ささくうワンライまとめ


0804
「空却、フェチって分かるか?フェチズム」
「分かる」
「ぼくね、日焼け跡フェチやねん。けどお前って日焼けせんねんな?体質?」
「知らねぇ。でも、お前が好きなら、焼く」
 バチバチに大きな瞳で俺をまっすぐ見上げてそう答えるいじらしさに背筋がゾクゾクした。
 だから、「空却が熱中症で倒れた」と聞いた時は少なからず責任を感じた。

「お前が言ったんだろ……日焼け跡が好きだって……」
「言ったけどぉ……」
 てんぱった俺はうっかり左馬刻の前で事のあらましを語ってしまい、呆れた彼に空却の看病係に任命された。
 クーラーでキンと冷えた俺の部屋の俺のベッドでぐったりと横になる空却の額に、髪の毛を巻き込まないように手のひらで前髪を撫で上げながら冷えピタを貼る。
 空却の枕元に並んだポカリスエット、コーラ、左馬刻の差し入れのりんごと桃、その中から「どれがいい?」と聞くと「コーラ」といつもより随分力ない声が答える。その普段とのギャップにまた胸をちくりと痛ませながら、コーラをコップに注いで差し出してやる。
「で、結局日焼けはできたん?」
 上半身を起こしてこくこくと両手でコップを持って飲む空却の肌は、一見いつもと変わりない。タンクトップと短パンから覗く真っ白な肩、真っ白な腕、真っ白な脚。肘や膝などは僅かに赤みがあるが、とても日焼けとはいえない代物だ。夜には赤みが引いて元の真っ白に戻っているだろう。
 しかし空却がニヤリと笑う。
「見ろ」
 と言って、目の前にかざされたのは、身長のわりにスラっと長い指がちょうど五本生えている左手だ。
 たしかに、他の部分と比べれば、やや小麦色……?にはなっているが……俺は片眉を上げる。日焼け跡フェチというのは、空却が今着ているタンクトップの跡であったり、ビキニの跡であったりするもので、手という小さなパーツにはあまりその趣は無い。
「ショッボ」
 思わず呟いた言葉に、空却が顔を歪めてすぐさま反論する。
「ちがう!左手の薬指……」
 指輪の日焼け跡。
 思わずぽかんと口を開けて呆ける。弱っているくせに空却が得意げに鼻を鳴らすので、益々呆れる。
「お前がいつまでもくれないから」
 自分でつけた。と、どや顔。
 
 ……あ〜、もう〜……なんというか、言葉にならない。

 いや、言いたいことはたくさんある。そもそも熱中症で倒れた、と聞いた時、この簓さんにしては慌てたのだ、とか。身を危険に晒してまでして随分高くついた指輪だな、とか。いやそもそも気付かなかった俺が悪いのか、とか。
「ロマンチストやね……案外」
 言いたい言葉を飲み込んで、件の薬指を愛撫してやる。ちゅっとそこに口付けながら「俺も焼くかぁ」と冗談半分で呟くと、空却はそれは嬉しそうに笑った。


0811
拙僧のために躊躇なく地面に膝をついた簓に、不覚にも心を奪われてしまった。
「痛かったやろ。もっと早く気付いてやれんくてスマンかったな」
 嬉しかった。大事にされている、愛されている、と一人の人間としてここまで実感したことはなかった。血が滲むくるぶしとかかとに貼られたキャラものの絆創膏を優しく撫でられて、「いたいのいたいのとんでけ〜」とされたら、口角がニヤついて大変だった。
「なにわろとんねん」
「別に」
「楽な靴買ったろか」
「ううん、いい」
 この靴がいい。お前がくれた、この靴が。
「じゃあ、車まで抱っこしたろか」
 そうして初デートは最高のまま幕を閉じた。

***

「ん〜〜〜〜しゃあないか、こればっかりは……」
 コーヒーのマグカップのハンドルをつまんで、結局離して、簓は背中を反らす。そしてため息をついて、また前のめりになる。
「そっかそっか、そうよな〜〜」
 頭を両手で抱えて、かと思ったら、頬杖をつく。忙しい奴だ。気持ちは分かるけど。
 ふと、あの酷薄な瞳が露わになる。圧を隠そうともせず、まっすぐ射抜かれて、山盛りポテトを咀嚼するリズムが一瞬ぶれる。
「これ、」
 コツン。テーブルの下で、足裏をつま先ですくうように小突かれる。
「サイズ合ってない、俺がやった靴」
「おう」
「わざとやねん」
 今度こそポテトに伸びる手が止まる。簓は十五度くらい首を左に傾げて、薄い唇の両端をキュッと持ち上げる。日ごろとはまるで別人だ。
「なんとかしてお前を落とそうと思っている時に閃いて、“これや!”思てなぁ。そしたらお前が、ケガすんのにデートの度に履いてくるから、」
 かわいくて、仕方なかった。
「……簓」
「ん」
「サイテーだな」
「えぇ!?」
 簓の瞳が隠れる。そこにはいつものユカイでニギやかな男がいた。
「いじらしくてかわいいやろ!実際きっちり落ちてくれたしな」
「拙僧の不覚だ」
「えー」
 簓が唇を尖らす。それがおかしくて拙僧はククッと喉を鳴らした。
「今までありがとな、楽しかった」
「ちょお、やめてくれやそんなん、泣くわ」
 ポテトをまた口に含む。簓は片手で顔を覆って、「ハァー――」と深い溜息をつく。
「ポテト、お代わりしていいか?」
「いくらでもしていいからさぁ……もっかいチャンスくれん?」
「やだ」
 そっかあ、と呟く簓の手の下から、鼻をすする音がした。


0818
「あそぶって約束だったがや!!」
「しゃーないやろ」
 ミーンミーンミーン。クーラーをガンガンに効かせた部屋でも窓を貫通して聞こえてくる蝉の声に簓はうんざりしていた。聞いているだけでじっとりと脇に汗が滲む気がしてくる。夏は嫌いだ、とシャープペンシルのキャップを顎に当ててカチカチと芯を出したり引っ込めたりする。
「おみゃーが言ったが、今日、あそんでくれるって!」
 問題の展開に詰まり、wordをタブに閉じて論文を検索する。カタカタカタ、とタイピングする音にまじって空却の荒い息遣いがきこえる。これだから盛りのついたガキは、と内心でため息をついていると、背中の産毛を逆なでするような怒気を孕んだ気配が近づいてきた。殴られるか、と思わず身構えるが、予想と反して腹に細い腕を回してぎゅうと抱きしめられる。
「あっついわ、はなれろや」
 すげない言葉に、中学生の押せば折れそうな細い腕がぴくりと震える。ショックだったのだろう。多感な中学生はなにかと傷つきやすく、簓は空却のそんなところを気に入っていた。今はそれも疎ましいだけだが。
「……なにしとる」
「大人の宿題」
 はなれろ、と重ねると、おずおずとくっついていた体温がようやく離れた。子どものくせに一丁前に誘惑するのが、今はどうしても可愛げだとは感じられない。
「…いつ、おわる」
「うーん」
 “あそんでやるから、こい”と空却を家に呼んだのは簓だった。本当に“あそんで”やるつもりだったのだ。授業が休講になって、代わりの大量のレポート課題が出されるまでは。
 このご時世の中学生にしては珍しく携帯を持っていない空却にその連絡をとる手段もなく、仕方なくこの日を迎えた。
「冷凍庫にアイス入ってるから」
 しかし、簓の方もなんの詫びも用意していなかったわけではない。「ガキが好きそう」という理由でチョイスしたバニラの棒アイスを、一人暮らしの小さい冷蔵庫の冷凍室に突っ込んであった。

 空却の気配が立ち上がり、冷蔵庫に走っていく。そういう、いちいち全力なところとかが、今の簓には見ているだけで疲れてしまって、正直、もう、帰って欲しかった。
 アイスを持って戻ってきた空却が、またぴったりとくっついて簓の隣に座る。子ども特有の懐っこさ。しかし今は構ってやれない。「それもって帰れ」と言うぞ、と、体を空却の方に向けた瞬間、簓は呆気に取られていた。
「……」
 まず、断っておかないといけないこととして、簓はいわゆる、世間一般で言う「最低」にカテゴライズされる。少年の、中学生の少年の、熟れる前の青々とした瑞々しい身体の味を彼は知っている。“あそぶ”時の顔を空却はしていた。性的なそれを色濃く瞳に落として簓に目を流している。ちろり、と赤い舌がアイスの先端をなぞる。くるくると回して、ちゅぱちゅぱと吸う。
「ヘタクソ、」
 かしてみ、とアイスを空却の手から取り上げる。すると空却はいそいそと簓の方を向いて、口を「あ」の形にあける。従順な様に、簓は今日初めてとっくの前に己が喰らった少年が愛おしいと感じた。
「ンッ……」
 アイスを無遠慮に口につっこむ。
「吸いな」
 唇の輪が締まり、アイスが理性と同じ速度で急激に溶けていくのを感じる。それをごくりと嚥下する小さな喉ぼとけの動きに注意しながら、アイスをじわじわ進めていく。進めていくにしたがって、空却の眉間の皺が寄っていく。目で簓に「とまって」と訴えているのがかわいらしくて、止まれるワケが、無い。
 コツン、と喉奥にアイスがぶつかる。
「ォエ゛」
 空却がえずくと同時に、アイスを素早く引き抜く。ほとんど原型を残さず溶けてドロドロのそれを、口を押えてえずく空却の頭上にかざし、ぽたぽたと雫で彼を汚す。
「まだまだ先は長そうやなー……空却?」
「……」
 少年は青い顔をして立ち上がり、かと思うと、一目散にトイレに駆け込んでいった。
「喉弱すぎるやろ」
 まったく、本当に、先は長そうだ。最低はそうため息をつき、ドロドロのアイスをぱくりと口に含んだ。


