真似の心理
ミラーリングな髭⇒さに。
と言いながら審神者の存在皆無で「源氏に鶯を添えて」なお話に。
例の鼻歌は某永久機関な小鳥さんの鳥歌(?)より。
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桜も散り去り、愈々新緑の季節が始まろうとしていた。
「柄長柄長柄長〜♪柄長が笑〜うと〜♪世界世界世界〜♪世界が良く〜なる〜♪」
季節は過ぎても頭の中は未だ春…、ともすればそう誤解されるような鼻歌である。
「何の歌(?)なのだ、兄者」
「ありゃ、間違えていたかい?それじゃあ、審神者審神者〜審神者が〜良く〜なる〜♪」
「う、うむ…?」
面妖な鼻歌を歌いながら、せっせと畑を耕す己が兄に、膝丸はどう合いの手を入れれば良いか分からず首を捻るばかり。
「おや、手が止まっているよ。えっと、桑…じゃないね、うん。弟の――――」
「膝丸だ!兄者」
「そう、それだ。ほらほら、ここを耕さないと僕たちの“乗る間”は終わらないよ」
「のるま?」
「うん、“乗る間”」
何かが違うと感じる膝丸だが、だからと言って何がどう異なるのかまでは分からない以上、自信満々に言い放つ髭切に何も言えない。
弟が大量の疑問符を脳内で浮かべていることなど知る由もない髭切は、彼につられて止まっていた手を再び動かし出す。
先程口ずさんでいたあの面妖な鼻歌とともに――――。
その後、本日の内番である畑仕事を無事終えた膝丸が縁側で目にしたのは、これまたいつもどおり一振り茶を啜っている鶯丸だった。
内番がある時もない時も、彼はこうしてこの場所で茶を飲んでは寛いでいる。
「おや、髭切がいないようだが?」
「兄者なら執務室だ。畑の生育状況について主に報告すると言っていたな」
「これはまた熱心なことだな」
「うむ。兄者は畑当番と言えども、始まりと終わり、逐次報告を怠らないのだ」
「そうとるか…まあそうだろうな」
「源氏の重宝が畑仕事とは…と思うこともあるが、兄者を飢えさせるわけにはいかんのでな」
「甲斐甲斐しいものだな。それはそうと、茶でもどうだ?」
こうして鶯丸が通りかかった刀や主に茶を勧めるのもまた日常の風景であった。
勿論膝丸もそのことを知っているため、鶯丸の誘いに戸惑うこともなくただ頷いた。
「では頂こう」
「ああ、そうしてくれ。ほら、茶だ」
「うむ」
膝丸は鶯丸の横に置かれた盆を挟むようにして座ると、鶯丸より差し出された湯飲みを受け取る。
「ほうじ茶か?」
「いいや、紅茶だ」
「紅茶だと?」
「ああ、西洋の茶だ。主が好んで飲んでいるものでな。分けてもらったんだ。まあ悪い味ではないぞ」
「む、それなら昨日俺も兄者と一緒に飲んだばかりだ」
膝丸はまじまじと湯飲みの中の赤茶色の液体を眺める。
そう、あれは昨日のことだ。
万屋へ買い出しついでに買った洋菓子を兄弟で食べようとなった時、髭切が準備した飲み物がこれだった。
『あふたのーん…ん?なんか違うなあ。あ、あふたぬーんてーだったかな?主からのお裾分けだよ』
そんなことを言っていたような…。
ここ最近、思えば兄の口から聞き慣れない言葉をよく聞くようになったと膝丸は思う。
先程の珍妙な鼻歌と言い、恐らく、いや、確実に審神者の影響だろう。
困ったことだとは思うものの、どうも当の髭切が好き好んで使っている節があるため、膝丸も強くは言えなかった。
「どうした?口に合わなかったのか?」
「いや、そうではない。いただこう」
今もなお胸の内に沸き起こる疑問を飲み込むように、ぐいっと勢いよく紅茶を仰ぐ。
「飲みにくいなら砂糖や牛乳を入れるといい。少しはまろやかになる」
「いや、大丈夫だ」
「そうか。ところで髭切と言えば……ああ、まだいるな」
鶯丸の視線の先を追うと、ちょうど話題の刀と人が見えた。
よくよく考えればこの場所の向こうにあるのが、審神者が仕事をする執務室である。
季節柄障子は開け放たれているため、必然的に中の様子を伺う事が出来る。
勿論会話の内容までは聞こえないが、それでも双方の表情を見るに、不穏なものとはほど遠い。
どちらかと言えば、むしろ――――――。
「妬けるか?」
「何を言う。主従仲が良いことは喜ばしいものではないか。弟の俺としても鼻が高い」
「まあ仲が良いというのはあながち間違ってはいないだろうがな」
