Cold Brew - 2





おれ、名前ちゃんに一目惚れしたんだ。

一目惚れしたんだ。

一目惚れ。


「一目、惚れ...?」


昨日、爽やかにそう告げた木兎くんの声が頭の中をこだましていた。爆弾投下したあと、木兎くんは練習あるから行くわ!とコーヒーを片手に店を後にした。どういうこと?と軽く問うたのだが、それはまた追々な!とはぐらかされてしまったのだ。

「いけない、開店準備...!」

ぼーっとしている暇はない。1週間ちょっと店番をしていれば、常連さんを認識できるようにもなってきていた。その人たちをしっかり迎えるためにも、店を開けなければ。けれど、モーニングのサンドを作っていても、ドリンクの仕込みをしていても、脳内に木兎くんがちらついて。今日も朝寄ってくれるのかな、なんて淡い期待をしてしまう。

けれどその朝、木兎くんは来なかった。



もうすぐ閉店の時間だ。今日は少し、水出しコーヒーが余ってしまった。予報で出ていたほど気温が上がらなかったせいだろうか。読みが甘かった、ぼうっとしていた所為かも。良くないな。切り替えてまた頑張らなければ、とそろそろクローズ準備を始めようと腰を叩いて気合を入れ直したころ、「お邪魔しますーっ!」と静寂を切り裂くような快活な声と、ドアベルの音が響いた。

「っあ、木兎くん!」
「こんばんは、名前ちゃん。もう閉めるトコ?少しだけいていーい?」
「っうん。もちろん!今日、前に飲んでいってくれたコーヒーが余っちゃって。お代は良いから飲んでくれる?」
「エッいーの!?したら有難くもらうな。あれめちゃうまかった!」


「木兎くんが来てくれて良かった」
「へへ。本当は朝寄れたら良かったんだけどなー」
「うん、ちょっと来るかなって、思ってた」
「はは。来なくて寂しかった?」
「.....っ」

ぼぼっ、と顔に熱が集まる。上手いこといなせば良いことなのに、上手に言葉が出てこなくて、適当な言葉を言えばいいのに、言葉がまっすぐな彼を前に嘘を言うのも何だか嫌で。いたずらっ子のような顔をしていた木兎くんも、そんな私の様子を見て、照れたようなむず痒いような顔をする。

「......照れてる名前ちゃんも、かわいーね」
「.........あんまり、からかわないで...恥ずかしいから」
「からかってねーよ。めちゃ本気!」

そうけろっと言った木兎くんの表情は、一目惚れしたんだ。と告げたときのそれだった。切り出すなら今だと思って、踏み込んでみる。

「そ、その...昨日言ってたのも、本気、なの...?」
「昨日ー?なんか言ったっけ?」
「...もう!とぼけるのやめて...!」
「はは、ゴメンゴメン。本当だよ。一目惚れしたの、名前ちゃんに」

そう言って、木兎くんは一口、アイスコーヒーを流し込んだ。

「...東京遠征で出てきてすぐぐらい?だったかな、店の前の通りで初めて名前ちゃん見たんだよね」
「通りで...何のときだろう」
「そんとき名前ちゃん、花を買ってて。なんか、白い花持ってた」
「ああ、お店に飾る用の花を買いに行ったときかな...」

目線を窓際にやると、花瓶に生けられたカスミソウが目に入る。所狭しと身を寄せる白い花々。

「...で、一目惚れした」
「えっ?」
「そのとき、白い花を抱えて歩いてる名前ちゃん見て、めちゃ綺麗なひとだなあって思ったんだよね」

そう言う木兎くんの瞳は、今まで見た中でいちばん柔らかい色をしている。

「あ、もちろん見た目だけじゃないよ!?なんていうか、もう、表情がさ。絶対この子良い子じゃんって。分かるっていうか?上手く言えねーけど!まあ、ビビッときた!」
「ビビッと......」
「んで、目で追ってたらこの店に入ってったから。そういえばエプロンしてたし、店員さんなのかなって思ってさ」
「な、なるほど...」

だから時間見つけて、遠征の間に来るって決めてた!
そう言った木兎くんは、言ってやった!と言わんばかりに誇らしげだ。





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