summer vacation!!!


 かくして半身を取り戻したダンテは、血まみれになって事務所の床に落ちている。心臓は動いている。だが、持ち上がった瞼は、冷めた蝋のように固まって動かない。にぢゅ、にぢゅ、と白い皮膚が蠢いて全身の傷がふさがっていく。

 ダンテの自堕落は、実兄と共に一層加速していた。もう底まで届きそうだった。あとは朽ちるだけだった。
 ようやく一つ下の屋根に集まった半魔の双子は、セックスと暴力以外でお互いに触れる方法を知らなかった。

 バージルは、少し離れた階段でダンテと同じように目を見開いたまま倒れている。
 先に動いたのはダンテだった。持ち上がったままの瞼がぶるりと震え、左右でそれぞれ別を向いていた視線が揃う。のそり起き上がり、いとけない仕草で左右を見渡す。ハンドガンを視界に捉え、腕を伸ばして手に掴んだ。銃を握ったまま四つん這いで床を這い、階段にダンテはたどり着くと、動かないバージルへ馬乗りになる。己と同じ形の額に銃口を押し付ける。
 ハンドガンを構えるダンテの顔は冴えていた。瞳孔は絞りに絞られ、縦の線になっている。その線で兄を見ている。表情を乗せてもすぐに滑り落ちそうな、ただただ無表情だ。
 トリガーにかかった指がグッと力んだ瞬間、カサッ、と紙の重なる音がダンテの耳に入る。
 のろのろとダンテが顔を上げる。扉の隙間から滑らされた茶封筒が、床の上に落ちている。既に四隅が血に汚れてしまっている。
 動かないバージルと茶封筒を、ダンテは交互に見た。しばし視線をバージルにとどめた後、跨っていたバージルから離れる。二本足をついて茶封筒が落ちている場所まで歩いて行き、しゃがんでそれを拾い上げた。差出人と宛名に不自然なところはない。
 やおらバージルの指が動く。
 茶封筒に顔を向けたままのダンテが、バージルの眉間を撃ち抜く。
 封筒の中身は、
「ヴァカンス?」 




――Summer vacation!!!――



1日目 12:52

 一定のリズムで押し寄せる波の音に、ビーチチェアに寝転ぶバージルがめくるページの音が交っている。
 水平線の端はない。ぐるりと彼らの周りで円を結んでいる。
 砂浜から空を仰げば、シンプルな光景が望めた。空の青、海の水色、そして砂浜の白。この三色のみだ。この三色のみで一面を埋めることは容易でない。世俗と隔ったそこは、“楽園”の名前がついている。
 自然物以外の音の一切が無い。早くいけとも遅くいけとも請われず、時間はただあるままに流れていく。その茫洋と静寂さは、神秘を孕んでいる。ここはまさしく楽園なのだ。
 しかし、イチゴ柄の浮き輪で仰向けの男が、ぷかぷか、と海を流れていく。

 潮がいくままに波間を揺蕩った後、ダンテは潜水を試みた。それは想定以上にダンテを楽しませた。息を止める必要がない、というのも大きかった。
 前触れなくダンテは水面に頭を出す。浅瀬へ向かって歩いていきながら、頭を振って海水を払う。肩と首を交互に回す表情は気だるげだが、彼は満足していた。日に焼ける気配がまるで無い白い肌の上を水滴が滑り、指先からとめどなく落ちていく。
 ダンテが肩に背負っていたタコは、砂浜でくつろぐ兄を彼が見つけた隙に逃げてしまった。たっぷり吸盤がついたタコ足を掴んで離さなかったダンテの指が突然に緩み、これ幸いとタコは身を転がすようにして海へ這っていった。それをダンテは一瞥もしない。どちらかといえば、潜水に夢中になっている隙に彼方へ流れていってしまった浮き輪のほうが惜しかった。
 足跡を残しながら乾いた砂浜を進み、ダンテはバージルの傍で足を止める。トルコカラーのパラソルの陰で読書に勤しむ男は、傍にきたダンテに少しの注意も払わない。意図的な無視だろうが、それにしても自然すぎて、気付いていないのではとすら思う。
 一応、バージルは、ハーフスパッツ型の黒い水着を身に着けているが、本人には一切水気がないしその気もない。
 一方で、ぼたぼた水滴を垂らしながら、ダンテはジッとバージルを見下ろしている。
 バージルは、片手にグラスを持っていた。
 ハイビスカスとパイナップルが飾られまくった、リゾート感満載で浮かれ切ったグラス。
 ダンテはただジッとバージルを見ている。

 バージルの隣へ、ダンテが潮の匂いがする身体を割り込ませる。濡れた身体でバージルの乾いた身体を遠慮なく押す。だがバージルは無視を貫く。
 ダンテが首を伸ばし、ハートのストローを濡れた唇ではさむ。銀髪の先からしたたる海水が、ビーチチェアのデニム生地へぽたぽたとシミを作る。
 鼻の奥にツンとくる濃い潮の香りをダンテの肌は纏っている。バージルの涼しい鼻梁が香りを拾って、すんすん、と僅かに数回だけ動いた。それだけだ。
 ハートストローを一気に吸い上げながら、ダンテは兄の横顔を間近から観察する。
 血と肉を分け合った唯一の半身。どうやら同じ顔をしているらしいが、よく知らない。
 ズゾゾとストローから音がする。グラスの中身が空になった。ダンテはストローから口を離す。海水の代わりにジュースで濡れて甘くなった唇を、自分の指先でとんとんとつついて示す。

「ジンジャーエールより吸うモンあるぜ」
「無い」
 


***



1日目 19:24

「バージル!」
「バージル?」
「バ〜ジル〜」
「オニイチャン?」
「バーーーー、ジル!」
「濡れたまま入ってくるな」



***



2日目 13:20

 リビングの壁は、内の一面が丸々ガラスになっていて、妥協無い海の眺望を囲っている。左下から中央にかけて太いヒビが走っている。初日、二人が争った際にできた。
 家具は、豪奢でなくシックで洗練され、抜かりなく統一されている。窓際に置かれたシェルフが上半分を無くしたまま立っている。やはり、初日に闇魔刀が掠った。
 シーリングファンの低い音に、扉を開くキィという音が混じる。続いて重めの足音。そして、二階の手すりからダンテが顔を出す。大きく欠伸をして手すりに顎を乗せる。視線はガラスに向いているが、海を見ているのでは無い。右手では腰をさすっている。
 寝室は一階と二階を合わせて四つある。それぞれ全く別の趣向を凝らした一流のインテリアが個別にセッティングされているが、円形のキングサイズベッドが置いてある寝室を、二人は初日に二階で見つけた。それからは、もっぱらそこのシーツばかりを毎晩乱している。
 まだ目蓋が重たそうな目をしたダンテが、無人のリビングを見下ろす。ぽりぽりと寝ぐせが跳ねる頭をかく。そのまま長い指は顔に滑り、目、耳の裏――最後に首筋の噛み跡へ辿り着いたが、重い頭で二度寝を思案するダンテは無自覚だ。
 大型ガラスからは、まだサンサンとした日光が射している。
 先に起床していたらしいバージルは、まだベッドで読書をしていた。
 ダンテは今すぐにでも泳ぎに行きたい気分だったが、昨夜の意地っ張りが祟って少し動くだけで腰が悲鳴を上げる。

 昨夜のダンテはノリにノっていたワケだ。
 半魔の凶暴なリビドーは、お互いの手で満たし満たされていた。ダンテは勢いのまま体を起こしてバージルを押し倒し、フィニッシュに向けてもみくちゃだったセックスに一旦ブレーキをかけるようにねっとりと兄の首筋を舐め上げ、その反動による激しい律動を予感させた後「アンタは動くなよ……♡」と耳元へ囁いてやったのだ。それはもうスモーキンにセクシーにスウィートに。
 にも関わらず、“クソ兄貴”は平然とした顔をして頭の後ろで腕を組んだ。ノリノリのダンテに合わせて、放置方面の加虐プレイに自らもギアを切り替えた訳では無い。
 「ああ、ホント? 助かるわー」兄の顔にはたしかにそう書いてあった。
 甘い空気に蕩けそうだった輪郭をすっかり引きつらせ、ダンテはこめかみに青筋を浮かべた。
 それからのダンテは意地である。絶対にその「やれやれくたびれた」顔を歪ませてやる、と徹底的に搾り取る気合で挑んだ。