「先程からなんなのだ?言葉を選んでいるようだが?」
「全く、鋭いのか鈍いのか分からんな」
「それはどういう意味だ?」
「意味か…そうだな、細かいことは気にするな」
「細かくはないぞ。俺が愚鈍では兄者の評価にも関わる」
「僕がどうかしたのかい?」
「兄者!」
いつの間にかひょっこりと割ってきた髭切が、柔らかな笑みを浮かべてそこにいた。
鶯丸と膝丸の会話は聞こえていなかったのか、小首を傾げて二振りの反応を待っている。
「いやなに、仲が良いからと言って妬くもんじゃないという話をしていただけだ」
「おお、そうだね。嫉妬は良くないよ」
鬼になっちゃうからねー、と、にこやかに話すその雰囲気からは、凡そ戦場でのそれを到底想像できない。
そして、膝丸から見るに、この髭切、いつもより幾分か機嫌が良い。
(何か良いことでもあったのだろうか…)
その何かを探るようにじっと見上げていると、弟の視線に気づいた髭切は、眉を僅かばかりふにゃりと下げて誤魔化すように首を少しだけ傾けた。
「兄者?」
「何でもないよ。ほら、のーぷろぶれむというやつだよ」
「能…?」
またも聞き慣れない言葉を使う髭切に、今度は膝丸が首を傾げる。
膝丸の疑問を代弁するかのように鶯丸が髭切に声をかけた。
「主と何かあったのか?」
「…何もないよ。ただお話をしていただけだからね」
「そうか。俺はてっきり事が成就したかと思ったんだが」
「よく言うよ。盗み見なんて趣味が悪い」
「盗み見なぞするものか。堂々と見ていたぞ」
「全く、余計趣味が悪いじゃないか」
一見すれば朗らかそうなやりとり。
だが心なしか双方どこか棘があるようなないような。
(余計なことは言わぬが華というものだが…)
本音を言えば不用意に口を挟みたくないものの、ここは無難に自分が入らなければ周囲の空気が一層冷たくなる気がしてならない。
いや、なる。それはもう確実に。
そしてそのとばっちりを受けるのはきっとこの場に居合わせた膝丸である。
「そ、そう言えばこの前主がこの茶と併せて食べたいという菓子があってだな」
無意識に口を引き結んでいた口元を綻ばせ、膝丸が二振りの間に割って入る。
話を振られた髭切は、何かを思い出すように視線を僅かに上へと向けた。
「おお、あれだね。ぴよぴよの」
「そ、そうだ。兄者。今度買いに行こうではないか」
「うん、いいね。あの子は確か黄色いのが好きだったかな」
「そうなのか?」
「お前はそうだね…緑がいいんじゃないかな。甘さも控えめみたいだし」
「ぴよぴよなる物は緑もいるのか」
「茶色や桃色もいるんだよ」
あの子に見せてもらったんだ、と、微笑むその顔にはうっすらと朱がさしている。
先程までの薄ら寒さはどこへやら、今度はまだ食せぬ菓子へ思いを馳せる兄刀に、膝丸は密かに安堵する。
危機は脱したと膝丸が一息つくも、隣に座る鶯丸は相変わらず、二振りのやりとりを静かに眺めてから徐に立ち上がった。
「では少し失礼する。そろそろ茶がなるなるからな。補充してくる」
「そうか。馳走になった。ありがとう」
「礼には及ばないさ。俺の趣味だ。ああ。それと――――――」
去り際、鶯丸は髭切を一瞥したかと思えば、
「妬くなり妬かれるなりした際には、血みどろの兄弟喧嘩はするな。止める側は茶どころではなくなるからな」
「何を馬鹿げたことを。俺と兄者は仲の良い兄弟なのだぞ」
それこそ大元の持ち主らのような争いなぞあり得ない。
心外だとばかりに鶯丸の背中に言い放つ膝丸を余所に、髭切は沈黙を貫いている。
「兄者…?」
「ん、ああ、何でもない…訳じゃないんだけど、お前、あの鳥と本当に何を話していたの?」
髭切の眉間に普段は見られない僅かな皺が寄る。
明らかに先程の鶯丸の科白を気にしているようで、膝丸は息を呑む。
(まさか兄者には思うところがあるということなのだろうか?そ、そうだとしたら俺はどうすれば良いのだ?俺には兄者を悪しように思うことなどない。だがもしかしたら俺が至らぬせいで兄者に不快な思いをさせてしまったやもしれん。ああ、だとすればこのまま見知らぬ振りなどできまい。うむ、ここは腹を割ってきちんと兄者に聞かねばならん。俺に落ち度があるようなら非礼を詫びて行いを改めねば)
「弟―、ねえ、弟のー」
「膝丸だ、兄者」
