コイ願わくば


悩める秋の到来に、シマエナガは一人頭を抱えていた。
想い人の誕生日が今月、しかも明日という事実を本日初めて知らされたためである。
予め知ることが出来ただけ有難いととるか、いっそのこと当日まで知らなかった方が救いととるか。
実に悩ましいところではある。


(だ、大丈夫。まだ一日ある。ここはポジティブに考えなきゃ……)


自分に言い聞かせている時点で、既にネガティブな思考を払拭できていない証拠ではあるものの、この際そこには触れないことにする。
いずれにしても、うだうだと悩んでいる時間はない。
彼の誕生日は明日。
それだけは動きようのない確定事項なのだ。

焦りと不安を抱えたまま、エナガは処女宮へと足を踏み入れた。


「お邪魔しまーす」


一応声をかけるも、案の定、返事はない。
構わず中へと進んで行くと、目当ての人物を見つけることができた。
微動だにせず瞑想をするその様は、神々しく感じられてしまうあたり、やはり彼は只者ではない。
この空間内にいると、ここがギリシャで聖域であることをうっかり忘れてしまう。


(って、惚けてる場合じゃない。でもこれじゃあ当分話ができそうにないし…)


エナガが処女宮に来た目的は二つある。
一つは誕生会の日程について主役であるシャカに伝えてくれるよう沙織に頼まれたため。
これが表立っての目的である。

そして、もう一つ。
彼の欲しい物を探るため。
裏の目的、ある意味エナガにとっての本題がこれである。

探ると言っても、上手く聞き出す話術も度胸もない。
無理をしたところできっと相手に見破られてしまうだろう。
私は誕生日を今日の今日まで知らなかったので、今になってどうしたものかと慌てています、と。

ひょんなことからエナガが聖域に来て来月で一年になる。
その間にも沙織の催す誕生会が毎月あり、エナガもまたそれに参加していた。
だから今回の会も別段サプライズを狙ったものではなく、最早恒例行事と化している。
ならばいっそ最初から事実を告白し、本人に直接欲しい物を伺えばいい。
下手に隠すよりもその方が潔い気がした。


(分かっていたならなんで事前に調べようとしなかったとかは、多分じゃない絶対言われると思うけど…)


事前に調べる時間は十分あったため、エナガに落ち度はある。
ただこれまで開かれた誕生会の主役と、次の誕生会の主役たちは何故かこぞって事前に自身の誕生日を教えてくれたのだ。
だからこそエナガは油断していた。
目の前でひたすら神仏らと対話しているであろう彼も、他の面子同様事前に宣告してくるだろうと、高を括っていた。


(盛大に祝えとか言うかと思ったら、無関心の方だったなんて……)


誤算も誤算大誤算。
最悪なことに現在相手は瞑想中で対話不可。
限られた時間はあと僅かだというのに、運がないにも程がある。
話を聞くどころか、まずどうやって口を利いてもらえるかを考えなければいけなかった。


「前途多難過ぎる…」
「何がだね?」
「だから……あ」


独り言のつもりで口にした言葉を拾われて、エナガは無意識の内に落としていた視線を声のした正面へと向けた。
声の主は言わずもがな。
ただまさかこうも簡単に会話をしてもらえると思っていなかっただけに、思考が現実に追いつくのに幾許かの時間を要した。


「黙っていては分からんのだが?」
「あ、ごめんなさい。前途の問題は解決したの。本題は明日の日程と……」
「このわたしの誕生日を完全に忘れ去っていたが故にせめてわたしが所望するものを知りたい、と?」
「だいたい合ってるけど、言い訳させて。忘れていたんじゃなくて知らなかったの。あと、どうして分かったの?」
「君の考えてることくらい凡そ検討がつく。それよりもこの期に及んで言い訳とは見苦しいぞ」
「ご尤もです。人に聞くとか調べる時間があったのは…事実だから」
「他人などに聞かずとも直接聞くという方法を忘れてはいないかね?」
「聞いて良かったの?」


つい思っていたことを口にしたところ、返って来たのは、それこそ呆れたと言わんばかりの盛大な溜息だった。
呆れられることは想定内の反応とはいえ、やはり実際面と向かってされると堪えるものがある。
何も言えなくなったエナガの落ち込み様など、これまた想定内だったのか、シャカは気にも留めずに話を続けた。


「それでわたしが何を欲しているかということだが……本当に知りたいのだな?」
「え、もちろん。そのために会いにきたんだから」
「ならば覚悟することだな。わたしが望む“もの”は他の者では到底叶えられないくらい希少なのものだ。それ故皆喉から手が出るほと渇望している」
「そ、そうなの…」


そんな大それた物を果たして自分が見つけられるだろうか。
そもそも残すところあと半日という時間で用意できるような代物なのか。
エナガの中で不安が募っていく。

己が両手を胸の前で握り込み、自信なさげに見上げてくるエナガに、シャカはフッと一笑する。


「別段君がどうこうして得られるものでもない」
「それじゃあどうしたら…用意しようにも今からじゃ間に合わないでしょ?」
「そう思うかね?」
「普通に考えたらそう思う。あと半日しかない以前に私がどうこう出来るレベルじゃ……」
「得るも何ももともと持っている“もの”をどうして得るというのだね?」
「え、私が持ってるの?そんな希少価値の高い物なんて……持ってないよ」
「ふむ……存外鈍いのだな。ではこれでどうだね」