0825
ケース1 虎視眈々作戦
 時機を伺うのは得意だ。弱みに付け込むのも。
 その時、その時がくるのをただじっと待った。空却は強い男だ。それでも、月を平らげた者しか持ち得ないような金色の瞳が、一抹の陰りに呑まれる時がくるのを信じてただ待った。
 そして、ついに、その時がきた。空却はその日一週間寝ていなかったという話で、流石の少年も目の下に色濃く疲労の陰りを刷っていた。バチバチに大きな瞳はしょぼしょぼとして、まばたきも多い。今だ、今しかない!と思うのに、俺の臆病はこんな時にも仕事する。口内にじゅわっと唾液が溢れて、指と指の間にぬめる汗をかく。奥歯を食いしばって震える腕を止めて、隣に座る空却に手を伸ばす。人を指す指で貝殻のような耳に触れ、柔らかいところをさする。愛撫。空却の頭が重たそうに傾き、スリと俺の手に甘える。今だ!今しかない!
「俺と結婚してください」
「やだ」

〜〜

ケース52 余裕綽々作戦
 たとえ51回振られていたとしてもそれをおくびにも出さない余裕、それさえあれば勝てる。
 奮発して予約したクルージング高級ディナー。夜景が一望できるデッキ。完璧だ。手をとり、膝をつき、リングケースを差し出して、
「俺と結婚してください」
「やだ」



「なんであかんのやろ……」
 蘆笙宅のローテーブルに顔面から突っ伏す簓の傍に、蘆笙は缶チューハイを置く。自分の分のプルタブをかしゅっと開けて、「そりゃあ」と口にする。
「浮気ばっかりしてきたからやろ」
 無糖レモン味の炭酸で喉を焼かれ、その余韻にフゥーと息を吐きながら蘆笙がそう続ける。突っ伏した簓の肩がビクッと震える。
「い、今はもうしてへんよ……」
「してきたやろ。信頼を取り返すのは一番難しいんやで」
 ああああ〜〜〜〜と地を這うような声を出しながら簓が床の上を転転とする。蘆笙はその様子を無言で見下ろしながらつまみのチータラを口に運ぶ。
「お前が今住んどるマンションにだって、これまで何回女連れ込んだか」
「その度にお前のパンチどんどん痛くなってってな、拳のキレが上達しとんのやなーつって」
「もっかい殴ったろか」
「ごめんなさい。いや反省はしとるんや……ほんまに……」
 ハァ、と蘆笙が深い溜息をつく。
「これは言うか悩んだけど……散々傷つけといて、お前が一人で勝手にスッキリして、なにさっさと結婚する気になっとんねん」
 言葉の区切りごとに簓の関節が歪な方向へ歪んでいった。しまいにはズズ、と鼻をすする音が聞こえてきて、蘆笙はまたため息をつく。
「やから……俺はもう誠実な男に変わったってこと、どうやったら分かってもらえるんやろうって……」
 ピ、と口からチータラを垂らしたまま蘆笙はテレビの電源をつける。今そこの床でナマコみたくなっている男が司会をしているクイズ番組が丁度映る。完璧な間と完璧なトーク配分をしている男はどう見てもお笑い芸人の誰もが羨望を向けるにふさわしく、目の前で床でしくしく泣く男とは全く輪郭が重ならない。
「このままプロポーズしまくって、振られまくって、ボロボロになるしかないやろ」
「やからもう52回振られとるんやって……もうボロボロやって……」
「空却くんはもっとしんどかったんやぞ」
「うう……」
 ずびずび、と泣く男が顔を上げて、しくしく涙で頬を濡らしながらプルタブを開けようとする。が、爪がかしかし引っかかるばかりで「あかへ〜〜ん」と更に泣きだしてしまった。
「ほら貸せ」
 簓の代わりに開けてやったチューハイの缶を差し出す。
「まあ、振られた日の酒くらいは付き合ったるわ」
「ろしょ〜〜〜〜!!」