 結果を先に述べると、そもそも受け身には分が悪い勝負だった。あとバージルは“持ち”の良い絶倫だった。
 激しい上下運動を繰り返したダンテの下半身は、性的なものプラス肉体的な疲労によって随分前にかくりと膝を折った。
 すっかり空にされた精巣は、身勝手にも雄の機能を放棄し、代わりに後ろの快楽神経を全力で逆立たせていた。それにより、バージルのペニスが腸内に居座るだけで自動的に押し込まれる程度の刺激にも、ダンテの太腿は細かな痙攣の波を繰り返していた。何とかしてひき抜こうと必死に膝へ力を入れるも、常より過敏にされた性器及びその周辺に反し、下半身はまるで鉛になったように感覚を失っていた。むしろ、下手に力を入れて腸内を益々締め上げてしまう。勝手に逃げをうつ下半身が無様にバタつく。そんな絶え間ない刺激に反応し、健気にも中身を吐き出そうと萎えた陰茎がぴくぴくと跳ねる。その些細な刺激でさえ追い打ちと化してダンテを追い詰める。完璧な悪循環だ。
 バージルの厚い胸に頬をつけて倒れ込むダンテは、犬のように舌を垂らしてヘッヘッと息を切らしていた。
 ふいに、その視界の端で兄が手を持ち上げるのが見えた。力なく四肢を投げ出したダンテに、それは後光さえ幻覚する救いに映った。しかし、バージルの手はもう動けない弟の尻たぶにバチンとモミジを作ると、「緩い」と一言吐き捨てた。その刺激によるドライオーガズムが昨晩最後の記憶だ。


 回想を済ませたダンテが舌打ちする。それは広い空間へ反響寸前まで響き、特に下へ落ちる手ごたえがあった。無意識に目線が下を追う。
 そして、バージルお気に入りの読書席がちょうど真下にあることに気が付いたのだ。紺色のバタフライソファー。
 途端、読書する兄の頭頂部が透けて見える。
 ダンテは手すりから身を乗り出す。その程度の動きにも悲鳴を上げる腰が忌々しい。
 階下のバージルに向かって上身を伸ばす。あと少し、もう少しなのだ。
 ついに我慢できなくなって、つま先が床を蹴った。
 
 快晴の十三時二十四分。弟が落ちた音は二階まで響いたが、バージルはページをめくった。




***



3日目 9:58

 人工的な手を存分に介入し“楽園”の再現を目指した孤島の海辺には、一戸のみコテージが建っている。内装外観共に白を基調とした、片流れ屋根の近代的なデザインだ。遠目でもまだ建てられて間もないことが分かる。
 バージルは二階のベランダにいた。真上から降り注ぐ陽は屋根に遮られ、ウッドパネルが敷かれたベランダを斜めに射している。悪魔に相対する顔と同じソレで文庫本の文字を追う男が、ほんの僅かに背を沈ませる。腰かけるハンギングチェアの鎖がギィと軋む。

 頬杖をつきながら、その様子を眺める男がいる。 
 背もたれが無残にひしゃげた紺色のバラフライソファーの前に置かれた、二本脚のガラステーブル。上半身裸のダンテが、その上でうつ伏せになっている。

 膝から下が、猫が尾を揺らすように揺れている。ゆら、ゆら、と揺れるま白い足首同士が、時折、うっかりぶつかったように交差して止まる。やがて、また、ゆら、ゆら、と揺蕩いを再開する。
 ジーーーッ、とバージルに視線を注ぐダンテが、パチパチッ、とわざとらしく瞬く。バージルの横顔はハンキングチェアのカゴに阻まれ、ダンテからはぼんやりと肌色しか確認できない。一定の間隔で本のページをめくる音が、そのぼんやりとした人影から出ている。気配の無い男が確かにそこにいる。
 ダンテは頬杖にしていた右肘を外した。そして両の十指を組んで顎置きにすると、後ろで立てていた膝も下ろした。

 足首まである黒のラテックスパンツを履いた両脚が、じわじわと開いていく。開くところまで開ききる。ダンテの両脚が胴体に対し垂直に線を結ぶ。
 そのまま腰をテーブルから持ち上げるなどもダンテはしてみた。そのたびにラテックスパンツの表面が軋んだ。
 ひんやりしたガラステーブルにぴとりとつけた上半身だけは動かさないまま、ダンテは下半身の柔軟を繰り返した。

 どれだけか経った頃、バージルが最後のページをめくり、本を閉じた。それを見たダンテが、ここで初めて僅かに目を見開く。そして、バージルが僅かに顎を上げると同時に、弾かれたようにテーブルから顎を上げた。
 テーブルの上で開脚する弟を横目で見て、バージルは顎をしゃくった。

「脱げ」
「やった」



***



4日目 12:02
 紺色のバラフライソファーが無惨にその生涯を終えたのに続き、ベランダのハンギングチェアもついさっき己の家具人生に幕を下ろした。大変元気な半魔二人がベッドに移動する手間を惜しんだ為、カゴを吊る鎖が酷使された果てにぶち切れてしまったのだ。
 しかし、鎖がたてる不快な金属音が徐々に大きくなっていくのを聞いていた二人は、必死に快楽を貪る隅で「やばい予感」をそれとなく察知していた。だが、その上で中断の判断を取れぬほど、ハンキングチェアの上で行うセックスの刺激に夢中になっていた。ピストン運動の衝撃に対してもたらすチェアの反動は、ベッドのスプリングが返すそれよりも余韻が長く不規則だった。チェアの揺れに追いつこうとする二人の腰の動きは、絶頂に近づくほど益々早く単純になり、揺れとの乖離が加速していった。それは、ほんの少しでも冷静になれば自覚し訂正しえる単純な悪循環だが、二人はそうと気付いた上で溺れていた。結合部の摩擦が相互に与える快楽は常よりもどかしかった。故に必死になる。腰も早いし息も荒い。己も同じ体たらくだと分かっておりつつ、汗を滲ませて貪る目の前の片割れに二人共息が上がる。
 そんな半魔たちのワガママに巻き込まれた結果、ハンギングチェアの鎖は無残にひき千切れたのだ。当然、当の二人も強い衝撃に見舞われたが、まるで一切動じることなく、床に転がるカゴの上で事は継続された。
しかし、興奮をもたらしていた例の跳ねが無くなった以上、やり辛い場所でのセックスは否応なく熱を冷ましていく。“区切り”がついたタイミングで、示し合わせたように二人は同時に立ち上がり、無用となったハンギングチェアをベランダから蹴り落とした。そして、チェアを蹴り落とす直前で掠め取ったクッションをウッドパネルの上に敷き、これまた息ぴったりに行為を再開させた。
 
 それが前日の話だ。
 ここに来た始めはリビングが読書の場だったバージルは、バタフライソファーを駄目にされたことでその場所をベランダに移していた。バージルの新たな読書席は天蓋ベッドがある一階の寝室になるだろう、とダンテは目星をつけていた。しかし、予想と反し、バージルは元々リビングにあった椅子をベランダに持ち込んだ。
 ダンテが自らの表情筋を統制し切れずに頬を緩ますタイミングは、複数ある。その一つが、兄の人間臭い嗜好に触れた時だ。
「そこ好き?」
「ああ」



***



4日目 14:23

「バーーーージル」
「なんだ」
「下の毛剃ろうぜ」
「何故だ」
「そういうのが見たいんだよ。で?」
「迅速に済ませろ」



***



4日目 20:35

「しまいだ」
「あ?」
 後ろ手で兄のペニスからコンドームを外しながら、ダンテが片眉を持ち上げる。言葉の意味が分からない。
 端的で意味不明な言葉を理解するより、もう一ラウンドの魅力が勝った。中身が入ったコンドームを口を縛らず放り投げる。ベチャと濡れた音がした方を見もせず、シーツの上で無造作に転がっているコンドームの箱を手に取る。しかし、中を探る指がいつまで経っても何にも触れない。往生際悪く逆さまにして振る。無論何も落ちてこない。
 ダンテの唇が「あ」の形に開き、言葉を迷うように固まる。
「……あー」
 やがてそのままの音を出した。
 肩を竦めて呆れるようなジェスチャーをダンテがとる。その指先からコンドームの箱が滑り落ち、シーツでバウンドして床に落ちる。乾いた音がした。
「ナマだって。やったな」
「おりろ」
 ダンテが舌打ちをする。恨めがしく己の下にある男を睨みつける。それを全く意に介さず、腹に弟を乗せたままバージルは涼しい顔で髪をかき上げる。だが、バージルのその所作は、決して余裕から生まれたものではない。体に染み付いた癖を無意識に行ってしまうほど、努めて己を宥めようとしているのだ。ダンテもそれに気付いていた。事実、バージルのペニスはダンテの尻に当たる程度に芯が残っている。
 コンドームの隔たり無しでダンテを抱こうとしないのはバージルの意地だ。気まぐれでもある。ただ頑固であることは間違いないので、一旦こうなると気絶させる以外にセックスを続行できた試しが無い。ただその手段にはこちらが気絶するリスクもある。ダンテは激しく苛立った。プライドの問題だ。ただでさえワケの分からない半身の、ワケの分からない拘りに振り回されている。半魔同士の性交における避妊具など、中出しを昇華させる為の前座に過ぎない筈なのに。

