授乳手コキ
嫉妬、劣等感――他人を羨む感情を消せたらどんなに良いか。誰しも一度を考える夢を、無敗の天国獄も人並みに持っている。
彼の心に“隙”を作る男は寂雷といった。“隙”をむりやり埋めようとして反対に歪な歪みを形作ってしまうほど男は不器用ではない。だが、長年抱え続けたコンプレックスは天国が予想だにしなかった形で表出することとなった。それこそ、いま獄に膝を貸している少年、波羅夷空却である。若くして仏道に腰を据えた子どもである。
「俺は間違っているか?」
額に置かれた手がセットされた前髪をなであげる。頭皮を軽く引っ張られる感触が心地よい。空却の手はそのまま頭蓋の輪郭をなぞるように獄の頭を撫で上げる。
「“解を求めるな。ただ選べ”」
ハァー……、髪を撫でられたまま獄がため息をつく。
「ききたいのは説法じゃねぇ」
すると、髪を撫でていた手が延長線をなぞるようにそのまま肩に回る。そうして獄の肩を抱き支えるように腕を回し、もう片方の手では獄の腹をぽんぽんと撫でる。その様子は母が赤子にするそれを思い起こさせる。
「ひとやぁ。いい子だな、えらいえらい」
“これ”だ。
“これ”により、天国獄ことHeven and Hellは向こう一週間の活力を得る。コンプレックスも天国獄の二つ足を立たせる無くてはならない要素だが、“これ”により慢性的なストレスが一時的に和らぐのだ。
「ひとやはいい子だから、“いーこいーこ”してやろうか?」
「頼む」
短い一言を合図に、腹を撫でていた空却の右手がススス……と前開きに向けて下りていく。人差し指でジッパーの部分の硬いところをカリカリとひっかくと、獄が「く……」と呻いた。その堪えるような声に空却は熱い息をついて、右手一本でカチャカチャとベルトを外しにかかる。複雑な造りをものともしない慣れた手つきである。ベルトは抜き切らず、腰の両側からだらんと左右に垂らしたまま、ジー……とチャックを下ろす。黒白の千鳥柄の下着ごしに、ペニスの形をなぞるように指を動かす。わずかに膨張しただけのそれはまだひそやかに下着の下で身を潜めている。刺激をねだるようにひくひくとひとりでに動くのを、一つの生き物にするように先端を指先でくるくるとくすぐる。すると、あっという間に下着にテントの部分ができた。人差し指をゴムの部分に引っかけて下着を下ろすと、言葉もないのに獄は腰を上げる。
「吸う?」
「おう」
空却は一瞬だけ獄のペニスをいじくるのをやめて、寝まきの代わりに来ていたジャージの前をするするとめくり上げる。少し痺れてきた獄の上体を支えていた方の左腕を楽にする為に動かすと、それを促されたと勘違いした男がすぐさま目の前の乳首に吸い付いた。空却は思わずニイッと口角を上げる。手を再び下肢へ戻すと、下着を下ろされただけで放置されたそこは随分寂しかったようで、ギンギンに血を漲らせていた。
「かわいーな♡」
それは、ちうちうと己の乳首を吸う男に向けた言葉だ。
母性と慈愛に溢れる空却は、乳首への刺激を“愛撫”と認識しなかった。つまり、彼に性感の類は一切届いていなかった。
人差し指で裏側を下から上に向けてなぞりあげる。先端から離れる指が透明な糸を引いた。その糸を先端の穴に押し戻すように軽くほじると、獄の腰が跳ねた。その動きの切なさに、空却は途端に焦らすのが可哀想になった。五指を絡ませて上下に動かす。動きに飽きてしまわないように、リズムを変えながら時折手首を回すように扱く。動きを変えるたびに胸を吸う力がふるえて感謝の意を示すのが、空却には可愛らしくて仕方が無かった。
「いい子♡いい子♡ひとやはいい子だなぁ♡」
次第に獄の顔から安らかな色が消え、剣呑とまで言える眉間の皺が目立ち始める。それはまるで空却の胸を必死に吸うようにも見え、空却の胸中にどうしようもない愛おしさがぷくぷく溢れた。その愛おしさを混ぜて手の動きを早める。くちゅくちゅくちゅ♡と水音の混じる音が大きくなっていく。
しかし、やはりあくまで空却の胸を満たすのは母性と慈愛であった。彼の性器は下着の中でしんとしている。
「もうイきそうか?♡がんばれっ♡がんばれっ♡」
「……ッ!」
どびゅるるるる!!と跳ねるペニスが白濁を勢いよく吐き出す。天国の腰が白い放射線を追うようにして上に跳ね上がり、そして少し浮いたままかくかくと揺れる。どぴゅ、どぴゅ、ぴゅ……と三回に分けて噴き出した精液をそのまま竿に手のひら全体で塗り付ける。全力を出し切った性器がへたりと腹に倒れているのを、空却はニヤニヤと頬を緩めて見つめていた。
「いい子……♡いっぱい出せたな」
乳首から離れた口がハッハッと荒い息をついていてくすぐったい――と思っていると、獄が空却から己から背を向けるようにして突然離れた。空却が寂しさを感じる間もなく獄は彼を横抱きにすると、ズボンの前を開いたままリビングを横切り寝室を目指す。そして、ベッドの前に辿り着くと、抱いた空却ごと倒れこむようにベッドへ沈みこんだ。クスクスクス、と空却が笑う。あのプライドの高い男が、シャワーも浴びず、アフタートークも無く……ちら、と視線を下にやる。汚れた性器さえそのままにベッドに眠りつく獄は、本当に全ての気力と体力を絞り出したようだ。満ち足りた寝顔をしている。その寝息に呼吸を合わせて空却も瞳を伏せた。
翌朝、隣で獄が頭を抱えて項垂れていた。
「いい朝だな」
「……おう」
んなワケねーだろ。獄の表情がそう物語っている。
まあ、あれだけ未成年淫行うんたらかんたら説いていた男が、フラッシュバックにくわえストレスフルの際限定とはいえ今や授乳手コキプレイを受け入れているのだ。空却はスプリングを軋ませて四つん這いで獄に近づく。獄がビクリと肩を揺らしたのに構わず、空却は男の耳元でささやいた。
「今日もがんばってこいよ、銭ゲバ弁護士♡」