「ただいまー」 名前に頼まれたスタバをぶら下げて玄関を開けても名前のお出迎えはない。 電気は点いてるから居るはずやねんけど。 リビングに入ると名前の「あぁぁん」なんて悩ましい声は聞こえるものの姿が見えない。 「名前?」 「ん?あ、おかえり!」 声を掛けるとソファの背もたれからひょっこり顔を出した名前。 しかも眼鏡を掛けて。 スタバのコーヒーを頼まれたから映画でも見るのかとは思ってたけど(名前は映画を見る時いつもコーヒーだ)、 「なに、クローバー見てたん?」 「うん!」 隣に座りコーヒーを手渡せば、すぐに一口飲んだ名前からバニラの香りが微かにする。 砂糖を入れなくても飲めるってわかってからずっとこればっかりなの、と付き合いたての頃に言っていたバニララテ。 カップには可愛い顔が描いてあって微笑ましい気持ちになる。 「なんで今?」 「この前テレビでやってたでしょ?友達が盛り上がってたから見たくなって」 名前が指さすローテーブルにはブルーレイのケースとビニール。 え? 「ちょ、今初めて開けたん?!」 「ん?そう」 「え、ちょぉ!これあげたんいつよ!」 「だってぇ...映画館に見に行ったんだもん」 「そうなん?」 「うん」 「意外やな」 「そう?」 「亮ちゃんの映画以外は行かないんかと思ってた」 「あー...あんまり行かないかもなぁ」 「やろ?」 「でも味園も行ったよ?」 「あ、そうなんや」 「クローバーの時に予告やっててさ、すばるかっこいい!と思って見に行ったの」 「へぇ、ほな100回泣くことは?」 「あーあれは見てない」 「なんで?」 「ジャンル的にあんまり好きじゃないのと、私邦画あんまり見ないし」 「そうなん?」 「うん」 「そう言えば映画とかあんまり二人で見ぃひんよな?名前がどんなん好きか知らん」 「そうだねぇ、そんな話もあんまりしないよね」 「あとでしよ?俺風呂入ってくる」 「うん、行ってらっしゃい」 映画も佳境を迎え、柘植が大勢の前で沙耶に告白するシーンまであと少し。 無性に恥ずかしくなって風呂に逃げたわけやけど、名前が眼鏡かけてまで俺の映画見てるなんてほんま珍しいなぁ。 あれキスシーンも軽いベッドシーンもあるけど、どんな顔して見たんやろ。 うわ、めっちゃ恥ずかしいやん! え、俺どんな顔で出てったらええの? 出るに出られへん! けど、いつまでも入ってるわけにいかんしな。 用意されていたパジャマを着て、濡れた髪を後ろに撫で付け(別に意識したわけではない)リビングに戻ると何故かテレビは浴衣姿の沙耶と柘植を映していた。 「え?なに?」 「ん?やだぁ!柘植さんみたい!」 「は?ちょ、また見てんのぉ?!」 「当たり前じゃん!1回じゃ柘植さんの魅力を噛み締めきれないもん!」 嘘やろ...また見んの? 見たばっかやん、まだ見んの? 「うわー...まじか...」 「いいから早く!こっち来て!」 「もー...」 冷蔵庫から冷えたビールを取り出して名前の横に座ると、ぎゅっと腕に抱き着いてくる。 珍しい事もあるもんやな。 「なにぃ?」 「だってぇ...今の忠義、柘植さんみたいなんだもん」 「はぁ?」 「それに眼鏡かけたらバッチリ柘植さんだね!」とかニコニコしてるけど、え? どんだけ柘植さん好きやねん! 「あぁ、かっこいい」なんてうっとりと呟くもんだから、思わずニヤけてもうた。 何これ、めっちゃ珍しい。 ストーリーは進み、柘植と沙耶が夜桜を見ている。 柘植が「馬鹿」と言えば、キャー!と身悶える名前。 え、あかん!もうキスシーンやん! なんならベッドシーンやん! 「ちょ!待って!止めようや!」 「やだ!こっからがいい所なんじゃん!」 「うそやろ!」 「きゃー!柘植さん!」 「.........」 恥ずかしすぎる...なんの羞恥プレイなんこれ。 柘植が沙耶の服を脱がしながらキスをするのを見て、「あぁん!」だの「いやぁん!」だの言いながら柘植に夢中の名前。 え、なんやろ。なんか妬けるわ。 名前は妬いたりせぇへんのかな? めっちゃキャッキャしてんねんけど。 「なぁ、こんなん見てさぁ、」 「ちょっと、シッ!現実に引き戻さないで!」 「は?何それ」 「あぁ、柘植さん素敵...!」 「俺やんそれ」 「やっぱり忠義が帰って来てからお風呂入ればよかったなぁ...」と呟く名前の視線は、バスローブ姿で沙耶の髪を乾かす柘植に釘付けで。 「もしかしてこれ?」 「うん、柘植さんやって欲しかった...」 「俺たまにやるやん!」 「そうだけどぉ...」 柘植さんがぁ...なんて俺の胸にのの字を書いてもじもじする名前。 嘘やろどんだけ好きやねんほんま。 「名前ってさ、妬いたりせぇへんの?」 「え?これ見て?」 「そう。亮ちゃんのドラマやったらちょっとした絡みでも『いやー!』って言うてるやん」 「あー...まぁ、それはファンだからねぇ。それにこれ付き合う前の話だし...」 「それはそうやけどさぁ...」 「それに仕事じゃん。バラエティとかでは妬いたりする事はあるけど、ドラマとかはないかなぁ?」 「ふうん?」 「何?妬いて欲しいの?」 「そう言うわけじゃないけど...」 「でもまぁ...キスシーンなんかはちょっと...」 「え!妬ける?」 「妬けるって言うか...柘植さん!と思って見ないとなんか...嫌かも」 「冷静に見ちゃダメなんだよなぁ...」と眉を下げる名前の真意がわからない。 でもなんとなく嫌なんだっていうのはわかるから、ちょっと嬉しくなってサラサラの髪を撫でる。 「どう言う意味?」 「前テレビでね、俳優さんが言ってたんだけど。俳優は別人を演じてるけど、物を食べる仕草とキスはどう頑張っても自分なんだって。そこだけは演じる事が出来ないって」 「うん」 「忠義と付き合う前は勿論知らなかったけど、今見るとキスシーンの柘植さんはやっぱり忠義だなぁと思っちゃうから...」 「ああ、だから冷静に見たらあかんのか」 「そう。だから柘植さん!柘植さん!って見てる分には素敵だなって思うんだけど、忠義だと思って見ちゃうと...」 「嫌なんや?」 「嫌って言うよりは...なんだろ?なんか複雑な気持ちになる(笑)」 「ふはっ何それ」 「ヤキモチとはまた違うんだよね」 「ふーん?でもさぁ、めっちゃ好きやん。柘植さん」 「うん、好き。超タイプ」 「え?タイプ?!」 「え?女の子は大体タイプじゃない?」 「...ちなみにどんな所が?」 「うーん...背が高くて、仕事が出来て、物静かで、冷たそうに見えて実は優しくて甘い所かな!」 「へぇ...」 「聞いたくせに興味ないの?」なんて唇を尖らせながらリモコンを握る名前。 だってさぁ、柘植は俺やけどタイプが俺とカブってへんやん。 背は高いけどバリバリこなすような仕事やないし、物静かでもないし、どちらかと言えば最初っから優しくて甘いタイプ(やと自分では思ってる)やん。 名前はもしこの場に柘植と俺がいたらどっちを選ぶんやろ? まさか...柘植...?なわけないよな?流石に...。 「えっ?何してるん!」 「え?キスシーンのリピート」 「嘘やろ!