コンコン、と部屋をノックする音に目を覚まし、アンジェは起き上がった。
「アンジェ元帥〜」
「・・・・はぁ」
寝起きで覚醒しきらない頭は、しかし、自身を呼ぶ声で徐々に回転し始めて覚醒していく。
そして、再び部屋の扉がノックされる頃、アンジェはベッドサイドの机の上に置かれていた眼鏡を手に取り、ついでにサーベルにも手を伸ばしてベッドから降りると。デスクの椅子にかけられたままだった白衣を手に取った。
眼鏡をかけ、サーベルを腰から下げ、白衣を身にまとい、漸くアンジェは自室から出て行った。
すると、部屋の扉の前には長身の眼鏡をかけた男がひとり立っていた。
「あ、起きた」
「なんだ、コムイ」
「こんな時間にすみません。ちょっと、アンジェ元帥にも手伝ってもらいたくて」
アンジェが『コムイ』と呼んだ長身の男は、軽く彼女に一言謝った後、すぐに要件を話し出す。
黒の教団本部内の組織には、実働派のエクソシスト以外にもいくつかのサポート部隊が存在する。
中でも最も人数が多いのは、探索班と呼ばれる部隊であった。イノセンスや適合者を発見すべく、教団に寄せられた奇怪現象の情報を元に、世界各地のその場所に調査へ赴き回る部隊だ。
他にも医療班や通信班、警備班等々、色々と部隊がある中、探索班と並ぶ大きさを持つ大きな部隊がある。
それが、科学班だ。探索班が収集した情報の解析や、イノセンスの研究、武器防具の開発が主な役割で、物理学や生物学などの様々な学問のスペシャリストたちが集結している部隊となる。
そして、元々教団に来る前から相当な天才科学者として名を馳せていたアンジェは、その頭脳と技量から科学班の手伝いをすることが多々よくあって、彼女はその実、エクソシストとして外へ赴くより教団内に留まり科学者の一人として職務にあたっていることが多かった。
アンジェとしてもそれ自体は別に嫌ではなかったのだが、かといって、興味の薄い研究に駆り出されるのはあまり好ましくはない。
コムイの話を聞いたアンジェは面倒臭そうに頭を掻いてはいたが、態々教団の司令塔『室長』自らアンジェを呼びに訪れたとあっては、本来ならアンジェは素直に従うべきなのだろう。
しかし、アンジェも科学者、研究者として徹夜することもままあり、平均で見れば睡眠時間は恐らくとても短い方に部類するのだ。だからこそ、寝ていた希少な時間を割いてまで手を貸すか悩ましいところなのだ。
あまりつまらない事柄に自身の時間を割いてやる気はないと言葉もなく態度で訴えると、コムイは苦笑して口開く。
「アレンくんがティムキャンピー連れてたんで、少し記録を見てみようかと思って」
「それを私にも一緒に見ろと」
「はい」
『アレン』と聞き、僅かに考えるような素振りで目線を逸らしたアンジェに、コムイは最後にひと押しするように言葉を続ける。
「あと、出来ればその後に神田くんの事でも少し話したいことがあって」
「・・・・神田か」
最後に神田の名前を出され、結局アンジェは渋々部屋の扉を閉めた。
そのアンジェの行動を了承の意だと捉え、コムイは「ありがとうございます」と笑って一言礼を述べる。
アンジェは片手をひらひらと動かし、言葉なく『礼はいいからさっさと行くぞ』と動作のみで表し伝え、コムイを置いていくようにさっさと歩き始めてしまう。
その後を追うように早足で近づいて、追いつけばコムイはアンジェの隣を歩くように歩調を合わせた。
「ヘブくんの預言聞きました?」
「いや」
「いつか黒い未来で偉大な『時の破壊者』を生むだろう・・・・って預言されたんですよ、アレンくんのイノセンスが」
「ほう・・・時の破壊者ね・・・・」
コムイの言った『ヘブくん』とは名をヘブラスカといい、黒の教団に所属するエクソシストのひとりなのだが、他のエクソシストとはだいぶタイプの違う適合者だった。
数百年前に発見されたという、古代文明からの予言とイノセンスの使用方法が示された、キューブと呼ばれる石箱。その石箱(キューブ)の予言により、黒の教団はヴァチカンによって設立された。
石箱(キューブ)の残したメッセージによれば、イノセンスは約7000年前にノアの大洪水で世界中に飛散したとされ、その数は全部で109個。
教団は各地で眠るイノセンスを回収し、千年伯爵を倒せるだけの戦力を集めることを先の目標として掲げていた。
そして、その石箱(キューブ)もイノセンスのひとつであり、ヘブラスカこそがその石箱(キューブ)の適合者であった。
石箱(キューブ)の適合者として黒の教団創設時からずっとイノセンスの番人として存在するヘブラスカは、教団が入手した適合者不在のイノセンスを体内に保管・管理しているのだ。また、ヘブラスカは適合者のイノセンスに触れ、その者とイノセンスの適合率などを知ることができる。その際に、アレンに与えたような『預言』をヘブラスカは口にするのであった。
アレンがヘブラスカから与えられたという『時の破壊者』の預言について、アンジェはぼんやりと考える。
何かを考えているのだと気づいたコムイが、「あれ」と興味深そうにアンジェの顔を見た。
「気になるんですか?」
「・・・・ならなくはないな。まあ、だとしてもお前には関係ない」
「え〜」
「・・・・・・・・」
「あっ、無視!?元帥酷い〜!!」
「斬ろうか?」
「ごめんなさい」
はあ・・・と溜め息を吐いてアンジェはサーベルに添えていた手を下ろす。
そうして漸く科学班フロアまでやってくれば、そこで何徹目かもわかならない科学班の見知った面々の横を通り過ぎ、科学班班長を務める男、リーバー・ウェンハムの元へアンジェとコムイは近づいた。
「リーバーく〜ん、アンジェ元帥連れてきたよ!」
「ども、元帥。こんな時間にすんません」
「別にいい。そんなことより、さっさとしろ」
着くなり謝ってきたリーバーに、アンジェはそんなことより早く用事を済ませろと近くにあった椅子を寄せ、足を組んで座った。
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