おくちでご奉仕
午後一時四十八分。
「ようひとや」と所長室の扉を勢いよく開け放って空却が現れた。獄はA4の資料から目を逸らさない。受付嬢の謝る声に左手を軽く上げて応え、そして「構ってやれねーぞ」と独り言のように言った。
「いーよ」
空却はソファーにどっかりと腰を下ろすと、お茶請けのおかきに手を伸ばす。いかにも“これが目的だった”のだという体だ。しかし、ちらちらと、さっきから一度もこちらを見ない男にどうしても視線をやってしまう。
午後二時三分。
「ひとやぁー」
空却は腹ばいで獄の膝に乗っていた。獄は無言でパソコンを操作している。
「かまえ、かまえかまえかまえしゃぶらせろ」
ジーンズの硬い生地をカリカリと噛む。この下にあるものが欲しいの、と上目遣いで獄に視線を送って訴える。だが獄は冷静だ。パソコンに向き合う顔は真剣そのもので、その雰囲気といえばあまりにも堅牢だ。
「ひとやぁ〜〜」
「うるさい」
無情。ようやく引き出せた返事はあまりにも冷淡。空却は駄々をこねるように腹ばいでばたばたと足を動かす。
「なんもしなくていいから、しゃぶらせろよ」
頭をするりと撫でられた。突然の接触に空却は目を丸める。顔を上げて獄を見ると、獄はスマートフォンを操作していた。
「帰ったら好きなだけしゃぶらせてやるよ」
もしもし失礼します、天国ですけど……と獄が電話を始める。空却は顔を上げて首元を逸らしたまま、その電話が終わるのをじっと待った。
ピッと獄が電話を切る。すかさず甘い声を出す。
「それまで口寂しいの、どうしたらいいんだよ」
獄が口端をトントンと人差し指で叩いて示す。
「ん」
空却はほとんど跳ね上がるように飛び起きた。そして獄の唇にむしゃぶりつく。
歯列を舌で割ってねじこみ、男の口を舐め回す。
じぃんと舌先が痺れるタバコの味。天国獄の味。だいすきだいすき、このまま味がしなくなるまで舐めしゃぶりたい。
なのに、後ろ髪を引っ張って顔を離される。空却は己の顔がとても切なく歪むのが分かった。なんで、と唇が音もなく動く。しかし、空却を見る獄の視線はあくまで鷹揚だ。
「我慢、できるな空却?」
ずるい。
「んー……」
むずがる。すると、手のひらを上にした手を顔の前に差し出された。もうだいぶ体は火照っているから、その手一つに空却は喜んでしまう。
「おて」
ぽん、とその手に顎を乗せる。
「いい子だ」
そう言って頭を撫でられては、空却はもう大人しい猫になるしかない。膝を床について、獄の太ももですんすんと鼻を鳴らす。時間よ時間よ、早く進んでちょうだい。
***
午後六時十八分。
玄関の扉を閉めた途端、獄は空却に手首をとられ壁へ押し付けられた。剛力にものをいわせた一瞬のできごとだった。
「がまんした、がまんした!」
「おお、いい子だな」
猫にするように顎を指先でくすぐられ、空却が目を細めてクゥと鳴く。ほだされそうになってハッとする。
「しゃぶらせろ!」
「じゃあ、俺の言うこときけるか、空却?」
こくん
「約束だぞ」
こくん
「よし、じゃあ口で脱がせろ」
獄の胴体を手で囲っていた空却がずるずるとその場に座り込む。空却の目の前に獄の股間がくる。ややこい仕組みのベルトを前にして、空却は困る。縋るような視線を獄に向ける。獄は少し悩むような顔をみせたあと、「仕方ねぇな」と言って自分でベルトをカチャカチャと外し始めた。抜かれたそれが床に無造作に放り投げられる。同時に、空却が獄の股間へ飛びつく。
八重歯で小さなファスナーを噛み、上目遣いをしながら下ろす。フロントの隙間にすかさず鼻を突っ込み、すぅ、と匂いを嗅ぐ。濃い饐えた雄の匂いと甘い香水の匂いが混じったものが、空却の鼻から脳を直接犯す。くらくらと目眩みする。いつか獄が残していったタバコをこっそり吸った時よりも強烈な酩酊だ。空却を酔わすものは獄だ。
「こら、早くしろ」
夢中になってスンスン吸っていたら側頭部をポンと押されて促される。くらくらと視界に星を散らせたまま歯で下着を引っ張る。黒白の千鳥格子のパンツから赤黒い肉の色がはみ出る。先端が軽く浮いたそれは半起ちといったところか。もっと滴るくらいたぎったものに頬を叩かれたかった空却は少し残念な気持ちになる。気合も入る。
ゴムの部分を噛んで、ぐいっと下ろす。見慣れたペニスが露わになった。空却の口内にじゅわっと唾が溢れる。
舌を突き出し、ロリポップに舌を伸ばす子供のようにあーんと口を近づける。
と、額を押されて制された。
「ここまでだ」