 言葉を発するわけでもなく、ただお互いの胸辺りを睨む時間がしばらく流れた。荒い息づかいしか聞こえない。静かだが圧迫感のある空気だ。
 その無為な時間の端を勢いよく切り落とすように、唐突にダンテが腰を上げた。大股でベッドから下り、足を踏み鳴らして開けっ放しのクローゼットに向かう。ストックがある筈だ。怠惰の悪魔が自ら足を運ぶほど、性欲を満たすセックスに飢えていた。
 全裸のままでダンテがクローゼットをめちゃくちゃにかき回す。
 一向に目当てのものが見つからない。音の鳴らなくなったジュークボックスを勢い任せに殴りつける男にしては持ったほうだと言える。ダンテが今まさにクローゼットを両断しようとしたその時、視界の端でけばけばしいボックスを捉えた。


 慌ただしくクローゼットを漁る弟の背中を、腕を組んでベッドから眺めていたバージルは、その変化に気が付いた。怒りに任せていたダンテの動きが一瞬止まり、明らかに目的を伴う動きを始めたのだ。
 かつて至高の悪魔を目指した男の直感が不穏な予感を察知する。目を剣呑に細め、ついさっきまで自分に跨り腰を振っていた弟の動向に目を光らせる。
 戻ってきたダンテは、コンドームでは無く、両腕にボックスを抱えていた。四面に真っ赤なフェイクファーが張られたそれは、物珍しい派手なビジュアルをしている。だが、警戒状態に入ったバージルの注意は、あくまで弟から逸れない。
 俯き気味でベッドに戻ってくるダンテの足取りはひどくおぼつかない。フラ、フラ、とまるでアルコールに酔った千鳥足だ。案の定、ベッドに辿り着く直前で派手に躓く。ボックスがダンテの手から離れて宙に浮く。バージルの首も、弧を描くボックスの動きを追って緩やかに上向いた。

 ボスッ。恐らく弟がシーツに沈んだのであろう音がバージルの耳に届く。『恐らく』、というのは、バージルの視界がなにかに覆われてしまって、確認ができなかったからだ。
 視界を覆われたままで肘をついて上体を起こす。手首から吊るように手を持ち上げて、顔にかかるそのなにかを摘み上げる。目を凝らすために眉を寄せる。
 赤いブラジャー。
「バージル!」
 顔の前でブラジャーを摘まみ上げたまま、右から左へ首を回す。
 体液が散る白いシーツ、そしてバージルの裸体にまで、派手なランジェリーが無数に落ちている。首を回す途中で、蓋が開いた真っ赤なボックスが床に転がっているのを捉えた。
 バージルが首を傾げる。髪をかき上げるのと同じ、彼の無意識な癖だ。
「お前ッ……! なんだよソレ……!」
 唸るようにダンテがそう零す。激情に駆られたように声は震えている。転んだ際の四つん這いのまま、苦々し気にシーツを握りしめてさえもみせる。
 バージルはそんなダンテの態度をさして気に留めず、ランジェリーの上にあどけない視線をひらすら往復させていた。理解が状況に追いつかない上、さしてその必要性も感じない。ただ、ダンテがぶつぶつと何かを言っている、ということをバージルはのんびり認識する。
「クソッ! なあっ!」
 苛立ったように吐き重ねたダンテが勢いよく顔を上げる。ギリギリと歯を食いしばり、頬は火照っている。懊悩するような深い皺を眉間に刻んではいるが、口角は喜悦が滲んで僅かに持ち上がっている。相反する二つの感情が顔の上で喧嘩しているような表情だ。弟のそんな表情を、バージルはやはりボーッと眺めていた。
 ダンテがハッと息を吐く。
「ははッ」
 唐突にダンテがバージルの肩を突き飛ばした。
 バージルがシーツに沈んだ衝撃で、何枚かのランジェリーがベッドの上でバウンドする。それらが沈む前に、ダンテはバージルの腹に素早い動きで跨る。
 想定外に自由を封じられ、バージルはほんの一瞬唖然とした。しかしすぐに我を取り戻すと、いつもの調子で弟を睨みつけた。いつもの「言わねば分からんのか」といったあの調子だ。熱に浮いていた思考が急激に冷めていく。しかし遅かった。バージルを見下ろすダンテは恍惚としていた。
「ああヤベぇ、興奮する……」
 ダンテはバージルと視線を合わせたまま、シーツに広がるランジェリーから、無造作に一枚のショーツを左手に掴んだ。布地のほとんどがフリルでグリーンのそれは軽い。
 バージルの拘束が解けないようにしっかりと下半身に体重を込めたまま、体の左側だけ反らすように振り向く。そして、とっくに萎えたバージルのペニスをショーツで包んで握る。手始めといった腹持ちで、まずは単純な上下運動で扱いた。
「ぐッ、」
 思わずバージルが喘いだ。終息に向かっていっていた性感を無理矢理扱かれたというのもあるが、非常に認めがたいが単純に刺激へのそれでもある。繊細なデザインのレースがもたらすザラザラ、興奮して熱を持つダンテの素肌。それらが複雑に混じり合い、往復の度に刺激の比率をランダムに変えながらバージルを襲った。
 ダンテの息が荒くなる。アダルティよりもいとけない幼気を推したデザインのショーツが、兄の勃起した性器に絡みつく絵に、頭痛を覚えるほど興奮していた。息が早くなりすぎてダンテの口端から涎が垂れた。堪らず腰を前後に振り、跨ったバージルの腹筋に性器を擦りつけて快感を消費する。
 上下に扱く動きを一旦緩め、握る片手でクロッチ部分を亀頭に被せる。淡いショーツの水色が赤紫に腫れた丸みをぴったり包んで、中央にツンと黒い鈴口がある。ダンテは親指と中指でクロッチの両側を引っ張りピンと張らせてから、円を描くように人差し指で先端を撫でた。次第に人差し指の腹がぬるぬるしてくる。軽く指を持ち上げると、ショーツと指の間で透明な糸を引いたのに我慢できず、また手のひらを使って扱くハンドジョブを再開する。
「ちがう、見たいワケじゃない、でもエロい、俺のアニキエロすぎっ」
 頭痛のあまりにダンテが顔を歪める。痛む頭の中では、バージルが女を抱く姿が荒い画質で刷られている。肉付きのいい女だ。それが、バージルの分厚く硬い男の体に押し潰され、激しく喘ぎながら翻弄されている。女の顔は鮮明では無い。映像のフォーカスは、女を抱くバージルの顔と、激しく振り立てられる逞しい腰にばかり注目している。
 ショーツと絡み合ってぐちゃぐちゃの鈴口から粘液が溢れると、ぷくりと膨らんで垂れるより先にショーツで拭う。徐々にシミの部分がまだらに増えていく。ダンテは手を止めると、再びクロッチの部分を亀頭に被せた。一気にカウパーを吸った布が、中心からじわりと大きくシミを広げる。
「アンタ相手なら、どんな女もすぐトぶだろうなッ……縋られたらどうする? なあバージル、お前ッ――ングっ!?」
 ダンテが大きく目を見開く。口内が急速に乾く不快感。唐突に口を塞がれ、言葉ごと呼吸を奪われたのだ。

