強く儚いものたち
喉が渇いて目が覚めた。元旦の朝だった。サンジくんの部屋の冷蔵庫を開けるも珍しく空で大晦日に慌ただしく酒のつまみを作ってたスーシェフに自室の冷蔵庫まで補充する余裕がなかったんだと思い知る。
従業員たちが酒に潰れて雑魚寝しているフロアを通り過ぎ厨房に入って水を汲む。ペットボトルを二本。
彼らのいびきや寝言を排除して水を注ぐ音に耳を澄ませる。
ぼーっとしているうちにペットボトルの口から水が溢れた。
蛇口から離して半分ほど飲み干しまた補充して、もう一本彼の分のペットボトルにも水を入れた。
二本のペットボトルを机に置きシンクに手をついてうなだれた。
厨房の灰皿には吸い殻が五本。つまみを作りながら吸ったものだろうか。
頭がぼーっとする。きっと昨夜の酒が抜けてない。
しかし着衣もそこそこに水を汲みにきてしまったものだから
ここであまり時間を食ってしまうと彼らが起きてくるのも時間の問題だ。
私は二本のペットボトルを持って部屋に戻った。
扉を開けるとサンジくんが半身を起こして髪をワシャワシャ掻いていた。
私がいなくなって起きたのだろうか。
私は何故かその姿が突然、目の前にいるはずなのに
すごく恋しくなってしまって、ペットボトルを放り投げて飛びついた。
うあ、と間抜けな声でベッドに全身を預ける彼。
「サンジくん、」
「どしたの沙羅ちゃん。オレは見事な二日酔いだよ…頭痛ぇ」
「あのね、」
「うん」
夢を見たの。サンジくんが旅に出る夢。
「夢。」
「うん。」
「夢か…水、冷蔵庫にあった?」
「今汲んできたよ、はい。」
「あ、ありがとう。」
水を私と同じように半分くらい飲み干して、
サンジくんは自分の上に乗っかった私の背中に腕を回した。
「それで?夢の中のオレは、沙羅ちゃんを置いて行ったわけだ?」
「うん。でもね、…嫌じゃなかったの。」
「嫌じゃなかった?」
サンジくんと離れたいわけじゃないんだよ。
私はサンジくんが1番好きだし、
サンジくんも私が1番だって信じてる。
でもね、サンジくんが私じゃない何かを選ぶ時は
それは、夢を追いかけて冒険する時なのかなって
「夢?冒険?」
「うーん。わかんないけど。男のロマン?」
「沙羅ちゃん、ちょっと変だよ。」
「なにが?」
「オレの夢は世界中の美女とお近づきになることだよ。この店をオレの美味しい料理に舌鼓をうつレディーでいっぱいにすれば叶う夢さ。冒険になんか出なくってもね」
「…お馬鹿。」
「いてっ」
沙羅ちゃん、オレ二日酔いなんだってば。寝るよ。
私が悪態をついたから怒ったのか
サンジくんは背を向けて横になってしまった。
…でも、サンジくんは怒って背を向けたりなんかしない。
「ねぇ、サンジくん」
「んー?」
「…なんでもない。」
本当は、心揺さぶる冒険に心当たりがあるんじゃないかと思った。
女の勘は当たるものよ。あの夢は単なる夢なんかじゃなかった。
予知夢を見る能力なんてないけれど、特別な感じがしたのよ。
「もし、もしさ。冒険に出るなら…私を捨ててもいいよ?」
「何言ってるんだよ。」
「…浮気しても、いいのよ」
「まさか。」
「バラティエを、世界中の美女でいっぱいにするんでしょ?」
「いつかはね。」
背中越しに生ぬるい返事を聞きながら
あなたの背中に耳を当て体温と鼓動を感じて
いつか来るその日のことを考えた。
きっとその冒険の物語に私はいない。
男の冒険に娼婦や恋人はきっと不要なの。
もしその冒険の途中で素敵な女の子を見つけたら
浮気をしてもいいのよ。
私はきっとここでずっと待ってるかなあ。
もし素敵な男の子に見初められたらどうするだろう
そんなことを考えてる間に再び眠りに落ちていた。
痛む頭を押さえて昼過ぎに起床した2人は
初夢のことなんかもうひとつも憶えていなかった。