非日常の中の日常
<非日常の中の日常>
朝から曇天だった空は、ついに我慢できなくなったのか、突然どっと堰を切ったように泣き出した。
まさに号泣と言えるどしゃ降りの被害に、仕事帰りのレディもまた例外なくみまわれた。
「ツイテないわね」
悪態をついても自然はしおらしく泣き止んでなどくれない。
それに、荷物以外の何物でもない傘は、初めから持っていきはしなかった。
それでもお節介な居候は、雨が降るからとレディに傘を持たせようとした。
レディが出かける目的を知っていても。
濡れると風邪を引くから。
普通なら当たり前の心配であるものの、悪魔を狩ることを生業としている身からすれば、傘を差しつつ悪魔なんて狩れるわけがない。
後々風邪を引くか、そこで命を落とすか。
余程酔狂な人間でなければ、当然風邪を引くことを選ぶ。
レディとて然り。
生憎レディはありふれた日常生活を送る者ではない。
ある意味普通の人間からすれば非日常を彼女は生きている。
だから濡れ鼠になるのも良くあることだった。
ただ、以前と変わったことが一つある。
「お、来た来た」
道を右に曲がったところで待ち受けていたのは、レディも良く知る人物。
むしろ仕事で外に出る時以外は毎日顔を突き合わせている。
「ちょっと、またいるの?」
「迎えに来たんだよ。濡れっぱなしだと風邪引くぞ?ほら、傘とタオル」
「ここまで濡れたら今更変わらないわ」
「でも家はまだ先だろ。無理して走るよりずっと良いじゃん」
「アナタも懲りないわね…」
「そう思うなら持ってけよ、傘」
無理な相談だと承知の上で彼は言う。
いい加減諦めたらいいものを…と、レディは内心苛立つも、差し出された傘とタオルは一応受け取っている。
物に罪はない、というのがレディの言い分である。
「しつこい男は嫌われるって知らないの?」
「重々承知。嫌ならいい加減仕事先を教えるか、連れてけよな」
「足手纏いは御免ね。遊びじゃないの」
「なら仕事が終わったら迎えに行くってのは?連絡入れてくれれば“一瞬で”お迎え」
「移動の手間が省けるのは捨てがたいけど、誰かに見られでもしたら後々面倒だわ」
「奴さんがいるところは人気ないじゃん」
「同業者に出くわしたら面倒ってこと。こっちまで悪魔扱いされるじゃない」
「ちょっ、俺は悪魔かよ。どうみても一般人だろ」
「世界を飛び越えられる時点で普通じゃないわね」
この男、シマエナガは異なる世界、時空と時空を自身の意思で移動することができる。
とはいえ時折意思に反して力が暴走することもあり、たまたまこの世界に強制転移させられてレディと関わりを持った。
悪魔に襲われかけたエナガをレディが助けたのが出会いである。
意思に反しての移動は、心身を著しく消耗させるらしく、回復するまでレディが世話をする破目になった。
成り行きとは、そして、慣れとは恐ろしいもので、今ではすっかりエナガがいる日々がレディの日常となっている。
寝たきりだったエナガは、今ではすっかり回復し、異世界こそ移動できないものの、同一世界内の瞬間移動はできるようになった。
完全に回復するのも時間の問題である。
「そういえばさ、腐れ縁とは上手く付き合ってるのか?」
「ああ、ダンテ?まあまあ。ビジネスにおいて良い取引相手よ」
帰りながらのエナガの世間話に、レディは淡々と答えた。
雨脚も徐々にではあるが、落ち着き始めている。
「取引相手ねぇ……。前も聞いたけど、恋人じゃないんだよな?」
「はぁ?あんなヤツが恋人?相変わらず酷い冗談だわ」
「…そこまで言うなよ。悪い奴じゃないんだろ?」
「悪くはないけどある意味悪い」
「どっちだよ…」
「今度同じ質問したら、追い出すわよ?」
「それはヤダ。俺、戸籍ないもん。不法就労で捕まるのは御免デス」
「働かざる者食うべからずって言葉、アナタが言ってたじゃない」
「家事してるじゃん。もっとって言うなら、いい加減仕事手伝わせろよ。少なくとも足手纏いにはならないって。いざとなったら見殺しにしていいからさ」
「気紛れでもわざわざ助けた相手を見殺しにしなきゃいけない場所に連れて行く気はないわ」
「そんなに信用ないなら、いいさ。要は俺が戦力になるって認めてもらえるよう努力すればいいわけだろ?」
「好きにしたら?無駄だと思うけど」
それっきり家に戻るまで二人の会話は途切れた。
帰路に就くとレディは風呂に、エナガは準備しておいた夕食を温めにはいった。
「「いただきます」」
食事にあたり、エナガが手を合わせていつも言う言葉。
どういう意味だと聞いたところ、あなたの命をいただきます、と食べ物に対しての感謝の言葉だと言う。
今ではレディもエナガとともにこの言葉を使うようになった。
というのも、エナガにうっかり釣られたのが始まりだった。
別に付き合う気はさらさらなかったのだが、こうも毎日同じ動作を眺めているうちに感化されてしまったらしい。
黙々と夕食を口に運ぶ中、レディは先程のエナガの言葉が妙に引っ掛かっていた。
戦力になることを認めさせるとは――?
