※仮面も円盤も何も起こっていない林間学校IF
※アカデミーの少年の一人称覚えてなくて雰囲気で「ぼく」になってますごめんなさい



 買ったばかりのりんご飴を二つ握り締めて、スグリは駆け出した。その足取りは軽やかで、すっかり見慣れた地元の景色もどこか新鮮な心地にさせてくれる。それはきっと、……いいや絶対に、この先にいる彼女のおかげだ。だからスグリは一生懸命に走った。
 りんご飴、昨日も食べたけど。食べたから、今日はいっかなんて言って目の前を通り過ぎたけど。周りでおいしそうに食べている人たちを見て、そしてお互いの顔を見てしまったから。そうしたらもう、こうするしかなかった。

「……えっと、アオイ、は」

 屋台の群れから少し離れた場所でスグリは辺りを確認する。そうすると、すぐに友人の姿は見つかった。買ってくるからそこで待ってて、と指した場所に彼女はいたから。
 けれど、スグリはあっと呟いて反射的に足を止めてしまう。アオイの横に、誰かがいた。彼女はどうやらその人と話をしているようだ。確か、あの人は姉のゼイユとオリエンテーションでペアを組んだ……名前は思い出せなかったけれどアオイと同じ学校から来た人だ。
 何の話をしているのだろう。こういう時、あの姉なら何にも臆することなく話しかけにいってるのに。そんな考えが一瞬浮かんで、スグリは奥歯をぐっと噛みしめた。

「っ、アオイ! こ、これ……!」

 心の中で臆病な自分自身が止めておいた方がいい、と叫んでいる。気がする。逃げ出したい気持ちすらある。でも、でも。……でも! りんご飴、やっぱり今日も食べたいねって笑い合った時の嬉しかった気持ちが全身震えあがりそうなスグリの背中を押した。

「スグリ! おかえり!」
「あ、それじゃあぼくはこれで」
「うん、またねー」

 りんご飴を受け取ったアオイにほっとしたのも束の間。去り際の少年に「スグリさんもまたね」と声をかけられ、スグリは喉の奥をひゅっと鳴らした。けれども、そんな様子など気にも留めず――もしくは気遣ってか見て見ぬふりをして――言葉にならない呻きしか返せないスグリにも彼は笑顔を向けて、無理に返事を引き出そうともせず去っていった。空気の塊で詰まっていた呼吸が、ようやく楽になったような思いがした。

「ごめん……邪魔、したかも」
「そんなことないよ? 何してるのって聞かれたからスグリのこと待ってるって話してただけだもん」
「そ、そう……」

 ほんの一瞬の出来事であったはずなのに、まるで山を全力で駆け上がったように心臓が跳ね上がっていた。スグリにとってはそれほど大きな出来事であったのに、それ以外の人たちにとっては、アオイにとっては、なんてことはない日常の一片であったのだ。そんなことを思い知って、スグリは一人肩を落とした。都会の人だから社交的なんだ、と無理やりに、無意識に、自己擁護をしながら。

「それより、りんご飴ありがとうね」
「うん。……おれ、アオイがキタカミのりんごさ気に入ってくれて、うれしいから」

 だから――頭で考えるより先に、言葉が何かを続けようとする。あれ、とスグリは首を傾げた。今何を言おうとしたんだろう。あれ、えっと、……その。すっかり迷子になってしまった続きを誤魔化すように、スグリはえいと目の前のりんご飴に大きく齧り付いた。ぱり、しゃく。口いっぱいに含んだそこから慣れ親しんだ甘い味が広がっていって、僅かに安堵を覚える。そうして飲み下す頃にはもう、口から出かけた言葉はすっかり消え失せてしまっていた。

「んー! やっぱり甘くておいしい!」

 ──そんなことよりも。隣で無邪気にりんご飴を頬張るアオイを見ていると、不思議と満ち足りたような気持ちにさせられてスグリはそっと口元を緩ませた。友達が喜んでくれて、よかった。そんな単調で純真な気持ちすら、スグリにとっては新鮮だった。だから、だからきっと、もっとと欲張ってしまいそうになる。

(明日も……りんご飴、一緒に食べてくれるかな)

 たったそれしか、思いつかないけれど。それでも確かにスグリは、アオイの笑顔を見ていたいと思っていた。




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