 バージルは、指に届いた適当なショーツをダンテの口に突っ込んでいた。目を白黒させているダンテの拘束から逃れるのは容易い。バージルの肩を押さえつけていた腕を腕で払い飛ばし、腹筋に力を入れて体を起こす。ダンテの後頭部を一度拳で殴りつけてから、肩甲骨の辺りをグッと手で押してダンテの体をシーツに押し付けた。
 体を押さえつけられたダンテが激しく四肢をバタつかせる。対して、深く長く息を吐きながら髪をかき上げるバージルは鷹揚であった。だがその全身からは、怒気が混じった湯気がもんもんと立っている。散々勝手な妄想の種にされたバージルは、太い青筋をこめかみに浮かばせていた。不自然なほどにゆったりとした仕草は、いわば猛攻の前の一息であった。
「ンーー!!」
 背後で兄がブチキレていることなどつゆ知らないダンテは、可能な範囲でめい一杯暴れ、塞がれた喉で叫んだ。全て無視し、バージルは腰を持ち上げる。上に角度をつけるペニスに引っかかっているショーツを乱暴に外して後ろ手に放り投げる。ペニスを片手で支え、口を開くアナルに先端を押し付ける。興奮の所為か、ヒクヒクと息継ぎするように収縮を繰り返していた。それが精一杯開いた拍子に、ぐいっと腰を前に押し出す。
「ングーーッ!? ン、――っ、――ッ!」
 口枷のショーツを外そうと口に向かっていたダンテの腕が、辿り着く前にカクリとシーツに肘をつく。強引に押し広げられる衝撃を受け止め切る前に、バージルの腰が尻に当たっていた。
 まさかダンテを顧みる筈もなく、バージルが律動を始める。快楽でなく、衝撃を与えるつもりで腰を動かしていた。
 内壁を削ぎ落される、とダンテが危惧する。それほど強いピストンだ。口を塞がれているせいで、衝撃を喘ぎ声として逃がせられない。代わりに目を見出す。声を出せないダンテは目を見開いてぼろぼろと泣いていた。
 前後させる腰は止めないまま、やや前のめりになったバージルは、ダンテを挟むようにシーツに手をつく。次に立ち上がる。中腰の姿勢となり、更に強い勢いをくわえて上から全体重を叩き付ける。かろうじて膝が着く、というくらいにまで腰を無理矢理に持ち上げられ、息がままならぬダンテの鼻息はフウフウと音がつく。バージルの腰で尻を、性器で腸壁を、ま上から殴りつけていた。なかなか刺さらぬ杭に焦れて何度も鉄槌を打ち下ろす動きに似ていた。
 しかし、ダンテはまだ完全に快楽に呑まれていなかった。ショーツを引き抜くことを諦めない腕が何度も持ち上がり、同じ数だけシーツに落ちた。
 叩き付けられた数が増すほど、つまり絶頂に近づけば近づくほど、色素の薄い瞳孔がぐるんと上に向かっていく。涙に伴って次第に鼻の奥から鼻水が滲み、いよいよ本格的な呼吸困難に陥った。酸素不足は思考を奪い、ダンテの抵抗する気力を削いでいく。
「グッ、ん、ングッ」
 肌が叩き付けられる度に塞がれた喉が勝手に呻く。絶頂に向けて加速するバージルの動きと同調子にダンテの呻き声も加速する。やがて追いつけなくなった。遥かに置いてかれ、代わりに一人めちゃくちゃに叫んでいる頃には、ダンテの視界が真っ白になっていた。
 全身が溶けたように四肢の感覚が無い。しかし指先が何かに触れた。有耶無耶の中で、その感覚を急速に引き絞る。肩を力み、まるで自分のものと思えぬ腕を弾き上げる。
 幾筋もの粘っこい糸を引きながら、ダンテの口からやっとショーツがひきずり出される。皮肉にもそれはダンテが好む赤色だった。本人は認識できていないが。

 ダンテの事情はバージルにとって至極どうでもいい。勝手に戒めを解いたことを咎め、押し潰す勢いで強く腰を押し付けグリグリと押した。結腸の衝撃が体の中央を上に向けて駆け上がり、頭の天辺でコツンとぶつかる音をダンテは確かにきいた。
「お゛、―――っ」
 あれだけ好きに喘ぐのを夢見たダンテの喉は、引き絞るように一つ呻いたきり沈黙した。
 バージルは親指と中指で輪を作り、それでダンテの根元を締めていた。ダンテの精管はわななき、吐き出す行き場を失った睾丸が痛々しい痙攣を繰り返す。自らが内側から四散するイメージをダンテは得た。現実は、水を弾く獣のような身震い一つで終わっていた。
 弟が吐精に失敗した姿を見届け、バージルは溜飲を下げた。引き絞ってくるアナルからペニスを引き抜き、己で扱いて白い尻に射精した。扱く動きは数度で済んだ。意識して背中にまで飛び散らせ、仕上げに根元から先端を一撫でする。フゥ、と息を一つついてから、うつ伏せで起き上がれないままのダンテの隣へ倒れ込んだ。
「あ、ヒッ……」
 余韻に震えるダンテの声はか細い悲鳴に相違なかった。バージルは、腹の下に挟んだブラジャーが邪魔だと眉間に皺を寄せ、ベッドの下に投げ捨てた。寝返りを打って弟に背中を向け、目を閉じる。下がった溜飲と射精の両方によって頭はスッキリしていた。非常に心地よく睡眠に入れる気配がする。
「この、クソ兄貴ッ……!」
 出せなかったろうが! と、なんとか調子を取り戻したダンテが、兄の後頭部へ無茶苦茶にショーツを投げつける。しかし、バージルから寝息がたち始めると馬鹿らしくなったのだろう。何度か震える拳でシーツを殴りつけた後、バージルへの抗議を止めて「ディルドどこいった……」などと呟きながらベッド周りを漁り始めた。
 微睡みの中で弟の喘ぎ声を耳に入れながら、その日バージルは十三時間寝た。
 かくして下着まみれになった寝室は、それを以てセックスの場としての役目を終えた。



***



5日目 13:43

 砂浜にポツンと置いてある黒いシーツが被せられた塊に、ダンテは以前から興味を持っていた。だが、水着になって海を目の前にするといつも忘れてしまっていた。
その日のダンテは、二階のベランダから飛び降りた瞬間にシャチ型の浮き輪を忘れたことを思い出して、若干海遊へのモチベーションが落ちていた。そんな時、視界の端に例の塊が映ったのだ。
 スタスタ、と近づいて、つま先にシーツの端を引っ掛けて蹴り上げた。革製のシーツはベールのような軽さで浮き上がったが、着地した先にあった低い植木を根元からへし折った。
 中から現れたものに、ダンテは思わず困惑の声を出した。
「は?」
 ダブルベッド。


 ベッドからだらりと垂らした指先に偶然触れた貝殻をつまみあげ、隣のバージルの額に置いた。反応がない。
 撫でつけられた前髪に向けてフゥ、と息を吹いてバージルの銀糸を揺らす。やはり反応が無い。
 ダンテはごろりと寝返りをうって、バージルに背中を向ける。

 快晴の浜辺にベッド。絵面は極上で、ダンテとバージルも今まさに堪能している。
 しかし、野晒しのベッドはそう長くもたない。一晩経てば、真っ白のシーツは砂まみれになっているだろう。まあ、そうならない為にあの分厚いカバーなのだが、恐らくはもう二度と使用されない。このベッドが使用されるのは今日限りだ。
 照り付ける日差しを遮るものは無かったが、丁度いい潮風がひどく快適だった。
 隣で読書を続けるバージルの内ももにダンテが手を伸ばす。そして意味ありげに撫で上げるが、その手はパシリと弾かれた。拍子に、バージルの額の貝殻もシーツへ滑り落ちる。
「そこまで倒錯していない」
「ふーん」
 だが、ものは試しだ。ダンテがバージルの耳たぶに甘く噛み付く。バージルはというと、片手で本を支えたまま、ダンテの方を向くように寝返りをうった。
ダンテはつまらなそうにフンと鼻を鳴らして、うつ伏せになる。背を向けて拒絶されるならまだ良かったが、バージルの関心は残らず本に向いているようだ。
 肌を撫でていく風は素直に心地いい、とダンテは思った。青というより水色の海をボーッと眺める。
 孤島の夢。世界で最後の半魔たち。
「そういえば、アンタが泳いでるのまだ見てない」
 独り言のつもりだった。だが、ふと左の気配に違和感を覚えた。
 呼吸の音がする。
 バージルの方に首を向ける。

