「しかし、時が経つのは早いものだね」
ゆったりとした酒場の音楽を背景に、目の前の色彩豊かな男はしみじみと呟く。それは何の脈絡もない言葉だった。それまで話していた軽い世間話をまるごと全部一掃して切り出された言葉に、壁に背を預けたままの黒尽くめの男は首を傾げる。
「なんの話だ」
「いや、何、君たちが同居を始めたという話を聞いてから一年以上が経ったなと」
カウンター席に一人腰かけて、ハイネはアルコールの入ったグラスを揺らす。君もどうだい、と勧めてみたがどうにもそんな気分ではなさそうだった。そもそも、用事がなければこの人はこんな風に賑わう場所を好まない。たまたま、シャトラに立ち寄ったところを、たまたま、遭遇したハイネに見つかって、折角なら食事でもと半ば強引に連れられてきただけだ。──まあ、頑なな態度で断れば引き下がったろうに、そうせずにまあいいかと折れたのはブラッカ自身でもあったのだが。
「それで? どうだい、共同生活というものは」
「どうと言われてもな……なぜお前がそんなことを知りたがる?」
「ただの好奇心さ」
実のところ、ハイネのもとにはアインから送られてきた手紙がいくつかあった。その内容は様々であったが、彼女の話の中には少なくはない頻度でブラッカの存在が垣間見える。仲良くやってはいるようだけれど、それでも彼らはそれぞれに別の人生を歩む別の生き物だ。一緒に暮らす上で多少の諍いくらい発生することは、想像に容易い。そういった相談がハイネのもとにたまに、手紙となって届くのだ。……大体は、ほんの些細なことのようだから他人が心配をするようなものではないのだけれど。
自分はそんなに相談しやすい人間だろうか、と多少の疑問はあったけれど、彼女からして見れば年長者というだけで頼りやすいのかもしれない。頼られてしまえばちょっとくらいお節介をしてみたくなるのも道理だろう? とはさすがに目の前の当事者には伝えられないけれど。ハイネは緩む口元を隠すように酒のグラスを傾ける。
「彼女は私にとっても大切な仲間だからね。まさか、泣かせるなんてことはしていないだろうね?」
「する理由も、メリットもない」
「そうかな? 案外、人同士はそういった無意識の部分から不和が生まれるものだよ」
む、と微かに眉間を寄せるブラッカを見遣って、ハイネは笑う。
言葉の内容はハイネの本心ではなかった。多少の意地悪は自覚していたが、酒のせいか、久しぶりの仲間との雑談のせいか、口が軽やかに回っているだけなのだ。彼らにほんの少しの、眩しさを感じながら。
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