寂しくないと言えばもちろんそんなことはない。
 彼の休日は週に一日だけど、よく考えたら自分はないも同然だし、時間がなかなか合わなくて、お喋りこそできるもののあんまりお出かけなんて出来なくて。でもだからと言って仕事をどうにかこうにか休むなんてこと、あまり考えたりしなくて。お互いに。
 故に合わないのは寧ろ当然で。だってそれを自ら選んでいるようなものなのだから。そこに不満を溢すのはおかしい。はずなんだ。
 それでも、たまに少しだけ。ほんの少しだけ。いいなあと思うことはある。町に遊びに来たらしいカップルとか。見ていると、本当に少しだけだけど。……本当に。本当に?

 けれど例え、仮に、そう思ったとて。仕事に対しては一切手を抜かない。別に自棄になっているからとかではない。仕事は仕事で楽しい。やってる間夢中になれるというのは、もしかしたら、あるのかもしれないけれど、どっちが優先とかはあまり考えたくはない。比べようがないからだ。それは、わたしも、きっと彼も。

「……うう」

 時間が出来たときに限って、レーガの休日と被らないのは何故だろうか。そういう風に合わない、とミノリが意識しているからなのだろうか。
 思わず溜息を吐いてしまって、丁度すれ違ったフリッツにも心配をされてしまった。牧場のことで悩みでもあるのかと言われたけれど、何でも相談してくれて良いと輝くその期待の眼差しに応えられなかったことが少しだけ、申し訳なかった。
 曖昧に誤魔化すミノリにも屈託のない笑みを向けてくれるフリッツに、ほんのりと罪悪感を感じながらも、いつもの彼らしいその様子に元気を分けてもらって、ミノリは時間を持て余しながら町を歩く。

「そういえば……ゆっくりと町を歩くのなんて久しぶりかも」

 じっくりとその様子を見てみると、そういえば、初めてここに来て迷いながらも歩いたあの頃とは、変わったと思う。人通りが本当に、多くなった。足音を響かせながらうろうろした思い出が、この人の声で溢れる道に重なる。賑やかだ。何となく嬉しくなって、行き先も特に定めず歩き回る。
 ふらふら。今度畑の花が咲いたらこの広場に飾ろうかな。ふらふら。あ、あの人この前わたしのお店で買い物をしてくれた人だ。
 たまにはこういう時間も素敵だ、そう思って、すっかり忘れそうになった頃に、やっぱりそれは、思い出される。
 外のテーブルまで賑わっているレストラン。時間を見れば、おやつの時間。若い女性が多い。むう、あれは長居をしそうだ。女の勘だ。そのケーキおいしそう。

「……ちょっと、ちょっとだけなら」

 人、多そうだし、邪魔にならないように。
 特に、何か約束をしている訳ではない。制限もしていない。けれど彼のその人気からお店は忙しそうにしていることも多くて、だから用事がなかったら混んでるときは避けるようにとかはしてみたりするけれど。ちょっと見るだけ。それだけ。だけならいいよね。ね、とあの人気にしり込みしそうになる自分に言い聞かせて、ふらりと足をレストランの方へ向ける。散歩で通りかかっただけの、自然な流れを演出しながら。……上手くできてるかな。自信は……その。あんまり。

「わっ」

 思わず声を溢す。そこに近寄ろうとしたまさにその瞬間、レーガがお店から出てきた。料理を持ってる。運んでいる。あ、呼ばれてる。今度はオーダーを取って。はしゃぐお客さんに笑顔を向けて。……とても忙しそう。やっぱり帰……ろう、かな。
 思わず半歩後ずさるミノリから数秒遅れて、ようやくレーガが気付いた。一瞬見せる、あ、という表情。そんな忙しいときにごめん、ああどうかお構いなく、ただその通りすがっただけで。一瞬にしてミノリの頭の中を言葉たちがぐるぐると巡っていく。
 けれどレーガは、言葉なく佇む彼女に向かって、ただ、その場所から告げる。音なき言葉。唇だけで形作られる、短いそれは。彼女の名前。ミノリ。たったその三文字。
 そうした後、小さく小さく、メニュー表を持った彼の手の、その指先が揺れる。手を振る、にも満たないけれど、それは多分それとほぼ同じ意味合いの行動。なのだと、思う。

「…………」

 あまりに一瞬の出来事で、ミノリはぽかんとしたまま彼のその姿が再び店に消えていくのを眺めていた。なんて間抜けなのミノリ。ああ、本当にお間抜けさん。そして単純で、現金だ。
 ミノリ。頭の中に声が響く。いつもの彼の、優しい声。無音の声は、確実に届いていた。

「……また、時間があるときに来よう」

 くるりと踵を返す。出直しだ。不思議とミノリの中に寂しいという気持ちはなかった。
 出かけられなくたって、あまり長い間一緒に居られなくたって。例え寂しいと思ったって。一瞬あればそんな気持ちがどこかへ行ってしまう。
 いいんだ。今は。でもあとでちょっとだけ甘えよう。なんてことを考えられる余裕が出来る、だけなのかもしれないけれど。
 ご機嫌に緩みそうになる頬を一度、しゃんと引き締める。よし、行こう。
 きゃあきゃあとはしゃぐ女の子たちの黄色い声を背中越しに聞きながら、ミノリは再び、賑わう町の中へと歩き出した。




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