 閉じた本に挟まれた親指。
 バージルが寝ている。



***



6日目 15:52

 朝日が顔を出す少し前から、空の底を抜いたようなスコールは始まっていた。
 波打ちの音はノイズのような雨音に塗りつぶされている。建物の壁を隔てることで一回り曇った雨音が、家の中を隅から隅まで満たしている。
 誰も見ていないところで、昨日あれだけ優雅に佇んでいたベッドも泥にまみれていく。
 消灯している部屋は薄暗い。淡いのではなく、指に絡みそうな灰色だ。
 ダクトレールに吊られた円筒のペンダントライトを点けて、臨時の読書席であるリビングのリクライニングソファーにバージルが腰掛ける。腰を沈めた時、背もたれの勾配が足りないと感じたが、すぐに気にならなくなった。
 オレンジの灯りを顔に浴びるバージルより少し離れた窓際に、以前ダンテが寝そべっていたガラステーブルがある。同じガラス製の飾り棚がその隣に据え付けてある。
 ワインが収められたガラス面に、バニー衣装のダンテがぼんやりと映っている。
「似合うもんだな」
 ガラステーブルに腰掛けたままで、ダンテは勿体ぶるように網タイツを身に着けた脚を組みかえる。
 と、その頬に幻影剣が掠める。
「危ねェ」
「低俗」
 瞬時に首を引いたおかげで掠り傷だったが、ともすれば今日一日をダンテは首無し死体で過ごすところだった。
ダンテがテーブルから下りる。既に頬の赤い線は消えていた。その唇には赤いルージュがひいてあった。
 足首より下は裸足だった。クローゼットにはセットの黒のハイヒールも置いてあったのだが、ダンテはその色が気に入らなかった。赤なら履いてもよかった。

 ダンテがバージルの膝に跨る。左手を腰、右手を頭の後ろについて胸を反らし、いかにも得意気に赤く塗られた唇を尖らせる。オレンジのペンダントライトがダンテを照らす。
「ほら、触り放題だ。何からしたい?」
「間に合っている。降りろ」
「緊張してる?」
 初めてか? そう唇の端を持ち上げながらダンテは身を屈め、バージルの股間に手を伸ばした。指先で形を確かめるようにツツ、となぞる。そして、そこが何の反応も示していないことが分かると、信じられないといった風に目を見開いて手のひらでわし掴む。
「は? ほんとに勃ってねぇ!」
「降りろ。それか死ね」
「有り得ない……」
 バージルの言葉などまるでダンテの耳に入らない。首を傾げたままのダンテがバージルのジッパーを下ろした瞬間、容赦ない頭突きがダンテを襲った。後転するように後ろへ転げ落ちた拍子に、うさ耳カチューシャがカツンカツンと音を立てて床に転げる。
「ってぇな!」
 また一つ幻影剣がダンテの頭に目掛けて飛び出す。掴み上げたうさ耳カチューシャでそれを弾いたダンテは、ぶつぶつと文句を漏らしながらボディスーツに手をかけた。
「チッ、苦労して着たのに……」
 黒いスーツから脚を抜き、足首に引っかかったそれを、当てつけるように脚を高く振り上げて遠くへ飛ばす。最高にぶっ飛んだ刺激的なセックスを期待していただけに、落胆と苛立ちは大きい。
 蝶ネクタイのついたつけ襟、カフス、そして下半身に網タイツだけの恰好となったダンテが、タイツにも手をかける。

 ふと動きを止めた。
 
 ダンテが視線だけを動かして、依然微動だにせず読書を続けるバージルを見上げる。バージルがダンテの不審な変化を気にとめる様子はなく、また指でページをめくる。雨音の中で紙が擦れる音がやたら大きく響く。
 手に持っていたカチューシャを頭にのせる。そして、体を前に傾け、倒れる前に腕をついて四つん這いになる。そのまま膝と手で床を這う。
 バージルの足元で止まり、その膝に顎を乗せる。
「……"Master"……」
 伺い縋る声色。
 バージルの視線が本から逸れる。
 ダンテが、目を細める。
「失礼しても?」
 ほんの僅かにダンテが身を乗り出し、開いたままのジッパーに鼻先を近づける。無言でその様を見下ろすバージルは、本を手に持ったまま頬杖をつく。高慢極まる了承のサインだ。ダンテは一呼吸置いてから前立てに噛みつき、歯と舌をもってバージルの前を緩める。
 さてこれから慣れないことをする。兄の趣味に寄り添うなど決してらしくないが、プライドが傷つく感覚は無い。楽しい。だが、手探りだ。
 歯で噛んだ下着は既にペニスに引っかかっており、ダンテは思わず眉根を寄せる。軽く頭をもたげ始めている性器に、比較的健気な姿勢だった己が途端に馬鹿らしく思える。(分かりやすいにも程がある)と、察しつつもこれまで知らなかった片割れの性癖に触れて、ダンテはため息さえつきたい気分になる。
 どうにか気を取り直し、竿へリップ音と共にキスを落とす。まだ緩んだ皮膚の上に真っ赤なキスマークがべったりとついた。卑猥な絵だ、と眼球の表面が戦慄く。交合にむけて体がギアを切り替え、くなりと脱力した膝が開く。
 脚置きから降ろされないバージルの脚にダンテは更に乗り上げる。体重をかけすぎないように気を配りながらペニスへキスを繰り返し、キスマークを増やしていく。根元から先端までを真っ赤に染め、それがキスマークかも判別できぬほど重なり合った頃、ダンテの唇にルージュはほとんど残っていなかった。
 やりにくい体勢のまま夢中になったせいで息が荒い。フゥフゥと息をしながら、横から竿を唇で食み、猫が毛繕いするように往復する。そうする一方で、更に体をバージルの脚へ乗り上げる。四つん這いの股間にバージルの膝を挟む形に落ち着いた。安定するし、ぐりぐりと押し付ければ気持ち良くもなれる。
 ペッティングのみで完全に勃起させることを、ダンテは最初に決めていた。手間をかけることが、奉仕精神の示しになると考えたからだ。
ただ、予想通りというか、酷使する舌は酷く痺れる。なんとか舌根を力んで、見せつけるように根元から先端をじっとりと舐め上げたり、逆に小刻みに動かしてカリをくすぐったりを、ひたすら繰り返す。だが、そうする中でも、ペニスが一際ぴくりと大きく跳ねる個所――つまり、バージルの弱点が裏筋であることに気付いてから、気は楽だったといえる。発見した際に思わず漏れそうになった悪どい笑みを抑え、真摯で必死な表情を保ったまま舌を動かした。
裏を中心に、舐める、吸い付く、を繰り返し、マンネリしたかと察知すると先端をちゅうと吸い上げる。また顔を傾げて裏筋をなぞる、の繰り返し。
 やがて脈打つ血管を浮き出したそれに、達成感を覚える。伸ばし続けた首の休憩も兼ねて、陰毛へ鼻が埋まるように恥骨に顔を横たえた。銀色の茂みの中で深く深呼吸する。わだかまっていた雄臭いそれが鼻腔を満たし、脳まで犯す。思わず緩みそうになった表情筋を、歯を噛むことで無理矢理こわばらせる。耐えるような顔でダンテは兄の陰毛を吸っていた。
 充分頭が霞んだ頃、体を起こすどさくさに紛れチラとバージルを見上げる。先ほどダンテに頭突きした時と変わらない、眉間に皺を寄せた無表情と目が合う。
(バッキバキにしてる癖に、)
 従者に扮して奉仕に徹底すると決めたのは自分だが、ここまで露骨に興奮していながら、尚優位な立場を崩そうとしない相手の姿勢には、少しムッとした。腹いせに、目を合わせたままダンテがカリ裏に吸い付く。じゅう、と音がなるまで吸いつくと、眉間の皺を少し深くして「うッ」と低い呻きをバージルが漏らす。
この程度で胸が空くのは、やはり徹する役柄のせいだろうか。
 などと考えながら、ようやっと唇の輪に太い竿を迎え入れる。ペッティングより負担のかかる運動に備えて、崩れかけていた姿勢を改めて持ち直す。バージルの体の両脇についた腕を強張らせ、真空状態にさせた口で数度根元からカリを往復する。
 そして、再び先端を喉奥まで迎え入れた瞬間、ダンテの首の後ろに強い衝撃が走った。
「ン、ぐ!?」
 ただでさえ口腔に意識を集中させていたダンテは反応が遅れる。頭をこれ以上動かせない、と理解した時には、口を占めるペニスで呼吸が苦しくなっていた。
 バージルは片脚でダンテの首を拘束したのだ。まるで格闘技の関節技のようにダンテの首を絞めている。
「ンっ! ンーーッ!」
 上目でバージルを睨みつけ、ダンテは床を殴って抗議の意を示す。その姿を目にしたバージルがまた眉を顰め、一際強く脚へ力を込める。
「ン゛ンン!」
「暴れるな。悦べ」
 益々ダンテの首が絞めつけられる。ダンテ自らが育てたカリでグリッと喉の内側をえぐられ、思わず自由な両手で思いっきり床を引っかいて爪痕を残す。
「ンゴッ、グぅ」
 呻くダンテを見下ろしながら、バージルが首を傾げる。
「やめるか?」
――噛み千切ってやろうか。
 ダンテはこめかみに血管が浮くのを感じた。だが、自ら被った役柄を、中途半端に途中で放り出すのは格好がつかない。
 可能な範囲で頭を揺らしてバージルに促す。それも抵抗にとれないことも無かったが、なんとかバージルはダンテ真意を察したらしい。緩慢に脚を解く。
 下品な音が立つほどに唇で強く吸い付きながらダンテが頭を引く。唇から引き抜く瞬間、密着していた為にちゅぽんと間抜けな音を立てた。
そして、視線をバージルに合わせたまま唇をOの字に開く。視線を左右させ、やや逡巡するような姿を見せた後、
「“つかってください”」
 あえて唾液を唇から一筋零しながら、"Master"と付け足す。
 先ほどと逆の方へバージルが首を傾げる。
「……」
 首を傾げたまま、頭の後ろの髪を両手が掴む。陰毛に鼻を埋めさせるように頭を押し付ける。唇を通り、喉の肉にペニスの先端がぶつかって止まる。
 思わず眉間が寄りそうになるのを、キツく瞼を伏せることでダンテは誤魔化す。喉奥に押し付けたままバージルはソファから立ち上がると、間を置かず腰を振って口腔内の肉にペニスを擦り付ける。
 腰が砕けたように床に尻をついているせいで、ダンテの首は見上げる角度を強いられていた。そのせいで、呼吸がみっともなく荒い。見方によっては、口を使われて悦んでいるようにも見える。

