この町にいてよかった、と。ふとした瞬間、噛みしめるようにして思うのだ。――いいや。それは、感じると言うべきか。意識を向けるよりも先に、自分がそうしていることをはたと自覚する。させられる。
 それが幸福感であることに気づくのに、時間はかからなかった。……きちんと向き合うには、過ぎるほどに時間が足りなかったけれど。それでも、あらゆるものを差し引いたとしても。この町にいて、よかった。そう思えた。
 いつもこの町を忙しなく、けれどいつも笑顔で歩いている人がいる。彼女はここの住人達にとってとても大きな存在だ。人を見ていれば、なんとなくそうなのだとわかるくらいには周囲に頼られ、慕われている。

「あっ、クリフ! おはよう」
「おはよう、クレアさん」

 そしてそれは自分も例外ではないのだろう。陽の光のように揺れる金色は、いつだって目を惹いた。弾むように朗らかな笑い声は、活力を分け与えてくれるようだ。この町で働いて、過ごして、そうした日々の中で彼女に会えたなら。それだけで毎日が輝いて見えた。
 例え明日が見えない暗い闇の中にいても、月が夜を照らすように。彼女という存在が、クリフにとっての明日を待ち遠しいものにさせてくれる。――そんな持て余してしまいそうなほどの感情、生まれてはじめてだった。

「今日も忙しそうだね」
「そうね、このところ天気もいいし、やることはいっぱいよ! クリフの方は?」
「こっちはこれからが本番ってところかな。今はまだ、それほど」

 軽い世間話で、それ自体に特別なことは何もない。それでも、こんな何気ないやり取りがどれほど心を震わせているか。きっと、彼女は知らないのだろうな。目の前で微笑んでいる男の胸の内など、ちっとも。
 いいや、けれど。それでも。それさえも良いのだ。手放しがたいほどに自覚した、身に余るほどの幸福。それ以上望むことは、今は何も思いつかない。

「ふふ、そっか。……なんだかクリフ、最近変わったね」
「……そうかな」
「なんというかとても……楽しそうっていうか」
「そ……そう、かな。そう見えるかな」
「ええ。私じゃなくても、きっとそう思うわ」

 最初に会ったころよりは。そう言って彼女は笑った。
 今思い返せば、あの頃はひどかった。自分でもそう思う。そうなのだから、周りからしてもきっとそうだったろう。けれどそのことを、腫物のようにして避けるでもなく、こうして普通に接してくれることが今は有難かった。そうしてくれるのなら、自分も、自分を受け入れられるかもしれない、なんて気持ちになってしまうのだ。
 これは、クリフにとっては世界がひっくり返るくらいのとんでもない事案なのだ。

「……だったらそれは、きっとクレアさんのおかげだよ」

 彼女の存在が、きっとクリフの世界を変えてしまったのだ。そうでなければ――こんな鮮やかな日常も、こんな風に震える心も、ずっと知らないままだった。
 きょとんと首を傾ぐ彼女に「仕事のことだよ。」と添えると、合点がいったようで嬉しそうな笑顔で返された。
 今はそれだけわかってもらえれば、十分だった。


ALICE+