隙あり!




*「生生流転」設定。でも本編とは全く関係なし。







この際だ、場所は気にしない。
そう決めたものの、実際その場に行ってみると気にしない方が無理だということを改めて思い知らされた。


(冥界でバレンタイン気分なんて…無茶過ぎたわ)


とはいえ持参してしまった以上、今更渡さないという選択肢はない。
ラッピングされた手のひらサイズの箱を片手に、エナガが降り立つのは冥府の世界。
目当ての人物は簡単に見つけられた。


「今日も今日とて瞑想お疲れ様。そして、三日ぶり?」
「君はいつも口が減らないな」
「それはアスミタも同じでしょ?」


いつも通りのやりとりで始まった会話。
さてさて、いつ話題をきりだそうか。

エナガがそんなことを思っていると、全てを見通したかのようにアスミタの一言が。


「それにしても、今日ではなければならなかったのは何故だね?」
「ああ、はい、これ。お菓子。いつも相手をしてくれているお礼。感謝のキモチです」
「ふむ……ならいただこう」


いらないと断られなかったことにエナガはまず安堵した。
エナガの中に不安が消えたことを感じ取ったアスミタは、手渡された箱を手にしてフッと微笑む。


「何を恐れていたのか知らないが、君の気持ちなのだろう?受け取らないわけがあるまい」
「そう言ってくれると悩んで選んだ甲斐があるよ」
「菓子一つで何をそんなに悩む必要があるのだか」
「だってあまり甘いと食べられないかなとか…まあいろいろ悩むのも醍醐味の一つだから」
「その内悩むことが趣味の一つになりそうだな」
「いいじゃない。趣味なら趣味で。それより、受け取ったんだから今更食べないとか言わないでよ。あ、でも口に合わないなら返品して。勿体無いから私が食べる」


ほら、と、再度手を出すエナガに、アスミタは僅かに眉を寄せて渋った。
返さないという意思表示とばかりに手にした箱を開封する。
それに今度はエナガが眉を寄せて。


「何もここで開けて食べることないと思うけど……」
「一度人の手に渡った物について君がとやかく言う資格はないぞ」
「いや、アスミタがいいならいいけど。雰囲気ぶち壊しと言うか何というか…」
「冥界にいる時点で雰囲気も何もあったものではあるまい」
「まあそれを言ったらオシマイなわけで……私も気にしないとは決めてたけど」


渡すのは決めていた。
だが開けて食べられるとまでは…正直そこまで想定していなかった。

ぶち壊したのは、冥界の雰囲気か、それともこのイベントの雰囲気か――――。

どちらもだろうなとエナガが苦笑しているうちに、アスミタは中身を一つ取り出して、まじまじと意識をそれに傾けている。
一通り観察して納得した後、躊躇うことなくひょいと口にした。


「甘いな…」
「そう?もっと甘さを抑えたのが良かった?それとも苦味があるやつとか?」
「別にこれはこれで構わないぞ。ただ甘いという事実を言ったまでだ」
「ああ、そ。口に合わないわけじゃないなら良いよ」


淡々と事実を述べるアスミタに、エナガは拍子抜けした。
とりあえず苦情でなかっただけ良しなのだろうが、これはこれで物足りないような…。

アスミタの世界にそういったイベントがあるとも思えないし、あったとしても気に留めるような性格でもないのだから、まあ普通の反応と言えば普通。
それに、あくまでこれはエナガの自己満足。
見返りを求めること自体間違っている。


(私って欲深いな…)


一人物思いに耽りかけたところで、視界に映ったのは一粒のチョコ。
焦点をチョコから遠くにずらして、エナガははてと首を傾げた。

アスミタがチョコを摘まんで自分に見せつけている?
いや、それにしてはチョコの位置が目の高さより若干下なのは何故だろうか。

意図が分からず目先のチョコとアスミタを交互に見ていると、アスミタは更にチョコをエナガの方へと近づけた。


「え…っ?」


僅かに開いた口元に、押し入れられたのは、言わずもがな。
反射的にぱくりと口に入れてしまった際、どうみてもチョコとは違う感触が唇に触れる。


「……ごめんなさい。指食べかけちゃった」
「食べたわけでもないのだ。気にしなくてもいい」
「いや、私じゃなくて…」
「私が一体何を気にすると言うのだ?」
「歯とか唇とか当たっただろうから、唾液とか付いちゃってない?」
「君のものなら別に気にするまでもあるまい」


そんなことかとアスミタは嘆息すると、エナガにチョコを押し込んだ手でまた一つチョコを摘まむと己が口に運んで食べた。
これには流石にエナガも唖然としてアスミタを凝視した。


(え、ちょっと関節……キスじゃないけど何これ恥ずかしいんだけど)


固まったまま動けないエナガに、チョコを摘まんだままアスミタの手が止まる。


「なんだ、まだ口寂しいのかね?」
「ち、違う!そういう問題じゃ――――」


口を開いたところでまたもチョコを押し込められた。
食べ物に罪はないため、要らないと吐き出すわけにもいかず、チョコはエナガの口内でとろとろと蕩けていく。


「本当に君は隙だらけだな」
「……………」


言いたいことはある。
山ほどある。
だが全ては口に入っているチョコを食べきるのが先だ。

羞恥とそこからくる怒りで震えるエナガとは対照的に、アスミタはどことなく満足げに微笑んでいる。
アスミタが向ける笑みにある奥底の感情に、仕返しに燃えるエナガが気付くことはなかった。







(完)
========

本編と直接関係はありませんが、アスミタ自覚後くらいを想定して書きました。
好きな子ほど苛めたいのか、可愛いなと愛でているが故なのか。
自覚あるのか無自覚なのか。


2015/2


トップページへ

- 2 -

*前次#


ページ: