ジン・リッキー





ーー飲み会、終わりそうな頃教えてくれ。

飲みの席を抜け出し、お手洗いでスマホを確認する。送り主は、お付き合いしている風間蒼也くん。大学の学部で知り合った諏訪くんに紹介され、出逢った蒼也くんとあれよあれよと付き合うことになったのも記憶に新しい。三門市民としてもちろんボーダーのことは知っているが、まさか隊員と知り合って付き合うことになるなんて、人生何があるか分からないものだ。

今日はゼミの飲み会で、それを蒼也くんに伝えると、終わり次第会おうと誘われたのだった。そんなに大所帯が得意ではないので元より長居する気はなく、快諾した。そろそろ店を出て有志で2軒目、という流れになりそうなので、時間の目安だけ送っておく。

ーー分かった。近くに居るようにする。

直ぐに来た返事を確認してからスマホを暗転させると、口元が緩んだ自分の顔が映った。彼はどちらかと言うと寡黙で堅物にみえるが、恋人の関係になってから彼のマメさには驚かされるばかりだ。メッセージの返信も比較的早いし、一緒に出掛けるときの段取りも良い。ああ、わたしはこの人の恋人なんだなあ、と実感させてくれるようなことをちゃんとしてくれる人なのだ。ボーダーでは、もっと厳しかったりするのだろうか。

店を出て皆に別れを告げ、蒼也くんが居るという場所に向かう。まだ11月だというのに、街はすっかりクリスマスムードだ。少し気が早いけれど、大人になってもこの時期は心が浮き足立ってしまう。ツリーの形をしたイルミネーションに思わず立ち止まって、1枚だけ...とカメラを向けてシャッターボタンをタップした瞬間、かしゃり、と斜め後ろ辺りから自分のそれと同じシャッター音が聞こえた。

「名前」

声の主はマフラーに口元を埋めて、わたしの名前を形にした。そこから少し白い息がもれていて、待たせてしまったかなと懸念する。手には此方に向けられたスマホ。

「蒼也くん」
「名前」

わたしの名前を紡いだ口元からは、少しだけ白い息がもれていた。広角が少し上がっていて、恋人であるわたしにだけ見せてくれる柔らかい表情をしている。

「ごめんね、待たせたよね......何で写真撮ったの」
「待っていないから大丈夫だ。イルミネーションと名前が綺麗だったから、撮りたくなっただけだ」

真顔でそんなことを言うのだから可笑しくて笑ってしまう。そして、どうやら写真は彼のスマホに保存されてしまったらしい。少し骨張った手が、スマホをモッズコートのポケットにおさめた。

「さては、蒼也くん酔ってる?」
「酔ってない。諏訪たちと飲んではいたが」

うーん。これは酔ってるけど、酔ってないと言い張るやつだな。彼の表情はアルコールの所為もあってかいつもより少し緩んでいて、優しい雰囲気を醸し出していた。何故か酒の弱さに関して本人はなかなか認めないので、こうなった時には特に深く突っ込まないようにしている。お酒に弱い蒼也くんだって、それはそれで可愛いとこちらは思っているのに。可愛いと言われても、彼は喜ばなそうだ。

「そうだったんだ。それなら、私がそっちに合流すれば良かったね」
「.....いや、それは駄目だ」
「.....どうして?」
「酔った名前は可愛い。あいつらに見せてやる義理はない」

今わたしの表情を第三者が見たら、ぽかん、という効果音が聞こえると思う。

至極真面目にそう言うのだからますます可笑しい。そして反応に困る。蒼也くんは意外と物言いがストレートだけれど、ここまで真っ直ぐ言われると戸惑ってしまう。

「な、んで、そういうこと言うの...」
「思ったことを言ったまでだが」

そう言って蒼也くんは、両手を伸ばしてわたしの頬を包み「冷たいな。ちゃんと暖かくしろ」と呟く。そう言う彼の手のひらもそれなりに冷たくて、思わず身をすくめると、巻いていたマフラーを直してくれた。

「それより、写真なら撮ってやるが」
「え?」
「そこに立ってみてくれ」

促されるがままにイルミネーションの前に立つと、そんな棒立ちで良いのか?とポーズを指摘される。取り敢えずよく分からぬままピースをすると、先ほどと同じシャッター音が響いた。もう良いかな、と近寄ろうとすると「待て。別アングルで撮る」そう言って何枚も被写体をやらされるのだから、わたしはきっと彼に好かれていると自惚れて問題ないのだろう。

「よく撮れている」
「うーん........まあ、そうだね。ありがとう。でもせっかくだし、一緒に撮ろうよ」
「撮れるのか?」
「うん。インカメするね」
「インカメ......」

どうやらインカメが良く分からないらしかったが、敢えて言わないでおく。良い具合にイルミネーションが背景に写るように移動し、彼の腕を引き寄せる。「はい、チーズ」と言った瞬間に少しだけあちらから距離が縮まって、彼の髪がこめかみに触れた。

この後は、一人暮らしのわたしの家に向かうことになっている。彼と同じ場所に帰るというシチュエーションも、少しずつ少しずつ、慣れてきた。

「ご飯、結構食べてきた?」
「いや。つまんでいた位だ」
「そっか!じゃあスーパー寄って帰ろう。少し飲み直したいし、お酒も買おう」
「そうだな」

イルミネーションの通りをあとにして歩き出すと、モッズコートに仕舞われていた手が現れてわたしの手のひらを掬った。

「名前」
「うん?」
「.......髪が、いつもと違うな」

こういうことにしっかり気付いてくれるひとだっていうことも。きっとわたししか知らない。

「ああ、髪!ちょっと巻いてみたんだ。蒼也くんに会えるって分かってたしね」
「......そうか。俺の為なら、良い。似合っている」

これは、彼のために可愛くしたことに満足してくれたのだろうか。顔を覗き込むと、やたら満足気な顔をしているからそうなのだろう。お酒ひとつでこんな手放しで好意を示してくれるなら、やはり定期的に蒼也くんにはアルコールを摂取してもらおう、と頭の中でひとり巡らせるのだった。





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