナガが座るはずだった椅子に腰かけている。
残念なことに寝室使いが中心のこの部屋には椅子が一脚しかない。

要するに、シャカはエナガという人肌で暖をとることを諦めてはいなかった。


「このシャカの上に乗ることを許されたのだ。遠慮なく座るがいい」
「いや、全力で遠慮したいというか、なんでそうなるの?あとその発言、なんかやらしい」
「如何わしいように捉える方に問題があるのだ」
「ああそうですかそうですか。それなら遠慮なく乗ってやろうじゃありませんか」


どうせ折れるのは自分なのだ。
今折れるか無駄な問答をして心身疲労して折れるかの違いなだけ。
それなら今すぐ折れた方が疲れない。
腹を決めたエナガの行動は速かった。




*****




その日、ミロは特にこれと言った用もなく暇だった。
暇ついでというと言葉は悪いが、エナガから借りた本を返しに彼女の行方を捜していた。
本と言っても小説といった類ではなく、日本語の教材に近い。

女神である沙織が育った国が日本で、エナガもまた日本人。
二人の会話は当然のように日本語で、他の者が会話を挟むにしても、必然的に遣う頻度が増えていった言語である。
かくいうミロも必要に応じてそれなりに話せるものの、読み書きとなれば話は別だった。
独学では困難ということで、エナガに相談したところ、エナガが日本語を教える代わりにミロがギリシア語を教えるということで話がまとまった。
お互い時間がある時にはエナガがミロ専属の日本語講師、ミロがエナガ(専属…とは他の者たちの妨害によりならなかった)のギリシア語講師となったというわけである。
この件については、動機が不純だとカミュには若干白い目で見られたものの、ある意味羨望の裏返しもあるのでミロにとってどうとでもないことだった。


捜索の結果、行き着いたのは処女宮である。
宮内へと一歩足を踏み入れようとした際、宮の守護者とは異なる見知った小宇宙がミロのもとへと近づいてきた。


「カミュか。任務は…っと、言うまでもなくというところだな」
「ああ…」
「なんだ、その反応は。疲れているのならさっさと報告を済ませて休んだ方がいいぞ」
「いや、そうではない。だが…」
「だがなんなんだ。らしくないぞ」


珍しく歯切れの悪い友に痺れを切らしたミロが食って掛かると、カミュは視線をミロから逸らしたまま再び口を開いた。


「エナガに用があるのだろう?」
「そうだ。何か問題でもあるのか?」
「今は止めた方がいい…」
「何故だ?」
「それは………行けば分かる」
「ちょっと待て。言っていることが矛盾しているじゃないか」
「私の口から言うのは憚られる。そういうことだ」
「だからどういうことだ?」


それだけ言うと、結局カミュはまともにミロと視線を合わせることなくそのまま次の宮へと足を進めてしまった。
心なしかカミュの顔が赤かった気がしたのは、やはり疲労のせいなのだろうか。
ミロはカミュの反応に不審を覚えるも、構わずエナガのいるであろう居住区へと向かった。

扉を叩いて来訪を告げると、中から「どうぞ」と主ではない声が聞こえてきた。
開けて踏み込んだ瞬間、飛び込んで来た光景にミロが絶句したのは言うまでもない。


「なっ、なっ、何をしているんだ!?」
「見て分からないのか?」
「理解できんから聞いているんだ!」
「これだから愚鈍は困るというのだ」
「誰が愚鈍だ!百歩譲って俺が愚鈍なら、シャカ、お前は不埒ではないか!」
「常日頃不埒な動機で勉学に勤しむからそのような視点でしか物を見られないのだ」
「話を逸らすな!」


カミュの様子がおかしかったのは、もしやコレが原因ではないだろうか。
カミュがこの光景を目にしたかは定かではないが、したらしたでエナガに延々と説教しているだろうから、もしや訪問する直前で何かしらの空気を読んで誤解したのかもしれない。
ミロの追及はいまだパソコンの画面から目を離そうとしないエナガに移行した。


「エナガ、いい加減画面から目を離してこの状況を説明してくれ」
「彼女は今勉学中だ。妨げるというならこのわたしが容赦しないが?」
「一番妨げているのはどこのどいつだ!」


部屋に一脚しかない椅子を占拠して、彼女を自分の膝に座らせる(そして束縛する)という暴挙に出ている者が何を言う。
声を一層荒らげるミロに、集中力を削がれたのか、エナガが漸く視線を彼へと向けた。


「えっと、…状況説明だったよね?」
「ああ。どうしてこうなったのか経緯を教えてくれ」
「私で暖をとっているんだって」
「何だと!?十分不純な動機ではないか!」
「暖をとることに何の不純があるというのだ」
「エナガでとるのが不純だというのだ!いい加減彼女を解放しろ!」
「君に指図される筋合いなどないのだよ」
「言わせておけば………っ」
「ミロ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
「うん…まあ驚くよね。でも大丈夫。私は気にしてないから」
「気にしない?まさかお前たち付き合「ないないない」


ミロの言葉を淡々と否定したのはエナガだった。


「シャカの異常なまでのべとべとは今に始まったわけじゃないから、慣れたというか、諦めたの。もうアメーバか何かが粘着しているって感覚かな」
「このシャカを単細胞生物呼ばわりとは、君でなければ即刻六道輪廻に堕としているところだぞ」
「ならシャカは八寒地獄か衆合地獄逝きだね」
「わたしがそのような地獄に堕ちるはずなかろう」
「最期にならないと分からないでしょ?」


ミロを余所に二人の口論は淡々と繰り広げられていく。
口を挿む隙がないわけではないが、どこか挟むこと自体馬鹿らしく感じるのは…恐らくミロの気のせいではないだろう。

恋人同士ではないにしても、友人同士の距離感ではない二人の距離。
互いが互いをどうとらえているか、それこそ当事者たちでしか分からない。
自覚がないだけかもしれないし、そういう意識を飛び越えてしまっているだけなのかもしれない。
こうして二人が言い合っているのを間近で眺めていても、痴話喧嘩と周りが感じるような色の含みが感じられないのだ。
だからこそ友人らしからぬ密着が異様に目を引くと言ってもいい。


(つまり、どういうことだ?)


目の前の二人の関係が掴めず、ミロは我に返るまで思考の渦にひたすら翻弄されることになった。






(完)
==
仲が良すぎる友達10のお題
【配布元:Abandon】
夢主がギリシャ語を話せるかは…まあ一応話せる設定で。もしくは英語?あとは第二外国語でギリシャ語専攻ということで。
そもそもあの世界で言語どうのこうのと言うこともないかもしれません(汗)
とりあえず、友だち以上恋人未満な関係は非常に萌えます。
2014/12


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