※仮面も円盤も何も起こっていない林間学校IF
*甘いかおり、苦い味
「そういえば、この前ゼイユと一緒にサンドイッチ食べたときにねー」
今まさに口元に届こうとしていたりんごのスライスが意識の外側へとぽとり、落ちる。隣に腰かけて足を遊ばせていたアオイがわあっと慌てていて、スグリは少し遅れて己の太ももの上に着地を果たしたそれを指でつまみ上げた。
びっくりしすぎると人間は声が出ないのかもしれない。ただ、見開かれた瞳はぱちぱちと瞬きをしながらアオイを見つめることしか出来ずに茫然としていた。
「アオイ、ねーちゃんとサンドイッチ食べた、の?」
「え、うん。近くでピクニックしてたらたまたま会ったから」
実際のところは一緒に食べたというよりは、アオイとポケモンたちが食べていたサンドイッチを「パルデアのサンドイッチってやつを試してやろうじゃない」とゼイユが半ば奪う形であったのだが──そんな次第であってもアオイにとっては一緒にピクニックでサンドイッチを食べたという判定であった以上、それをスグリが知る由などない。
じわり、じわりと言葉の意味を理解し始めて、スグリは俯いて長い前髪に隠した表情に苦みを滲ませる。
「……ねーちゃんばっか、ずるい」
その呟きは声というにはあまりにも小さすぎて、屋根の上の鳥ポケモンの鳴き声にかき消されアオイの耳にまでは届かなかったけれど。つまんでいたりんごを勢いよく口に放り込んだスグリを見て、少女は首を傾げた。そんなにサンドイッチ食べたかったのかな、なんて暢気なことさえ思いながら。
「じゃあ明日、ピクニック一緒にする?」
「……、したい」
きっとアオイには、スグリの呟きに気づかなかったアオイには、この苦々しさなんてわかるはずもないのだろう。
早く、早く姉がいなくても自分だけで頑張れるように、ならなくては。そうでなければ、自分のことを友達と呼んでくれるこの子をいつか姉に奪われてしまうかもしれない。そうならないためにもよりたくさん、色んなことをしたい。姉ですら知らないことを。
そんな焦りがスグリの胸を人知れず小さな炎で焼き続けていた。どうすれば、どうしたら、この人の唯一になれるのだろうと心をはやらせて。
*不意に、胸を疼かせた
「わっ……」
びゅう、と強い風が吹いた。舞い上がった髪が頬を打つ。
咄嗟の出来事に一瞬遅れて閉じた瞼、その裏側でちくりと目が痛んだのを感じて、アオイは目の端を拭う。
「今日は風さ強いな……、……アオイ?」
片目だけ閉じて、恐る恐るそろりと瞼を上げてみる。髪でも入ったのだろう、今はもう違和感もないように思う。ゆっくりと瞼を上下させて大丈夫そうだ、と確認してからはたと気づいた。目の前の少年がこちらを心配そうにのぞき込んでいるのだ。
「アオイ、大丈夫?」
「うん、平気だよ。ちょっと髪が入っちゃったみたい」
「見せて」
ぐい、と強く手を引かれてアオイは急にスグリの目の前に立たされる。
普段よりももっとずっと近い距離に思わずあっと息を飲む。レモン色の瞳がいつになく真っ直ぐにこちらを見ていて、それが、なんだかふんわりと柔らかいものでアオイのことをくすぐっていく。普段長い前髪に隠れがちだからだろうか? 思いのほか、スグリには目力があった。だって、なんだか、そういう風に見られてしまうとちょっと落ち着かないのに、どうしてだか目が離せなくなってしまっていた。
一瞬の出来事ながらも随分と長い時間そうしているようにアオイが感じる一方で、一頻りアオイの目を確認し終えたスグリはほっとしたような表情でふう、と短く息を吐く。
「ゴミさ入ってないみたい……変なとこ、ないか?」
「う、うん。ありがと、大丈夫」
「念のため、帰ろ。ばーちゃんちに目薬とか、あると思う」
ね、と優しく誘われては断るわけにもいかなかった。本当は、この後も里の色んなところに出かけたかったのに。
心配をかけてしまったなという申し訳なさを感じると共に、あどけなさとあざとさの混じった少年の声色に妙にドキドキしてしまったのは内緒にしておこうと思う。ただでさえ不意打ちの目線にやられているというのに、急にそんなとこ見せるなんて、ずるいんだ! 本気で心配していることが伝わるだけに、そんなこと言えないけれど。
……でも、もし。もし、この先があるのなら。もう一回、今度はちゃんとスグリの目を見てみたい。なんて思うくらいならば許されるだろうか。
ちらり、とスグリを盗み見る。先ほどよりも穏やかな風が彼の長い前髪をはたはたと揺らしている。──いつか、そんな機会が来たらいいのに。
*title by 確かに恋だった
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