おそ松に抱き着きたい

「ねえ、ぎゅってしても良い?」

「……はっ?、え、な、何、急に、どしたの?何で?」

まず最初に言っておこう、俺、松野おそ松は童貞だ。自分で言うのも悲しい事だが、それが事実だ。であるからして、いきなり異性から抱き着かせて欲しいなんて請われて声が上擦ってしまうのは、仕方無い事だと思う。免疫が無いのもそうだけど、ましてや相手が好きな女の子なんだから、尚更だ。
俺の動揺を知ってか知らずか、目の前の彼女は指先を忙しなく弄んでいる。白く細い指先は陶器の様に綺麗で、厭らしくない程度に光る爪も、丁寧に手入れをしているんだろう。当分張り替えてない、色褪せた畳の上に直接座り込んだ足を、ふんわりとしたスカートが覆っている。昔は俺と一緒に腕白をして、短パンを好んで穿いていたこの子は、何時の間に、こんなにも女らしくなったんだろう。
というより、俺が彼女を女として意識し始めたのは、何時からだったか。一緒に腕白しなくなっても、話す回数が減っても、俺は馬鹿みたいに彼女の事ばかり見ていた。―――――それは今も、そうだ。

「あのね、……好き、だから」

そっと呟かれた、とても小さな声にだって全神経が反応してしまう。どくり、と心臓が高鳴って、思わず無意識の内に胸元をぎゅうっと握り締めた。何時も着ているダース買いのパーカーはそこそこ草臥れていて、掌に沿って赤い生地が柔らかくうねる。ねえ、好きだからって、何、何が好きなの。つい生唾を飲み込んでしまうのは、決して俺が童貞だからとかいう下らない理由でなんかじゃない。

「何が」

問い詰めたのは、本能だった。正直、此処で敢えてはっきりさせなくても都合良く受け取るだけなら、幾らでも出来る。でも、臆病風に吹かれて、童貞だからって自分に言い訳して、足踏みするのはもう嫌だった。なんたって、俺は童貞である前に、夢は超ビッグなカリスマレジェンド、松野おそ松なんだから。

「え、っとね、私、あの、おそ松の事が、……っわ、あ!」

俯く目元を伸びた前髪が覆い隠してしまっても、隙間から覗く耳が真っ赤に染まっているのが見える。後はもう続きなんて聞かなくても分かったから、失礼ながらも言葉を思い切り遮って、彼女を腕の内に引き寄せた。一世一代の告白だろう――だからこそ、先を越される訳にはいかない。こんなに長い間ずっとお前だけ見詰めてきたんだ、その表情が物語る想いに気付かない程の馬鹿じゃないよ、俺。

「好きだ。俺、お前の事、めちゃくちゃ好き」

当初の望み通りにぎゅっと抱き締めてやれば、驚いた顔が数秒置いてふわりとはにかんだ。泣き笑いみたいなその表情は今まで勝手に夢想したどんなものよりも可愛くて愛おしくて、堪らなくなる。抱き着かせて欲しいってお強請りしたのは彼女の方なんだから、もうちょっと腕の力を強めたって罰は当たらないよな。

(ぎゅってして良い?と言われた診断メーカーより)

2016/05/03 01:29


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