話「海星」「シフォン」



話「海星」

 ギラギラと照りつける夏の日差しが、海面をきらめかせる。
 そんな海を背景に、昊希は先程から、見つけた海洋生物(と海藻)を、逐一形兆に報告している。子供か、と形兆は半ば呆れながら彼を見ていた。今日はいつにも増して、元気な様子である。

「ヒトデを見つけた!」
「そうか」

 一際大きな声を上げ、無邪気にも喜ぶ彼の手には確かに、星の形をした生き物がいる。昊希は形兆に、広げた手のひらをヒトデと並べて見せた。

「どうだ、似ているかい?」

 ヒトデという名は、なんでも人の手に由来しているらしい。そんなことを滔々と語る昊希の、いつもより少し跳ねた調子の声を聞きながら、形兆は目を細める。

 ――空条承太郎か。
 先程まで形兆たちが居た岬のあたりで、長い学ランをはためかせている彼は、何故かスタンドを出し、こちらを――より正確に言うならば、昊希の方を見ていた。

 彼のスタンド、『星の白金(スタープラチナ)』は遠くの小さなものまで見通せ、また本体と視界が共有できるという。いわばあれは、こちらに望遠鏡のレンズを向けて、こちらの様子を覗いているようなものなのだ。
 形兆は眉を微かに寄せ、念のためにいつでも『極悪中隊(バッド・カンパニー)』を出せる用意をしておいた。尤も、彼がこちらに本気で危害を加えるつもりで、時を止めてしまえば、こちらには対抗のしようがないのだが。

「なんというヒトデだろう」
「知らん」

 手のひらの上に乗せたヒトデを眺めながら、のんきに呟く昊希に、形兆が冷めた言葉を返す。果たして、その昊希の疑問に答えたのは、この場の第三者、そして先程まで岬からこちらを見ていたはずの空条承太郎だった。

「イトマキヒトデだ」

 形兆が瞬きをする間もなく、承太郎は昊希の側に移動していた。まるで瞬間移動である。承太郎のスタンド能力を知る形兆に、そのタネは割れていたが。
 時が止まっていれば、瞬きする間もあるはずがない。そうして、時の止まっている間に岬からここまで移動してきたというわけだろう。
 とんだスタンドの無駄遣いだった。








話「シフォン」

 形兆の料理というのは、常に昊希ではない誰か――彼の弟である、億泰のためのものだった。そうあることは当然だったし、だからこそ昊希は、そんな弟思いの彼の垣間見える形兆の料理が好きだった。
 故に、その誰かのための料理の「誰か」に、まさか自分がなり得ようとは、昊希は思ってもみなかったのだ。

 シフォンケーキにフォークをいれながら、昊希はどうしたものかと困惑する。先程昊希の隣に座った億泰は、自分の皿のケーキを大口を開けて食べていた。いい食べっぷりだ。
 いつもなら昊希も、何も考えず口に放り込んでいた。だが、目の前のシフォンケーキが自分のためのものだと思うと、代え難く、食べるのも惜しく思えてきてしまう。

 ――何故、食べたら無くなってしまうのだろう。
 それは食べてしまったからに他ならないのだが、昊希の胸の内に突っ込みをいれる者はいなかった。

 昊希の胸を今、いっぱいに占めるのは嬉しさのはずなのだが、どうしてだか切ないような気がして、先程から苦しい。一口大に切り分け、口に運んだシフォンケーキは、ふわふわとして甘かった。広がるブランデーの香りに、感嘆の息を吐く。実に昊希の好みだ。

 無性に悔しい気持ちになりながら、最後の一口まで食べたところでフォークを置く。

「ごちそうさまでした」

 ふと、形兆の前の皿を見れば、手をつけられていない。そういえば、ずっと食べる様を見られていたな、と形兆に視線を向ければ、彼はニヤリと笑って一言告げた。

「誕生日おめでとう」

 それはもう、絶好のタイミングでとどめを刺されたようなもので、この時の昊希の心情は、推して知るべしである。
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