ほんまやめてやぁ!」 「なんで?自分じゃん」 「だから恥ずかしいねんって!」 「わかったわかった。柘植さんのどこがいいか教えてあげるから!」 「いらんし!」 「ほら見て!」 「見んでも知ってるし...」 俺の腕を揺すりながら「鞄を落とす所が余裕無さそうな感じでいい!」とか「この棚?に押し付けるとか最高!」とか「眼鏡外す所がセクシー!」とか興奮気味に話す名前にイラッとする。 だから俺やん!なんで自分に嫉妬せなあかんの! 「ここ!ここが最高なの!」 「まだあるん...」 「この下からのキスがもう!最高なの!だって背が高い人じゃないと出来ないでしょ?ああもう...柘植さ、きゃっ!」 もう我慢出来ひん。 名前の腕を引っ張り寝室のドアに押し付けた。 腕の中で目をまんまるくして驚く名前が可愛くて腹立たしい。 「何?どうしたの?」 「そんなに柘植さんが好きなんやったら柘植さんと同じ事したるわ」 「え、なに...んっ」 戸惑う名前の顔を両手で押さえてその可愛い唇にかぶりついた。 顔を背けようとする名前のぎゅっと噛み締めた歯をこじ開けられず、唇を離すと困惑したような表情が見える。 「ただよし...?なに、」 「俺の前で他の男の名前を呼ぶな」 「え?だって...忠義、」 「君は馬鹿なのか?」 「た、だよし...」 「馬鹿なんだな」 名前の眼鏡を外しすくい上げるように口付けると、弱々しく胸を押す腕が心無しか震えてる。 強引に舌を捩じ込んでカーディガンのボタンを外し始めると、胸を叩かれる。 「やめてっ」 「どうして」 「柘植さんとキスがしたいわけじゃない」 「したかったんちゃうん」 「だって...」 「なに?」 「柘植さんは忠義なんだもん...」 「はぁ?どういう事?」 「忠義だからいいんだもん...」 「え、意味がわからへん」 「さっきも言ったでしょ!柘植さんだと思ってないと見れないって。柘植さんが忠義じゃなかったらここまで騒がないし、それに...」 「それに?」 「私が好きなのは忠義だもん」 「名前...」 「沙耶とキスした柘植さんとはキスしたくないの!」 「何それ...めっちゃ可愛い!」 真っ赤にした顔を伏せた名前を力いっぱい抱きしめる。 可愛い!妬かないとか言うてたくせに妬いてるやん!なんなん可愛すぎやろ! 名前を抱えあげ寝室のドアを静かに開けた。 「えっなに?」 「こんなん好きやろ?」 「ちょっ...と、ただよ...んっ」 キスをしながらベッドに下ろして抱きしめる。 腕の中の名前は俯いて、俺のシャツをぎゅっと握っている。 「ごめんね...妬かないなんて言ったけど、やっぱり妬いてるのかも...」 「なんで謝るん?めっちゃ嬉しいし、可愛いで」 「可愛くないよ」と呟く名前を、抱き潰す程抱きしめて。 好きな子に嫉妬される喜びを噛み締める。 こんなに嬉しいもんなんやな。 今まではめっちゃウザいだけやったけど。 「なぁ、柘植さんも言うてたやん。気持ちのないキスなんかキスじゃないって」 「うん?」 「映画の柘植さんは、そら気持ちの入ったキスやけどさ。“俺”の気持ちは入ってへんやん」 「うん、」 「だから“キス”したい。名前と」 「...うん」 ベッドに柔らかく押し倒して唇に触れる。 背中に回った名前の手に力が入って、ああ珍しく緊張してるなぁと愛しく思う。 もっとわかりやすく嫉妬してくれたらいいのに、妙に遠慮する所が難しくていじらしい。 手のかかる子ほど可愛いってこの事なんかな。 --END-- 2016.5.30 |