駅に戻ったアンジェは、駅に置いてある電話を使い、教団への報告を行なっていた。
<<・・・・そうですか。やはり、山の方は崩れましたか>>
「ああ、私たちの読みは当たったみたいだな。既にあれだけの雨量じゃ遅かれ早かれ山の崩壊は免れなかっただろ」
<<そんな予想、当たって欲しくはなかったですけどね>>
「イノセンスを回収するにはやむを得ん犠牲だった。仕方がないさ」
山が崩れたことで、そこに住んでいた村の人々も全員被害にあい、当然無事ではないことだろう。生存者のひとりもいるのか、正直いって怪しいところだ。
そんな山に住んでいた村人たちの安否について心配する電話口のコムイに対し、アンジェはやる気なくため息を吐いてコムイを納得させようと言葉を続ける。
もとより、コムイたちとの間で話していたのだ。それだけ雨が降り続いていては、地盤なんかの問題上、イノセンスが解けた状態では山は果たして大丈夫なのだろうかと。そして、彼らが科学者の観点で観察して出した予想は、イノセンス回収後に山が崩れるのではないかというものだった。今回はその予想が、見事に当たってみせたのである。
コムイからしたら、嬉しくない結果だったに違いない。
しかし、そもそもの話、村や村人のことなんて眼中にもなかったアンジェからしたら、科学者としての計算が当たっていたということなので、当然、大変喜ばしい結果となったわけだ。
そんなアンジェからすれば、今、このようにコムイを納得させようと会話している時間は正直言って、とてもどうでもいい時間ではあったのだが。優しすぎる室長(上司)を説得させないことには、話は先に進めないので仕方がない。
「そもそも、探索部隊が全員殺されてたくらいだ、遅かれ早かれ、どのみちあの村は無事ではいられなかった」
<<そう、ですけど>>
「室長」
<<・・・・・・・・>>
「アンタがそんなんでどうする。たかが小さな村がひとつ潰れただけで、立ち止まるな」
<<
「これから先、犠牲はもっと出る。アンタとは遠いところでも、近いところでも。辛いのはこれからだ。なのに、こんな事で躓いてられると困るんだよ」
「エクソシストたちがな」―――と告げたアンジェに、コムイは電話越しに押し黙り、小さく、本当に小さな声で「そんなこと、わかってるけど・・・・」と呟く。その声に、アンジェははっきりと、「わかってない」と否定した。
はあ、と溜め息を吐いて、アンジェは内心『なんで私はこいつに今更説教してんだか』と自分自身に呆れていた。
―――教団やエクソシストがどうなろうと私には関係ないんだから、こんな甲斐甲斐しく言ってやんなくてもいいのに。
雑に頭を掻きながら振り返ったアンジェは、視界に映った線路の先に、近づいてくる汽車を見つけて、離れたところでタバコを吸っていたティキに手で合図する。
たまたまアンジェを見ていて、アンジェの合図に気づいたティキは言われた通りに(アンジェの)荷物を持って乗車のための準備をした。
「コムイ」
<<・・・・はい>>
「こんな暗い場所には、お前のような甘すぎるバカも確かに必要だ。だが、時には非情になることも覚えないと、お前もだろうが、お前についてくる者たちだって辛い」
<<・・・・そうですね>>
「・・・・つくづく思うよ、お前は司令塔には向いてないと」
<<返す・・・・言葉もありません。僕なんかより、よっぽど・・・>>
「でも、間違いなく、エクソシストたちにとっても教団にとってもお前は必要な人間だ。お前が司令塔だからこそ、エクソシストたちは腐らず戦える」
<<アンジェ元帥・・・・・>>
「貴重なんだよ。こんな、クソにまみれた腐った世界で、お前みたいなやつは。だから、お前だけは腐るなよ・・・エクソシストたちのためにも、な」
短い付き合いでもないので、コムイの変えられない性格や、人の良さを知っているアンジェは、それが彼のいいところであることは理解していた。
そして、そんな彼が黒の教団には必要不可欠であることも理解していた。
だから、アンジェはコムイに変われと強く言うことはないのだ。しかし、そのままでいれば自身が辛くなることは理解しろと伝えたかった。また、彼の迷い、戸惑いたったひとつで現場が混乱し困るということも理解しろと、アンジェはコムイに教えたかったのである。
それが、コムイがおかれている『室長』という立場なのだと。
電話越しにそう伝え、やがて汽車が駅に到着したのを確認してアンジェはコムイに汽車が来たことを伝えて電話を切った。
「アンジェ!」
ティキが、早くしろとアンジェの名を呼ぶ。
アンジェは溜め息をひとつ吐いて、汽車へと飛び乗った。
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