致し方ないとばかりに吐き出された溜息の後、シャカの提案にエナガは目を丸くした。



*****



(一体どういうつもりなんだろう…)


翌日の夜。
沙織主催の誕生会は滞りなく現在進行形で進行中である。
宴も酣というところではあるものの、エナガは内心浮かない気持ちを抱えていた。

シャカに何か欲しい物はあるかと聞きに行ったはいいが、彼が一番に望むものはエナガでは揃えることができないと分かった。
エナガが絶望的状況にいる中、シャカが代替案として提示してきたのは、特に何も用意しなくていい、とのものだった。
これでは意味がないとエナガが項垂れると、それを見透かしたように、「何もいらないとは言っていない」と断言された挙句、後でシャカ自らリクエストするので覚悟があるなら会に出席するように、と付け足された。

何から何まで訳が分からない上、何を覚悟しろというのか。
こればかりは途方に暮れるしかなかった。

本当にプレゼントを何も用意しなくていいのか。
当日、そして現在に至ってもなおエナガは悩んでいる。
誰にも相談できないまま、時間は刻々と近づいていく。


(みんな、当然用意してるよね……)


それが自主的かどうかは置いておくにして、今までの会の成り行きを見るに、用意していない者はそう少なくはない。
殊に毎回の会で律儀に用意していたエナガが、今回に限って何も用意していないとしたら、理由を問われないわけがない。
素直に白状するより他ないとある程度の覚悟はできているのだが、気が重いものは重かった。

エナガが思い悩んでいても、無情にも時間は過ぎて、とうとう沙織の言葉を皮切りにそれぞれ隠し持っていたプレゼントを次々とシャカに手渡していく。
その様子をエナガはただ取り繕った笑顔で見守るしかなかった。


「…で、最後はエナガだな」


ミロの言葉に一同の視線がエナガに集中する。
万事休すと背中に嫌な汗を感じつつ、エナガは覚悟を決めて事情を説明するべく口を開いた。


「あの、私―――」
「覚悟は決まったか?」
「へ?」


エナガの言葉を遮ったのは、他ならぬ主役である。
それも意図が全く読めない発言付きで。


「ここにいるのだから改めて問うまでもないと思ったが、君の様子を見るとどうも今一度確認の必要があると見えた。どうやらわたしの言った意味を理解していないようだ」
「理解も何も、あの流れで何の覚悟をしろって言うの?」
「空気の読める君にしてはかなり鈍くないかね?あのように言われれば遅かれ早かれ気づくと思ったのだが」


信じられないと昨日に引き続き何度目かの溜息を漏らした後、シャカはエナガに近づき、他の者たちに聞こえないよう耳打ちした。


「わたしは“物”が欲しいとは一言たりとも言ってはいない」


その言葉と注がれる視線、滅多に見ることのない青い瞳の奥底にある感情。
同時に昨日の一連のやりとりがエナガの脳裏に過ぎる。
漸く、漸くエナガは理解した。
シャカが欲しいと願っているものの正体を。

真実が解った途端、驚愕だの歓喜だの諸々が混ざった感情が暴走して、みるみるうちにエナガの頬を染めた。
エナガの変化をシャカが見逃すはずもなく、赤く染まる頬と揺れる瞳に彼女の答えを悟り、満足げに頷いた。


「覚悟が決まればそれで良い。では遠慮なくいただくとしよう」
「え?心の準備が……」
「だから言ったではないか。覚悟しておくように、と」
「何の覚悟か分かっていたら、きちんと覚悟を決めて来たって」
「ふむ、では今夜は心を貰い受けただけでも良しとしよう」
「そうしてくれると助かります」
「全く、二人してこそこそと何を話しているのだ?」
「サガか。何をとは不可解な。もらうものをもらって何が悪い?」
「もらう?ああ、プレゼントの話か。それで何をもらうのだ?」


不審がった一同を代表してサガが話に割って入るも、シャカの次なる言動にエナガ同様絶句する破目になる。
にんまりと挑発的ともとれる不敵な笑みを浮かべた後、ひょいっと事も無げにエナガを抱き上げたかと思うと、


「わたしがもらう者はこれしかあるまい」


と高らかに宣言した。
あまりに予想外のことに、その場にいた誰もが面食い、二の句が継げなかった。
最終的に彼らの呪縛が解けたのは、「素敵な誕生会になりましたね」、と微笑む沙織の言葉を聞いた後だった。
そして、猛然と当の主役に抗議しようにも、時既に遅く、シャカとエナガの姿はそこにはなかった。














―――――――――
か、書ききった。(誕生日には)間に合わなかったけど(orz)、(今月中には)間に合った(*´∀`)。

それにしても、主人公の何を(どこからどこまで)いただくつもりだったのか。
心でも体でも今後一切の共有する人生という時間でも何でも、ご想像にお任せいたします。
(と言いつつもこの流れだとどうみてもアレな流れにしかなりそうにないですね(笑)そして、結局上記全てという…あれ、想像に任せていな……い?)



トップページへ

- 35 -

*前次#


ページ: