休憩





はらり…、ひらり…。

空を舞う薄紅色の花弁など目もくれず、エナガは真剣な目つきで液晶の画面と向き合っている。
エナガの手がキーボードを上下左右に小刻みに動く度、液晶の画面に文字が印し出されていく。

カタカタカタカタ……。
静まり返った室内には、エナガの文字を打ち込む音だけがやけに大きく聞こえた。

ふと、その音に覆いかぶさるように、ガチャリと室内への侵入を告げる音がする。


「よくも飽きずに座っていられるものだな。」


エナガの反応はない。
聞こえているはずなのだが、彼女の意識はまだ目の前の電子機械に向けられたままである。

そんなエナガに声の主も慣れたもので、無視を続ける彼女に気を臆することなく傍らまで近寄ると、その机の端に手をかけて彼女の顔を覗き見た。
ここで漸くエナガの視線は声の主へと向けられる。


「カノン、仕事は?」


いつもより少ない言葉数には、暗に邪魔をするなという意が込められている。
この彼女の物言いにも慣れたもので、カノンは気付かない態をして、「休憩も必要だ。」と言ってのけた。


「そう、だけど生憎私はまだ休憩は先になりそうだね。」
「今しても後しても大して変わらないと思うが。」
「今集中を切らしたくない気分と言っても?」
「そう言うな。それにこれ以上続けていても、集中は既に切らしているだろう?」
「…視界を遮る誰かさんのせいでね。」


視線を再び液晶画面へと戻せども、カノンの長い髪がカーテンのようにエナガの視界を遮っていた。
確かにカノンの声に応えた時点でエナガの集中力は切れているとも言える。

仕方がない。
そう言うように盛大な溜息をつくと、エナガは漸く上半身をカノンへと向けた。


「で、何しに来たの?まさか邪魔しにとか言わないよね?」
「だから言っただろう。休憩だ。」
「なら一人ですれば良かったのに。」


巻き込むなと言いたげにエナガに刻まれる眉間の皺が増加するも、それはカノンの一指し指により阻止される。

眉間に軽くかかる圧力。
痛いわけではないが、不満はある。


「………何のつもり?」
「これ以上増やすとサガの仲間入りだぞ。」
「出来る人間の仲間入りなら大歓迎だけどね。」
「貰い手がいなくなるな。」


何の、とは敢えて言うまい。
言われずとも分かるものは分かる。

話をそこに帰結させたところで、エナガが怯むはずもない。
何せ、それを承知でエナガはここに、彼らとともにいることを選んだのだから。

そうであるが故に、カノンの言葉は愚問とも言える。
…が、無理矢理集中を解かれた挙句、軽口を叩かれてはやはり良い気分にはならない。
エナガは、なおも眉間を押したままの人差し指を、こちらもとばかりに下から人差し指でツンと押しやった。


「カノンこそ、貰い手いなさそうだよね。残念な中身のおかげで。」
「生憎だが俺は貰う側だ。」
「あ、そう。貰われる人に同情するわ。」


負けずに軽口を叩けども、予想通り効果は薄そうだ。
諦めて他に意識を向けることでカノンを追い出そうと決めたエナガは、ふと窓の外を見やった。

春にしてはまだ肌寒い今年、それでも毎年忘れず咲いては舞い散る薄紅の花弁。
そう、薄紅の…。


「桜、咲いていたんだ…。」
「なんだ、気づいていなかったのか。」


カノンの言葉で漸くその事実を認識したエナガは、呆然としたまま庭に咲く桜の木を凝視した。

城戸邸は広い。
その広さを有効に活かすように、邸には様々な木々などが植えられている。

そもそも、広いからと言って年単位で邸に籠っている訳でもないのだから、気づかない方が異常ではある。


(気づけないくらい余裕がなかったのかな?)


ぼんやりとしていたせいか、思ったことが知らず知らず口から紡がれていたらしい。
そんなことだろうとは思ったぞ、と、溜息とともに声が頭上から降って来た。


「だから言っただろう。『休憩も必要だ。』とな。」
「………。」


あの発言は自分自身への弁明ではなかったのか。
すっかり毒気を抜かれたエナガは、指摘する気も何もかもなくなっていた。
それどころか漸くまわり出した思考により、自分が彼に気遣ってもらったという新たな事実に気づかされる破目になった。


「カノン、あの、ごめ――」
「茶にするぞ。今ムウが菓子の準備をしている。お前が以前食べたいと言っていた和菓子だ。」


そう言うと、カノンはエナガの眉間を押さえた手で、今度はエナガの頭を撫でるとあっさり傍から離れた。


「カノン、待って。」
「この期に及んでまだ仕事というなら、待たん。」
「違うって。その、…ありがとう。」


エナガが謝罪ではない感謝の意を述べると、カノンは満足げに微笑した。




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2017/4/23

年単位で久しぶりにリハビリとして書いた夢。


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