この学校には真しやかに囁かれる噂がある。 緩くウェーブの掛かった長い髪、大きく潤んだ瞳の儚げな美少女がこの校内の何処かにいるのだと。 それはどこのクラスにも存在しないが、気まぐれに現れるらしい。 ただ見た人や話をした人間は居ないので、幽霊ではないかと話す人もいる。 七不思議みたいなもの、と私は思っていた。 今の今までは。 放課後、久しぶりに図書室で静かに読書していた。 ここは余り人が来ないので、落ち着いて読書や勉強が出来る。 別に真面目に勉強するほうでもないけど、たまに一人で本を読みたくなる時に利用していたのだ。 人気作家のミステリ小説を夢中で読み耽り、気が付けば窓の外は夕陽で赤く染まっていた。 そろそろ帰らなきゃと本を鞄に入れて図書室を出る。 静まり返った校舎は少し不気味だけど、夕陽で赤く染まる廊下はノスタルジックで嫌いじゃない。 音楽室からポロンとピアノの音が聞こえる。 まだ誰か残っているのかもしれない。 ドアのガラスからチラリと覗くと、女の子がいる。 長い髪は緩やかにカーブがかかり、儚げな表情を浮かべ大きな瞳は窓の外をじっと見つめている。 もしかして、あの人噂の... ふと彼女がこちらに気付いた。 少し驚いた表情の彼女は、とっても綺麗で可愛い。 もしかしたら本当にこの世のものではないのかもしれないとまで思った。 その時、彼女は微笑み私を手招いた。 「あの、」 「うふふ、見つかっちゃった」 「え?」 「誰にも見つからない自信あったんだけどなぁ」 眉を下げて苦笑する姿まで様になる。 彼女から目が離せず、棒立ちでいるしかない私に彼女はにっこりと微笑んだ。 「私は錦子。2年生よ」 「私は名前、です...」 「名前も2年よね?」 「上履き、同じ色だもんね」と微笑む彼女に勧められる通り、隣に腰を下ろした。 「えっと...あの、」 「錦子でいいわよ」 「うん、あの...錦子ちゃんは何組なの?」 「うふっそれは秘密」 「え...?」 「名前は?」 「あ、私は...」 「C組、でしょ?」 「なんで、」 「名前可愛いから、知ってた」 「そんな事...」 「ねぇ、また会える?私、もっと名前とお話したいの」 「あぁ、それは勿論」 「うふっよかったぁ」 にっこりと彼女は笑った。 まさに花の咲くような笑顔とはこの事なんだろうな。 とっても綺麗なのにとっても可愛い。 「じゃあ私、もう行かなくちゃいけないから」 「あ、うん。またね」 「またね」とスカートを翻した彼女は、軽い足取りで音楽室を出ていった。 再び彼女に会える日はくるのかな、彼女は本当に生きてる人間なのかなと、静かな嵐が去ったような気分。 心がざわついて、ドキドキしている。不思議な気持ちだった。 そして次の日も、その次の日も錦子ちゃんは夕陽の射し込む音楽室に居た。 毎日放課後に錦子ちゃんと音楽室でお喋りするのが日課になって1ヶ月になる頃、大分打ち解けて色んな話をするようになった。 殆どが授業の話だったりたわいも無い内容か、私の家族や友達の話で錦子ちゃんは自分の事を余り語らない。 どうしてこの時間のこの場所でしか会えないのか、とか。 お家はどの辺なのかとか、勿論クラスも教えてくれない。 のらりくらりと、交わされてしまうのだ。 女子高校生と言えば、知りたい事や話したい事はそれだけではない。 女子高校生の欠かせない話題は、なんと言っても恋バナだと思う。 残念な事に、私には提供する話題がないので聞いてみる事にした。 だってこんなに可愛い錦子ちゃんだもん、彼氏の一人や二人居たって何も不思議じゃない。 「ねぇ、」 「んー?」 「錦子ちゃんって彼氏いる?」 「はぁっ?」 「だってこんなに可愛いんだもん。男子が放っておかないでしょ?」 「彼氏なんかいないし」 それまでニコニコしていた錦子ちゃんは、途端にご機嫌を損ねてしまったようだ。 むすっとツンと上を向いた唇を更に尖らせてしまった。 もしかして何か嫌な思い出でもあるのかな? これだけ可愛いんだし、男子の不躾で厭らしい視線を受ける事だってあるんだろうな。 変な事聞いちゃってごめんね、と声を出す前に錦子ちゃんが口を開いた。 「男になんか興味ないの」 「そうなんだ、」 「名前は?好きな人居るの?」 「あー...好きな人、とまではいかないけど...」 「えっ!居るの?!」 「え?いや、ただ素敵だなって思うだけで好きとかそんなんじゃないよ」 「誰?同じクラスのやつ?」 更に機嫌を損ねた様子の錦子ちゃんは、眉間をぐっと寄せた。 「そんな顔したら可愛い顔が台無しだよー」なんて笑う私の腕をぎゅっと握り、体を寄せてきた。 「本当に誰?」 「えぇ?あの、先輩で...」 「名前は?」 「やだなぁ、そんな、本当に好きとかじゃなくて」 「いいから!誰なの?」 「えっと...バスケ部の」 「まさか横山とか言わないわよね?」 「えっ?やだ、ごめん。もしかして錦子ちゃん横山先輩の事好きだった?」 錦子ちゃんは黙り込んで俯いてしまった。 錦子ちゃんはきっと横山先輩の事が好きに違いない。 なのに私が好き(とは言ってないけど)なのだと、困ってしまったのかもしれない。 