 頭上でバージルが息を詰める。一瞬遅れて頭の後ろを強く押され、そこにある意図を察して高い鼻先を自ら更に陰毛に埋めに行く。目を開いて喉を液体で叩かれる衝撃に構えたが、やはりいざ射精されると「ゲッ」と嘔吐する際にえずくような声が出た。うっかり気管に流れないよう肩をいからせ、慎重に胃へ誘導する。喉肉で鈴口が開いたり閉じたりする感触を受ける。射精が止まってもまだ飲ませようと、何度かペニスの先端は往生際悪く開閉を繰り返していた。。

 必要以上にゆっくりとした動きでペニスが口から出て行く。完全に離れた瞬間、ダンテは盛大にえずいた。拳で胸をドンドンと叩き呼吸を促す。空咳を繰り返し、喉に絡まった白濁を振り切る。喉への刺激で大量に分泌された粘度の高い唾液が、幾筋も幾筋も口から垂れた。
 最後に「オエッ!」と床に向かって一際大きくえずく。だが頭は上げず、首を垂れたまま、前に手をついて四つん這いの姿勢で身を乗り出す。
 銀髪に萎えかけた性器が触れた。その感触を頼りに、ダンテが頭を上げる。すぐそこにあった唾液まみれのそれに鼻筋を擦り付け、首は前を向いたままで視線を上に上げる。
 バージルは腕を組んで顎を撫でながらダンテを見下ろしていた。思案しているようなポーズは、正しくそうである。
 ダンテが後ろへ突き出した腰を揺らす。同じようにつけ耳も揺れる。
「“お好きにどうぞ”」
「……」
「あー……“ケツ穴に種付けしてください”」
「面倒臭い」
 ダンテが思わず吹き出す。なかなか“ご主人様”が板についている。
 上目使いをしながら、ちゅ、ちゅ、と忙しなく根元の皮に口付ける。その姿を見下ろすバージルが気だるそうに前髪をかきあげる。
「あと二回出したら中にくれてやってもいい、兎」
 ダンテはペニスに横から吸い付きながら、(搾り取る)と内心で舌なめずりをする。
 自分が上だと思っている兄の足をかけるのがなにより愉悦なのだ。


 部屋はすっかり暗くなっていた。雨の音だけが変わらず響いている。
 いよいよ最後まで指一つ動かさなかった男が、射精する直前で腰を引いた。尻にザーメンがべちゃべちゃとかかる。快楽などより達成感が強い。遅漏と罵ってやりたかったが、後半はたしかに腰つかいがおざなりになっていたことを否めない。
 バージルは、最後まで本当に指先一つとも動かさなかった。ダンテが最初に座れと指示したことも頑なに無視し、手をスウェットのポケットに入れたまま今の今までその姿勢を貫いた。
 騎乗位ができないとなると、仕方なく地面に腰をついた四つん這いのまま腰を振るしかなかった。ダンテは自分のアナルがオナニーホールでもなったように感じた。事実それに近い状態だった。というのも、自らの快楽を優先させると前立腺を狙った細かで小さな動きしかできない。射精させるのに時間がかかってしまう。ダンテは床についた膝に力を込め、バージルのペニスが根元から先端まで腸内で扱けるように大きく腰を振った。結局、その動きはダンテにも前立腺と別の快楽を見出させた。結腸を自らこじ開けさせるために、尻をバージルの腰に押し付け小刻みに腰を振った。
 そうしてようやくバージルが一度射精した頃には、ダンテの腹の下には白濁の水たまりができていた。そこにびしゃりと上身が崩れる。
 へこへこと自らの意志と関係なしに腰を振りながら、ダンテは舌を口からこぼしながら息をする。
「くそ、くそっ、くそ! こン、の遅漏っ、くそアニキ、くそ」
 悪態がついて出る。ダンテからバージルの顔は伺えず、どんな表情をしているかは分からない。
 あと一度射精させるなど到底無理な話だ。歯を食いしばり、勝手に動く腰をダンテはなんとか止めようとした。
「ころす、おまえぜったいころすっ……!」
 ふと、ダンテが目を見開く。
 手を伸ばしたバージルがダンテの頭を撫でている。
 ダンテは益々歯を強く食いしばった。間違えても頬を緩めないように歯の根に力を込める。
 無理だった。へなへなと眉間が緩んで、兄の手のひらに頭を擦り付けるように動く。クぅと甘えるように喉がなる。
 右手でダンテの頭を撫でながら、バージルは左手をポケットから抜いてダンテの尻を叩く。真っ赤な尻がぶるぶると震える。
 その刺激でダンテは精を吐き出さず絶頂し、気絶した。


「バージル、バージル……おまえ、趣味が悪い」
「馬鹿を言うな。そこは自負している」



***



7日目 8:12

 ここでの生活を始めてから今日まで、双子は食事を一度も摂らなかった。広々としたキッチンは新品同然の様を保っており、食料も同様だった。
 昼過ぎに起きてきたダンテは、キッチンに立つバージルを見て首を傾げた。無言のまま近づくと、真剣な顔でボウルに入れた卵をヘラでかき混ぜていた。割れた黄身を覆いつくすほどの白い殻が、ボウルにぶつかって混ざる度にカシャカシャと音を立てている。すぐそばに、開いたままの本が置いてある。卵の殻は捨てる、ということは書いていなかったらしい。バージルの顔は真剣そのものだった。
 ダンテは白樺のカウンターに右の肘をついて、カウンター越しにバージルの料理を見守ることにした。
 冷蔵庫から持ってきたスパイスを手当たり次第にボウルへぶちこんで混ぜる、をバージルは何度か繰り返した。その後、バージルはボウルを直接IHコンロの上に置いた。IHを起動させることはできたし、ボウルの中身も固まった。ボウルの中身の卵がそぼろ状になったところで、生米を入れ、ボウルをコンロからおろす。
 腕を組んでボウルと向き合うバージルに顔を寄せるようにしてダンテは上半身を伸び上がらせ、中身を覗き込んだ。

