雷蔵の優柔不断と大雑把
「何?急にどうしたの、雷蔵」
ふんわりとした淡い茶色の猫っ毛が首筋に当たって、何ともこそばゆい。この柔らかな髪は湿気に大層弱く、雨天の日に限っては不破雷蔵と、普段から彼に変装している同組の鉢屋三郎との区別を付けるのが容易いと言われる。流石の変装名人と言えど、天然の髪質まで再現する事は難しいらしい。
勿論、私はこの雷蔵と恋仲であるからして、件の変装名人と間違える様な事はしない。最初は見分けるのに苦労したものだが、今となってはその苦労すら愛おしい。
雷蔵は先程から私の背に腕を回したきり、ずっと押し黙ったままだ。冷え性かつ低血圧の自分より高い体温は心地好くて安心するので、これはこれで何も文句は無いのだが。
何時も何度でも、私の冷たい手を好きだと言ってくれる雷蔵は、今は何も言ってくれない。それだけが不安で、私は彼を抱き締め返した。沈黙の痛さに耐えかね再び何かを言う前に、ようやく彼の口が開いた。
「言葉では、上手く伝えられないと思ったんだ。悩んで悩んで、どうしたら良いのか分からなくて、……結局、こうするのが一番かなって」
どうやら、特性の優柔不断と大雑把を同時に存分に発揮した結果、突然の抱擁という行為に至ったらしい。私の事で彼がそんなにも気を揉んでくれたのだと思うと、嬉しさと愛しさが込み上げてくる。この感動をどう伝えようかと考えた時、やはり私も彼を精一杯抱き締めるという結論に辿り着いた。
言葉では上手く伝わらない事も有れば、言葉が無くても伝えられる事も有るのだ。私の伝えたい事も彼に届いたならば、尚更、嬉しいと思う。
2016/05/02 23:28
ALICE+