「あの、ごめんね?本当に好きとかじゃないんだよ?」 「どこが好きなの」 「え?」 「だから!横山のどこが好きなのって!」 「どこって...背が高くてかっこいいから素敵だなって思っただけで...」 「............」 「錦子ちゃん?あのね、本当に違うからね?ただ、なんて言うの?憧れ的な?あのー付き合いたいとかそんなんじゃ...ひゃっ」 なんとか誤解を解きたくて必死に弁解する私を、錦子ちゃんは突然抱き締めた。 ぎゅっと力強く抱き締められて、相手は女の子なのにドキドキする。 こんな事、友達とは日常茶飯事なのに。 「錦子ちゃん?」 「...本当に好きじゃないの?」 「本当にそんなんじゃないよ。安心して!」 背中に腕を回して撫でてあげると、私の肩におでこを擦り付けて甘える錦子ちゃんがとっても可愛い。 そんなに横山先輩の事が好きなのか...でも二人ってお似合いだよね。 付き合ったらいいのに。 「じゃあ、」 「うん?」 「じゃあ私は?私の事は好き?」 「錦子ちゃんの事?大好きだよ!」 ちょっと照れくさくて、えへへっと笑う私を錦子ちゃんは潤んだ大きな目で見詰めてくる。 同じ女の子だけどなんだろう、とってもドキドキする。 錦子ちゃんの私より大きな手が私の頬を撫でて、そのまま私の顔を包み込んだ。 錦子ちゃんの瞳がとっても色っぽくて、目が離せない。 「に、錦子ちゃん...?」 「シーッ」 じりじりと距離が近づくと、ふわりと香る錦子ちゃんの香り。 嫌いじゃない、かも。 大きな目を伏せて、傾けられた錦子ちゃんの顔を、ぼんやりとどこか他人事のように見てる自分がいる。 この後何が起きるかなんて、経験が無い私にもわかる。 唇が重なる寸前、ふっと笑って「目、閉じて」と言った錦子ちゃんの声にはっとして目を閉じた。 これじゃ経験がないって言ってるようなもんじゃん恥ずかしい! って言うかここは目を閉じるよりも、錦子ちゃんを止めるべきだったんじゃない? だって私も錦子ちゃんも女の子だもん。 なんて私が考えるよりも早く、錦子ちゃんのツンとした唇が私のそれに重なった。 一瞬で離れた唇が熱い。 ぼやけるような距離にいる錦子ちゃんが綺麗に微笑んだ。 「もう一回、いいよね?」 「えっ、あの...んっ」 初めから私の返事なんて求めてなかったんだろうな。 下唇を食むように歯が当てられて、小さく開いた歯の間から錦子ちゃんの舌が入り込んでくる。 上顎を擽られて、どうしたらいいかわからなくて縮こまる私の舌を撫でて絡み付く。 腰がビリビリと震えて、耐えきれず錦子ちゃんの制服を掴むと、少し笑った錦子ちゃんは私の舌を吸ってちゅっと音を立てて離れた。 「初めてだった?かぁわいい」 恥ずかしくて声も出せない私をぎゅうっと抱き締めて、「私も名前の事、大好きよ」と言った。 それってどういう事? え、そういう意味? どうしよう私、ノーマルだと思ってたけど本当は女の子が好きだったのかな... 今まで好きになった子はみんな男の子だったし、好きなアイドルも男の子なんだけど。 でも不思議と嫌じゃなかったんだよね。 「錦子ちゃん...」 「ん?」 「あの...」 「ねぇ、私、もっと名前の初めてが欲しい」 「えっ?」 「いいわよね?」と、再び重なる唇。 上唇も下唇もあむあむと食まれて、ああこれが私の好きなアイドルがドラマのキスシーンで見せたハムハムチュッチュなのかな...とぼんやり考える。 閉じた歯を錦子ちゃんの舌がなぞると無意識に開いて舌を迎え入れてしまう辺り、もしかしたら男とか女とか関係なく本能で錦子ちゃんの事が好きなのかもしれない。 錦子ちゃんの漏れる声に、濡れた音に身を委ねていた時ガラッとドアが開いた音がした。 「りょー!」 「きゃー!」 「うわっ!」 「亮、またここに居ったん!」 「ちょ、亮?だれ...」 「ちょお!章ちゃん!」 「何してんの」 「何って、見たらわかるやろぉ!キスしてたんやんか!」 「いや、そういう問題ちゃうやろ」 「もーええ感じやったんやから邪魔すんなやぁ」 「邪魔って...その子の気持ち考えたん?」 「だってぇ...」 なんか凄い事が起こってる気がする。 突然入ってきた男の子は確かD組の安田くんだ。 その安田くんは錦子ちゃんの事を「亮」と呼び、錦子ちゃんの腕を掴んで歩き出した。 「ちょ、章ちゃん!」 「苗字さんごめんなぁ?今日は先に連れて帰るな?」 「え、あの...」 ピシャリとドアが閉められ広がる静寂。 亮って何?錦子ちゃんと安田くんってまさか付き合ってる?なのに錦子ちゃんが私とキスしてたから怒ったのかな? てゆーかそもそも錦子ちゃんはどうして私にキスなんかしたんだろう...嫌じゃなかった私ってもしかして... 窓の外から聞こえる運動部の声を背に、ぼんやりと考える。 私って錦子ちゃんの事... 「もう!章ちゃんなんで邪魔したん!」 「なんでちゃうやろ!毎日毎日こんな格好までして...」 「だってぇ...」 「あの錦戸亮が聞いて呆れるわ」 「しゃあないやろぉ!」 「ほんま、こじらせすきやで」 「わかってるわ...」 --続...いたらいいな-- 2016.4.4 |