「うん、聞こえているね。良かった。反応がないから眠りこけちゃったのかなって心配したよ。えーっと、なるなるぷしー…難しなあ。なるこれぷしー?」
「違うぞ兄者。その…なるなんとかは分からんが、恐らく違う気がする」
「それなら良かった」
「うむ。それでその…だな、兄者」
「ん?ああ、なるなんとかはね、以前主が教えてくれたんだよ」
「だろうな。最近の兄者は何かと彼女の言葉を口にしているぞ」
「んー、そうだっけ」
「そうだとも。だからだな、兄の関心が余所にいって嫉妬しているのかと鶯丸がいったのは」
「…………」
「主従仲が良いのを何故俺が妬かねばならん。全くあの刀は―――っと、そうではなく、だな、兄者」
「…………」
「兄者?どうされたのだ?」
ふと我に返って改めて本題を切り出そうと膝丸が強張った声で髭切の名を呼ぶも、今度は当の髭切が口元を片手で抑えて硬直したまま動かない。
「あ、兄者……?」
恐る恐る蚊の鳴くような声で膝丸が話しかけると、髭切の口からこれまた小さな嘆息が漏れる。
「ありゃぁ……」
よくよく顔を見るに、どことなく頬が赤い。
纏う空気もどことなく気まずさを感じるのは、恐らく膝丸の気のせいではない。
違和感だらけの兄の言動に膝丸が目を白黒させていると、観念したように髭切が今度は深い溜息をついて、へにゃりと笑った。
思えば、最近不思議とこんな笑みを浮かべてばかりではないか。
「参ったねぇ…改めて誰かに言われると照れてしまうものなんだね」
「そういうものなのか?」
「みたいだよ。ふふっ、そうかぁそっちの嫉妬かぁ…うん、分かったよ」
「俺は皆目分からんぞ、兄者。言っておくが別に俺は主との仲を妬いてはいないからな」
「うんうん、そうだね。お前は良い子だよ」
そう言って髭切は徐に膝丸の頭をよしよしと撫で始める。
幼子をあやすかのようなそれに、気恥ずかしさを感じる膝丸だが、悪い気はしないらしく、季節外れの桜がひらひらと頭上から舞い落ちる。
「あ、兄者。それはそうと、…喧嘩のことだが」
「え、喧嘩?誰かしたの?」
「いや、してはいない。してはいないが…その、先程の鶯丸がだな」
「ああ、あれか。うーん、そうだね。喧嘩はないんじゃないかな」
「だがあの時兄者は考え込まれていた。何か思うところがあったのではないか?」
「むむっ、お前は鋭いのか疎いのかよく分からないね」
困ったと首を傾げられるも、困っているのは膝丸の方である。
鶯丸と言い己が兄と言い、一体己のどこが察しが良くて悪いのやら。
考えれば考えるほど、膝丸の眉間に皺が刻まれていく。
「膝丸」
「!」
久方ぶりに呼ばれた名に、膝丸は瞬時に思考を止めて目の前の髭切へと意識を戻した。
髭切はいつもどおり柔和な笑みを浮かべている。
「あの子に対する僕の好きとお前の好きが重ならない限り、喧嘩なんてあり得ないよ」
ゆっくり、はっきりと言い切った髭切の言葉を噛みしめること数秒。
膝丸は漸く兄の、そして鶯丸の真意を悟った。
「兄者!あ、ああ、そうか。そういうことなのだな!うむ、分かったぞ、兄者!なればこの膝丸、全力で兄者のこいぎゅっ!?」膝丸の宣誓は見事兄の手によって制止された。
むぎゅっと両頬を髭切の両手によって押さえつけられ、もごもごと強制的に窄めさせられた唇が虚しく動く。
「おおっ、確かにこれはおもし……きゅーとだね」
「(今面白いと言わなかったか?)」
「気のせいだよ。うん、どんなお前でもかわいいかわいい。きゃわわきゃわわ」
「(兄者…!)」
気に入ったのか抑える両手の力を強めたり弱めたりして楽しむ髭切に、膝丸の胸中は複雑である。
これも恐らく審神者から教わったことの一部なのだろう。
(先の面妖な鼻歌と言い、兄者の教育上悪影響を与えるような言動は控えてもらいたいものだが…)
どちらが兄だかわからないような感想を抱くも、それでも膝丸が何も言えないのは、ひとえに兄が幸せそうに笑うが故。
(兄者が幸せならそれで良い)
それはきっとこれからも変わらない、膝丸の本心である。
「おお、今日は桜がよく舞うね。お花見が出来そうだ」
兄の前途を祝うように誉桜が舞う。
ひらひら、ひらひら、と。
【完】
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