(まさか一人で悪魔を狩りに行くとか言わないわよね……)
そのまさかだったら……、全力で阻止するしかない。
「さっき言ってたことなんだけど、本気?」
「ん、ああ本気本気」
「具体的にどうするつもり?単騎特攻なんてバカなこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「まさか。一人で狩っても証明できないじゃん。第三者と一緒に行って証言してもらった方が確実だろ」
「私に行けって言うの?」
「いいや。レディの腐れ縁の取引仲間に付き合ってもらう」
「ダンテに?アイツが承諾するわけないじゃない」
「そうか?事と次第によっては分かってくれる奴だと思うけどな」
「会ったこともないくせに」
「レディの話を聞いてたら何となくそんな気がした。それに玉砕覚悟で頼んでも悪くないだろ」
「玉砕するくらいなら初めから無謀な賭けなんてしなきゃいいのよ」
「何ムキになってんだよ…」
「別に。ムキになんて―――」
ダンッ、と、感情のままテーブルを叩いたところで、レディは漸く我に返った。
どうみてもムキになっている。
自覚した後の気まずさは、言いようもなかった。
黙り込むレディに対して、エナガはさして気に留めることもなく、手を止めることもなく、話を進めた。
「とりあえず、心配なのはよく分かったから、悪魔狩りはやめとく」
「分かればいいの」
「でもダンテって奴に会うこと自体は問題ないよな?『仕事に連れてけ』とかそういうのはなしで。ただどんな奴が会って話すだけ」
「それは……」
「おい、それも駄目なのかよ。俺を会わせたくない理由とかでもあるのか?」
「別に。ないわよ」
そう、別にないのだ。
エナガならダンテも気に入るだろう。
同性同士、良い友(悪友とも言うが)になりえるかもしれない。
エナガはレディの居候だが、彼の交友関係にまで過度に口を出す立場でもない。
渋ること自体おかしいと分かっていても、口をついて出たのは躊躇いの言葉だった。
二人を会わせたくない理由は、ないと答えたものの、それなら勝手にしろと一言言えばいいだけなのだ。
それが出来ないのは――――。
(やっぱり嫌なのかもね…)
ダンテをエナガに会わせることが。
いや、エナガをダンテに会わせることが。
子どもの独占欲か、はたまた、別の独占欲か。
(どっちにしても、余計な邪推をされるのは避けられそうにないわね)
意味深で、かつ、意地悪な笑みでこちらを見てくるダンテが、レディの脳裏にありありと浮かんだ。
じわじわと襲ってきた頭痛に頭を抱えながら、レディはその場しのぎの解決策を探った。
「分かった。こうしましょう。今度仕事に連れて行ってあげる。そのかわりダンテに会うのはまた後にしなさい」
「って、気が変わるの早過ぎ。まあレディが良いならそれでいいけど」
「物分りがいいのね。エナガのそう言うところ、嫌いじゃないわよ」
「そりゃどうも。で、今度っていつ?」
「そうね……」
目を輝かせてこちらの答えを待つエナガに、レディは内心ほくそ笑む。
次の仕事は幾分か厄介な案件だから、この際ダンテに押し付けてしまおう。
そして、もう一つの簡単な案件に取りかかればいい。
大方の算段がつけば、後はエナガとビジネスプランについての交渉だ。
(どっちが多く悪魔を倒せるか、賭けでもして散々こき使ってやろうかしら。“これからも”ね)
逃がしてやるものか。
不敵に笑うレディの瞳に映るのは、悪魔狩りに行けると浮かれているエナガ。
レディの日常にエナガの存在が組み込まれていくとともに、エナガの日常もまた、レディの存在が組み込まれていく。
お互いがそれを当然と受け止めて生活していくことになるのに、時間はそうかからなかった。
*****
<おまけ>
後日。
「………エナガ」
「ん、なんだよ?」
「アナタ、本当に戦えたのね」
「え、俺、戦えないとは言ってなかったよな?」
「しかも……」
私より強いってどういうこと!?
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男主第二弾は、DMCで、お相手はレディです。
レディは何となく自覚しましたが、肝心の主人公は……皆様のご想像にお任せします。
ちなみに主人公が年上設定で書いていましたが、同い年でも年下でも案外問題なさげなお話になりました。
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