※円盤エンディング後と、ブルベリで一緒に過ごしてる幻覚と。


*心の自由を奪うもの

 スグリにとって、彼女の存在はあまりにも鮮麗だった。それまでのスグリの憧れを、価値観を、大切に抱えてきた感情を、まるでなんてことないように手に入れて笑っている。スグリが星を見上げるような心地で眺めていた何もかもを、野花のように簡単に摘みあげてしまって。
 そんなの、そんなのはあまりにもずるくて。ほしくて。わがままを言って、苦しんで、走って、もがいて、……それでも何一つ敵わなくって。ようやくの思いで諦めもついて、これでとうとう終わりだった。終わりだと、思えたはずだった。
 自分の中の重たい気持ちを、大事だった気持ちを全部置いて行こうとしたはずだったのだ。それなのに、それでも、不思議なことだけれど、スグリの中にはどうしたって拭えないアオイへの感情が残っていた。粉々に砕け散ったはずの憧れの欠片、流星の輝きにやかれた灰の一部、瞼の裏にこびりついて離れない強烈な光の残滓。それが特別であることをスグリは理解していた。きっともう、二度とこんな出会いはない。……というか、あんな思いを味わう経験が二度もあってたまるものか。
 ぼんやりと、今は遠いブルーベリー学園に思いを馳せる。彼女は今、何をしているのだろう。相変わらず、人もポケモンもみんな惹きつけて星のように輝いているのだろうか。
 ──もう一度。叶うならもっとずっと。その光を見ていたいと願ってやまないのだから、本当にどうしようもないものだ。重石を除けても結局自分自身に振り回されるようだが、なんとなく、今度はきっと大丈夫だと思った。今度こそはちゃんと、彼女を好きと思っていたいと感じている。
 遠い道のりになるかもしれないが、胸を張ってもう一度彼女に会えるようにしよう。それこそが今のスグリの目標であり道しるべだった。次に会えるときは、そうだな、そのときは……スマホロトムの連絡先を交換できるくらいにはなっておきたい、かな。



*愛になる日を夢みてる

 例えば、一緒にテラリウムドームを駆け回っているとき。ミライドンに二人乗りして空を飛んでいる間、君は目を輝かせて景色を眺めているからきっと気づかないだろうけれど、後ろに座る君にこっそり背中を預けているって知らないでしょう。
 例えば、食堂でごはんを食べているとき。隣や正面にほかの女の子が座ってるとちょっと拗ねてしまうってこと、暢気に喋ってる君は知らないでしょう。最近食堂にいるとよく姉ちゃんが絡んでくるから困るって言ってるけど、そのお姉さん、時々こっちを見て悪戯ににんまりと笑ってるんだよ。全部お見通しみたいで、本当、姉弟なのに正反対だなって思ったんだ。

 ──がぶりとサンドイッチに齧り付いて、スマホロトムで地図を眺める。ブルーベリー学園のシステムにもすっかり馴染んで、授業を受けてはブルレクをこなして、隙間時間にポケモンたちと遊ぶ。そんな毎日だった。

「今日はポーラエリアに行ってみようかなー。スグリはどうする?」
「アオイが行くなら、俺も行く。レポートの期限はまだあるし、ついでにBP稼いでおきたいから」
「よし、じゃあ行こ! ……ミライドン!」

 好物を完食してご機嫌なミライドンが元気よく立ち上がる。と、同時に少し姿勢を低くして得意げな顔をした。二人の背丈で乗りやすいように配慮してくれているのだ。この光景にもすっかり慣れたものだな、とアオイはいつものようにスグリの前に座る。
 最初は遠慮がちに背に乗っていた彼もすっかりミライドンに慣れて、今やその手でサンドイッチを食べさせるような仲にまでなった。もちろん仲良くしてくれることについてはありがたく思っている。思っているが、こう、何の気なしに毎度腰につかまられている身のことを考えてはくれないだろうか、とも内心思っている。最初に危ないからそうして、と言ったのはこちらなのだけど!
 まあ。役得。これもいわゆる役得だから。とはいえそんな風に納得させるのもまあまあ不毛だなと感じてきていた。……それを言い出す機会を、未だ見い出せずにいるのだからこうなっているのだが。

「……はあ」
「わ、どうしたんだ? アオイがため息なんて珍しい」
「もう、わたしだってため息くらいつくことあるよ」

 どん、とわざとらしく背をスグリに押し付けてみたけど、そこから返ってくるのはじわりとした体温と恐らくアオイの想像の範疇を超えないだろう不思議がってるスグリの様子。こんな回りくどいことしても伝わりやしないってこと、十分に理解しているけれど、それでもアオイはもう一度ため息をついた。吐き出した息が少し白んでいて、雪原のポーラエリアが近いことを知らせる。

「……ちょっと寒いなーって思ったの」
「ポーラエリアはいつもそうだべ」
「知ってる!」

 ささやかな意地を誤魔化して、アオイは声を張った。こんな風にちょっとだけ近づいてみてはなんでもないって顔をして。本当はずっと、どこかにきっかけがないかなって探して。そんな風に想う毎日がアオイにとっては楽しくて仕方なかった。だから、きっと、こんな気持ちを恋と呼ぶのかもしれない。



*僕がきみを、想う気持ち

 ちょんと指先が触れ合う。それは不意に、そして故意に二人の距離を縮めた。体に電流でも走ったかのように肩を揺らして反応するスグリに対して、彼のその人差し指を己の指先で握るアオイは悪戯っぽく笑う。

「……」
「……びっくりした?」
「アオイ」

 何か言いたげな視線が咎めるように向けられたが、にこにことご機嫌なアオイには何の威力も発しない。こうなると、スグリはすっかり弱かった。言葉にならない呻きをため息のように吐き出すと白旗を掲げるように脱力した。

「わやじゃ」
「へっへっへ」
「アオイも姉ちゃんも何か企んでたとき、すぐそういう顔をする。……そのくらい、俺だってわかる」

 不服げな言葉に満足そうにするところも、そっくり。結局スグリが折れて丸め込まれてしまう。いつもそうだ。たまにやり返したくなって反撃も試みるが、いつだって彼女たちはスグリの一枚も二枚も上にいて返り討ちに遭うのが関の山だった。元より、言葉の力で敵うはずなどなかった。
 唯一、彼女と姉とで違うことがあるとするならば、それは見返してやりたいという意欲だ。姉に対してはすっかり何もかも諦めてしまうけれど、アオイに対しては違う。いつか、どうにかしてやりたい。だから。せめてもの意趣返しにと指先を掴む彼女の手を解きほぐして、今度はスグリから握った。開かせた手のひらの隙間に、するりと指を滑り込ませて。

「スグリ……」
「……。……っ」
「ふ。あはは、耳まで真っ赤だ」
「う、うう」

 やっぱり、敵わないことだらけだ。恰好もつかない。ぽっぽと正直な熱を帯びる頭部に今回も負けを悟りながら、スグリはこちらを見ているアオイに目線を寄せた。にこっ、と笑顔。その表情だけで、まあ、今回も俺の負けでいいや、と思ってしまう。

「なんか……こう、しっかり手を繋ぐのはちょっと照れくさいね」
「俺は、ちょっとどころじゃないけど」




*title by 確かに恋だった




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