その日は、作戦エリア周辺に急な雨が降った。
 雨粒はしとしとと細く降り注いでいたが、精鋭ぞろいのクリサンセマムのAGEたちにとってそれはこれっぽっちのハンデにもならなかった。雫の間を縫うように放たれたニールの狙撃が、遠くの小型アラガミの頭を的確に撃ち抜く。

「――粗方、片付いたか」

 念入りな確認を済ませて、ニールは力を抜くように息を吐く。改めて周囲を見回すと、作戦開始時に比べると雨脚が少し弱まっていることに気づいた。通り雨だったのだろうか。差し支えるほどではないが邪魔なことに変わりはない、もう少しタイミングをはかってくれればよいものを。
 自然相手に不毛な毒をつきながら、空を見上げた。雲の切れ間から太陽の光が差し込みつつある。空の向こうに雲がないことを思えば、じきに止むのだろう。そんなことを考えていると、耳元で通信機がノイズを走らせた。直後、雨には似合わないような明るい声を受信する。

「ニール! こっちは終わったよ。そっちはどう?」
「ミネットか。こちらも掃討が完了した、素材を回収したらそちらに向かう」
「了解!」

 弾むような彼女の声で、なんとなしにニールの口元がゆるんだ。随分、機嫌がよさそうだな。そう声をかけると、軽度のノイズの向こうでミネットがふふふ、と意味深に笑った。――報告はもう、済んでいるのだ。切っていいはずの通信を繋いだままにするなんてこと、これまでのニールであれば発想すらなかっただろう。こうしてクリサンセマムに来てからというものの、ここの空気に絆されてしまったらしいことを幾度も実感させられて、それにすら慣れてきている自分がいた。こういうのを感化、というのだろうか。

「雨もうすぐ止みそうでしょ? もしかしたら虹が見られるかなーって思ったら、ちょっとわくわくしてこない?」
「虹?」
「そう! わたしあんまり見たことないから」

 このご時世そう見られるものでもないだろうそれは確かに、見ることが叶えば幸運なのだろう。そんなことで心を躍らせる相手の無邪気さに、年齢以上の幼さを感じる、が。そんなこと、だから。少し期待してしまう気持ちもなんとなくわかった。ニールだってやはり、年端も行かぬ少年なのだ。

「そうだな、太陽が見えることを考えれば可能性はあるだろう」
「でしょでしょ」

 子供のようにはしゃぐ声に、次第にニールの中の好奇心も誘起されていく。作業の手を止めることはなかったがしばし雑談をしていると、通信機に再び大きなノイズが走りそこに別の声が混ざった。

「こらお前ら、おしゃべりは帰ってからにしろよ」
「うわあ、生真面目ユウゴだ」
「……ミネット?」
「あはは! それじゃあ、またあとでね」

 おどけるような笑い声は、ノイズを合図にぷつりと切れた。大げさなため息をついたユウゴの声が、しょうがないやつ、なんて呟くが、その声には相手に対する隠しきれない甘さが滲んでいる。いいやもしかしたら隠すつもりもないことなのかもしれないが。そうでなければ、少しの雑談もさせずに指摘をするだろうから。

「お前もだぞニール。……お前らに限って万が一はないだろうが、最低限の警戒は忘れないこと。いいな?」
「ああ」

 過保護な小言を最後に、すべての通信が切れた。途端に辺りは静まり返る。そこには何の音もなく、耳にまだ残っているあの賑やかさが今のニールには惜しく思えた。……合流ポイントに、向かおう。
 いつもより足を速めながら、ニールはもう一度空を見上げる。彼女に会う頃には、虹が見られるだろうか。


*title by 誰花



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