「なにこれ」
「オムライス」


 それから二時間足らずして、バージルは完璧なアクアパッツァを完成させることとなる。
 キッチンに立ったまま五分足らずでそれを完食したバージルは、食事そのものにも興味が湧いたらしい。芋を茹でる片手間に、冷凍ポテトをそのままつまみ、あっという間に五袋を空にした。
「バ〜ジル〜」
 瓶詰めのピクルスを液体ごと飲み干しても、バージルの好奇心は尽きることを知らない。
 クッキー。ドーナツ。チキン。セロリ。ピザ。
 どれだけ経ってもバージルの口と手は止まらない。まさしく反動に突き動かされている。
「バージル、おい」
 汚れた皿でシンクが溢れ、食材を包装していた箱や袋でキッチンの床が埋まっていく。弟の声など耳に入っていないように、バージルはブルーベリージャムをスプーンでひたすら口に運んでいる。
 ダンテはバージルに呼びかけ続けた。日が沈んでも無視され続けたダンテはすっかり拗ね、寝室の一つに引きこもった。五時間後に出てくるとバージルがまだ食事を続けていた。バージルの涼しい顔に、野菜も肉も魚もジャンクフードも次々と吞み込まれていく。
 三十二時間、バージルは食事を摂り続けた。


 バージルが冷蔵庫を開けるとそこは空っぽだった。貯蔵庫もカウンター下も同様だ。食材という食材の一切は、バージルが一旦睡眠をとっている間にダンテがすべて処分してしまった。
 カボチャを食べるつもりで用意したナイフを片手に持ったまま、眉をひそめたバージルはキッチンで立ち尽くしていた。寝起きらしいダンテがその顔を覗き込む。
「なあ、ヤろうぜバージル」
 バージルは手に持っていたナイフにかじりつくと、そのままバキンと嚙み砕いて咀嚼を始める。
「まずい」
「だろ? 俺のが美味いぜ」
 ダンテに振り返る。
「お前を食う」
「おう、頼む」



***



10日目 1:32

 バージルが自分の腹を撫でている。
 キッチンは血まみれである。血液を包皮するなにか大きなものがキッチンの中央で破裂したように、血しぶきが広がっている。
 その中心でバージルが自分の腹を撫でている。
 彼の体は、口元を中心に血で汚れている。
 顎と首元の境界が曖昧であるほどに、真っ赤で濡れている。
 口にくわえていた片耳をプッと床に吐き出す。



***



11日目 4:43

「ン……?」
 睡眠状態にあったダンテは、頬にあたる感触に覚醒させられた。
 窓から射し込む光はまだ白々としている。部屋の底では波打ちの音がしている。早朝だ。ダンテはもう少し寝てもいい気分だった。
「なんだよ……」
 頬に口付けてくるバージルから逃げるようにダンテは寝返りをうつ。背中を丸めて顔を隠すも、シーツに手をついて身を乗り上げてきたバージルはキスをやめない。チュ、チュと大きなリップ音もならす。
「なに、ねむい……」
 バージルは、時折唐突に意味不明なことを始める。ダンテが呻いて顔までシーツを引き上げる。
 キスの雨がいきなり止んだ。
 シーツを少しだけ下げて、隙間から薄目でバージルを伺う。
 冴えた瞳と目が合った。
「ぐあ……」
 またキスの雨。
 やけくそになったダンテは腕を広げ仰向けになり、バージルの絶え間ないキスを受けながら、グルルルと獣のように喉で呻く。
「あー……」
 ねむい、とボヤく。



***



11日目 13:33

 読書に集中するバージルの顔のすぐ傍で“カシャ”と音がする。続いてジーという音。水色のポラロイドカメラから出てきたフィルムを指先でつまむダンテは、おい見ろと上機嫌に笑う。
「映ってる」
 身を屈め、バージルと本の間にダンテが写真を割り込ませる。その紙先からは水滴が滴り、上半身は裸だ。海から戻りシャワーを浴びたばかりだった。
 己が映るフィルムを、バージルは鬱陶しそうに手で払う。ダンテは眼球に触れそうな距離でそれをよくよく眺め、おもむろに男が映るフィルムにキスをする。次の瞬間にはそれをバルコニーから投げ捨て、今度はバージルの足元へしゃがみ込んだ。
 尻を置いて足を組む。下からのアングルで何度も兄を撮った。代り映えしないフォルムがシャッターの度に次々と印画され、ダンテの足元にどんどん溜まっていく。
 シャッターを切るのを止め、ダンテは右腕をバージルに向けて伸ばした。バージルが下に履いているスウェットの腰部分を指先でつまむ。そしてほんの少し下にずらす。
 ビキニタイプの紺色の下着が僅かに覗く。シャッターを切ろうとカメラを構える。しかし、シャッターは切られることなく、代わりにダンテは首を傾げると構えていたカメラを下げた。バージルは動じない。
 しばらく考え込んだ後、ダンテは右の指先で下着をつまんだ。下に向けてずらす。
 銀色をした陰毛の生え際と赤黒い性器の根元が露わになる。
 ずらした下着を右手で引っ張ったまま、ダンテは左手で三度シャッターを切った。
 バージルがページをめくる。
「いいね」
 白い肌と赤黒い根元の境を銀色の恥毛が覆っている。ダンテが口笛を吹く。
 細い陰毛を指先でかき分けて、その境をこの目で見たくなる。うそだ、指先で撫でて口付けたい。ダンテが逸る。カメラを構えた腕を横においやり、バージルの股座へ上半身を屈める。
 しかし、唇の表面がゴワゴワした陰毛と触れ合った瞬間に、バージルが粗暴な仕草で脚を振り上げた。
「邪魔だ」
 紙一重でバージルの蹴りを避けたダンテは、口惜しそうにバージルの太ももに顎を預けた。胡坐の真ん中に置いたカメラを指先でいじりながら、バージルの股座に服越しでフゥと息を吹きかける。
「勃たせた写真撮ってもいい?」
「どうでもいい」



***



11日目 17:01

 ツヤツヤとして赤いピンヒールを、ダンテは苦労して履いた。裏は黒で先は尖っている。床で蹲るようにしてピンヒールを履いたダンテの肩に、純白の羽のコートがかかっている。それら以外はなにも身に着けていない。
 気だるげに立ち上がり、カツ、カツ、と音を響かせながら歩みを進める。足を進める度に足首がかくりと折れそうになる足元が覚束ない。ダンテは酩酊しきっていた。
 曲がり階段の一番下でダンテが膝を折る。四つん這いで階段を上り、たまにフゥーと熱い息を吐いて止まる。しばらくして二階に辿り着いたダンテは、力尽きたように床へ突っ伏した。視線を上げ、視界にバージルを捉えるとうっとりした笑みを顔へ浮かべる。
 バージルは壁を背にして胡坐をかいていた。常より深い皺を眉間に刻み、宙を睨んでいる。頬がうっすらと赤い。一切顔色に表れないダンテと違い、バージルの頬はアルコールによって火照りやすい。バージルもまた酩酊していた。
 一瞥もくれない兄の傍へ行こうと、脚をガクガク震えさせながらダンテはなんとか立ち上がる。

 文字通り酒を浴びる飲み比べで天地不覚となった後、フェラチオで二回抜き、更にダンテは冗談のつもりでバージルのペニスを足で挟んだ。これが、バージルの機嫌を大変損ねた。
 激昂したバージルはダンテを蹴り上げ、足を踏み鳴らしながら立ち去って行った。
 顎を蹴られたダンテの視界は、アルコールの効果も相まって激しく揺れていた。シェイクされる視界で、事前に引っ張り出していたピンヒールとコートを捉え、痙攣しながらもなんとか身に着けた。

 ダンテがバージルの前に立っても、変わらずバージルは正面を睨み続けていた。
「ばぁじる」
 ダンテが両手を広げる。コートの羽が揺れる。
「にあう?」
 バージルは黙っている。
 不意にダンテが膝を折る。ゴンッと大きな音をさせて廊下に膝をつき、四つん這いでバージルの鼻に鼻を寄せる。ちょんちょん、と鼻先同士でつつく感触を楽しんでから口角を上げる。
「白黒つけようぜ」
「いいだろう」
 正面を向いたままのバージルが、唇だけを動かして返事をする。
 まばたきすらしない男の耳に、ダンテが唇を寄せる。
「腰砕いてやるよ」
「死んだ方がマシだと思わせる」



***



11日目 19:42

 ジェットバス付きの浴槽。円形で、すぐ傍の窓からは夕陽が射し込んでいる。
 体を向き合わせるようにして双子が浸かっている。
 お互い髪が下りている。
 どっちかがダンテで、どっちかがバージル。
「さっきのセックス、悪くなかったな」
 どちらかが口を開く。二人とも片手に栓を抜いたワインボトルを掴んでいる。時折、直接口に運ぶ。
「ああ」
 やはりどちらかが返事をする。
「やっぱ手前のが気持ちイイ。そこもっと擦ってくれよ」
「締まりが悪くなる」
「毎度しっかり出してンだろ」
「なんとかな」
「遅漏かよ。クチで勃たせてケツで締めてやらねーと出せねェもんな」
「なら貴様は早漏か。先に寝た貴様の体は酷いぞ。上も下も緩くてまるで使い物にならん」
「あ?」
「あ?」
「……」
「……」
「オニイチャン……バーージル」
「なんだ」
「どっちが先に手ェ出した?」
 バスタイムの今より少し前。はしゃいだ二人は飲み比べの再戦を試みて、結果ワインセラーを浸水騒ぎにした。
 漏れなくワインまみれになった二人は、滞在して初めて湯を張った。



***



12日目 11:52

「オイ」
 昼寝をしようとベッドのシーツをめくったバージルは、眉間に皺を寄せて先客を膝で押した。
「泳いでこい。邪魔だ」
「飽きた」
「写真は」
「飽きた」
 大の字でうつ伏せになったダンテが身じろぐ。
 バージルはダンテを見下ろしたまましばらく黙り込み、やがてシーツを戻した。
 踵を返して寝室から出ると、まっすぐにコテージの玄関へ向かう。
 スリッパのまま砂浜を進み、浅瀬を踏み、そのまま海へ進んでいく。
 腰の高さまでつかった後、一度バージルはぐるりと周囲を見渡す。彼の頭上で鳥がクゥクゥと鳴いていた。
 バージルがまた進む。水の高さは顎に達し、目元に達し、そして彼の頭の天辺までもをとっぷりと呑み込んだ。
 結局、日が完全に沈むまでの間、バージルは一度も水面に頭を出さなかった。



***



12日目 15:00

「バ〜ジル〜?」
「バージル!」
「オニイチャーン?」
「バーージル?」
「ばぁじる?」

「バージル」



***



12日目 22:19

 日がすっかり沈み潮も満ちた頃、バージルが浅瀬に現れた。
 部屋を出たままの格好で、スリッパだけが失われている。水を吸って重いスウェットを着たまま、バージルは片手で髪をかきあげて砂浜を進む。
 すっかり荒んでしまった野外ベッドの隣を通って、玄関の扉に手をかける。
 ギィ、と開けた拍子にドアが千切れて倒れる。
 コテージが半壊している。
「……」
 眉一つ動かさないまま、バージルは足を進める。
 壁には無数の穴が開き、家具は一つ残らず破壊されていた。
 元からひしゃげていたバタフライソファは原型を残しておらず、灰色のリクライニングソファにガラステーブルも同様だ。
 ベランダは特に酷かった。執拗に叩きつけた後がみられ、人ひとり立てば底が抜けてもおかしくない有様だ。
 階段にできた穴を避けながら、バージルは二階を目指した。その途中に横目で確認したところ、バスルームも破壊されていた。
 扉がかろうじてくっついている寝室の入り口をくぐり、中へ入る。
 木片と化したベッドの傍で、ダンテが片膝を抱えて座り込んでいる。
 バージルは足音を大きく鳴らしながらその正面で立ち止まると、つま先でダンテの足をこつく。
「おい」
 バージルの呼びかけに反応は返らず、しばらく沈黙が流れた。
 やがてダンテが膝を抱えたままゆっくりと顔を上げる。瞼は随分と重たそうに閉じかかっており、唇は薄く開いて白い前歯がチラチラと覗いている。顔全体に、穴の開いた壁から射し込む月明りを浴びている。
「ぜんぶ夢かと思った」
 バージルが眉をしかめる。
「そんなに幸せだったか」
 ダンテは返事をしない。
 代わりに腕を持ち上げ、バージルの腕を引く。促されるがままにダンテの隣へ腰を下ろし、そのまま木片とガラス破片の上で二人は横になる。
「おやすみ」
 バージルと至近距離で見つめあうダンテはそう言って瞼を伏せる。バージルも続いて目を伏せる。
 割れた窓から吹き抜ける潮風が、揃いの銀髪を揺らしている。



***



14日目 10:00

目覚めたバージルの隣からダンテが消えていた。
どれほど眠っていたのか。
 バージルが起き上がって辺りを見回す。気配を探るように眉間に皺を寄せ、床に手をついて立ち上がった。
「ダンテ」
 寝室を出て半壊の部屋を覗き込む。
 階段を下りる。

「ダンテ?」
「ダンテ、」
「……ダンテ」
「ダンテ、」
「ダンテ」

 バージルが玄関から出る。
 潮風に晒され続けて錆びたベッドの隣を抜け、目を細める。
 そこから離れた崖の先端に、しゃがみ込むダンテの後ろ姿を見つけた。
「……」
 目を細めたバージルが、足を動かす。



***



14日目 10:08

「ダン」
「ずっと考えてたんだよな」
 言葉を遮ったダンテの物言いに、バージルが足を止める。ダンテへの距離はまだ五メートルほどある。
「やっぱり、俺なら塔は建てない。ワケわかんねぇオッサンも信用しねェ」
 バージルに背中を向けたままダンテが言葉をつづける。返答を求めない独り言のように滔々と紡がれる。
「それで、アンタが来たら……キスの一つでもする」
 言葉を区切り、ダンテが肩越しに振り向く。始めは表情を乗せていなかったが、しばらくバージルを見つめるとニッと口角を上げた。反対に、バージルは眉間の皺を一層深くする。
「で」
 ダンテが振り返りながら立ち上がった。示すように両腕を広げる。そして、一歩二歩と後ろへ下がる。
 その様を見ていたバージルの握る手に力が込もる。
 ダンテは崖の端で止まった。目が細まるほどに笑っている。
 ダンテの体が後ろへ傾く。その一瞬前よりバージルは走り出していた。
 バージルの手は――ダンテの手首を掴んだ。だらりと垂れたダンテの手が、何度かぴくぴくと指を動かす。
 バージルの荒い息の音が、ダンテの耳に届いている。
 ダンテの顔から笑みは消えていた。虚ろな青い瞳が目の前の男を退屈そうに見据える。
「アンタならどうする?」
 荒い息の音が止まないまま、バージルの踏みしめていた踵がふいに浮く。
 そのままバージルの体が傾く。手と手で繋がったまま、二つの体が崖から滑るように落ちていく。


 水飛沫が上がる。
 泡が無数に渦巻き、海中でもみくちゃになるダンテとバージルを、包んではすり抜けていく。
 だが、波にもまれる中で、二人はお互いをしっかりと捉えている。鼻先が触れ合う距離で見つめあい、耳は互いの鼓動のみを捉えている。
「俺は」
 バージルの唇が泡を吐き出しながら動く。バージルの声が確かにダンテの耳へ届いた。
「俺はこのままでいい」
 半魔の双子が溶け合う。
 二人、頭を下にして。
 手を繋いだまま沈んでいく。



***



14日目 16:59

 ヘリは二人を待っていた。
 すぐ傍でプロペラの風を受けるモリソンは、帽子が吹き飛ばされないように押さえながら腕時計を見る。
 彼が今回気を利かした理由は、兄と同居を始めてからめっきり仕事をとらなくなったダンテの尻を叩くためだった。しかし、モリソンは彼らが戻らない可能性も視野に入れていた。
 告げた時間に迎えにはきたが、もう十分ほど待って来なければ、帰るつもりだ。
 来るか来ないか。
 来なければ二度と来ないだろう。
「お」
 モリソンが顔を上げる。
「おーい」
 運転手に合図をしてから、再び顔を戻す。風圧で目を細めながら呼びかける。
「なんだお前たち、ズブ濡れじゃないか」
 モリソンが考え込むように顎を撫でる。
「それじゃあ見分けがつかないな」



***



14日目 23:55

 楽園の孤島。秒を刻む如く、只管波が浜に打っては返す。
 破壊されたコテージは、潮風を吹くままに通す。
 そこにはもう、誰もいない。



fin.