といって、獄は親指と人差し指で作った輪っかで先端のくびれをきゅっと括る。ぷりっとした亀頭だけが指の輪からはみ出している。空却は目を丸めた。うそだろ? と言いたかった。
せっかく喉まで犯してもらえると思ったのに。
しかし、冒頭で約束してしまった身だ。縋るのは間違っても空却のプライドが許さない。真っ赤な顔でぐううと呻き、上目遣いでちらっと獄を見る。平時の顔色をした男が空却を見下ろしていた。
それでも、射抜かれる視線に空却は歓喜する。昼間あれだけ欲しかった視線に貫かれている。空却はうっとりとしたまま薄く開いた唇でペニスの先端に吸い付いた。ちゅうううう、と音が鳴るほど吸えば、見つめたままの獄がぐぅと呻いた。低く掠れた呻き声に空却の下腹部がきゅんと疼く。もっともっと聞きたい。
許された部分をくわえる。空却の唇が獄の指とふにゅ、とぶつかる。亀頭を口に収めたまま飴玉にするように舌で激しく嬲る。同時に唇の輪できゅうっと亀頭を締める。
「ぅおっ……っ!」
獄が悲鳴のような声をあげる。語尾が高く上がっていたその響きに、空却の胸がきゅんと甘く疼く。愛しさがぱちんと胸中で膨らんで割れた。もっともっとと舌を強く動かす。疲れてくると舌を休ませて、代わりにじゅうじゅうと亀頭を吸う。ミルクを吸う子犬のような強烈な吸引に獄のこめかみに汗が滲む。
「くうこうっ……!」
先端から染み出してきたしょっぱい液体を押し戻すように尖らせた先端でぐりぐりとほじる。舌の根がとっくに痺れて痛かったが構わなかった。つるりとした亀頭を平たくした舌の表面でべろりと舐め上げ、またくわえる。ちゅうちゅうと吸う内にやはり喉がきゅんきゅんと寂しくなる。
ちゅうちゅうと先端を吸いながら、上目遣いで欲しい欲しいと念じる。伝われ伝われと眉間に切なく皺を寄せる。
すると、ふいに頭を撫でられた。空却がハッとする。顎に手を添えて、ゆっくりとペニスと口を離される。
獄が性器から指を離す。
びたん!とペニスが腹を打った。
そそりたつものから見下ろされ、空却の口端から涎がたらりと垂れる。ビキビキと張り巡らされる太い血管に喉奥を犯されたい。ぱんぱんに張った睾丸に気絶するくらい強烈に顎を殴られたい。
「ひと、や……」
ぽこりとした膨らみをたしかめるように指で顎をなぞられる。
「くわえたいか?」
「ん、うん……」
「ぶちこまれたい?」
「っ、そうだつってんだろ!はやく!」
指を開いてなにかを掴む形をした両手が空却に向けて伸びてくる。その迫力に、空却の背筋にぞわりとしたものが走る。犯される! 空却の本能がそう叫んだ。
がしり、と頭を掴まれる。
「口開けろ」
かちかちと歯が鳴る。ぶるぶる震える唇を咄嗟してあーんと口を開く。
「舌の根っこ、力いれとけよ」
頭を押さえる力に反し、その声はひどく優しかった。恐怖でぶれていた空却の視界のピントが合う。獄は切羽詰まった顔をしていた。
(あ)
かわいい、と思った。
次の瞬間、がぽっ!と喉を塞がれて空却の息が塞がれる。
「んー−−ーっ!?」
亀頭のくびれが空却の喉を圧迫する。丸みのある先端が何度も喉を殴りつけ、太い竿が口内を圧迫して酸素を奪う。
「ん、んぐっ……!ぁ゛、ん゛……!ぐふっ、ン、んぐ」
俺を見てる!獄が俺を見てる!
苦しさで顔を歪めながら、空却はよろこびで歪に笑った。容赦なく顔面に腰を押し付けられ、ぐりぐりと喉に亀頭をこすりつけられる。締める動きを喜んでいるのだ、と分かると喉を意識して締めた。気持ち悪さで「おぇええ゛」とえずいた。目にハートも飛んだ。
それでも容赦なくがぽがぽと頭を揺すられて、意識が白む。条件反射で空却の両腕が勝手に上がる。それでも獄を押しのける真似だけはせんと、肘だけを折り曲げた奇妙な形で宙でとどまっている。それを見た獄が空却の頭から手を離し、両手首を掴むとぐんっと手綱のように引いて腰の動きを早めた。空却の目が見開かれる。
「んぎゅ、ご、がっ……!」
「くうこうっ……!」
喉奥に迸流が叩きつけられる。口内に苦みが水を打ったように広がり、空却が眉をしかめる。喉が粘度の高い液体で塞がれ、呼吸が止まる。精液に溺れそうになりながら、びくびくと跳ねるペニスを押さえつけるように吸い付く。
「はっ……」
びゅくっ、びゅくと放出を続ける途中でペニスをずるりと引き抜かれ、顔に精液がかかる。離れていく先端を空却が追って吸い付く。ちゅうちゅうと吸い上げると残滓がとろりと舌に落ちた。もっともっとと先端を吸って、なにも出ないことが分かると、ようやく空却は残念そうに口を離した。
「ひとやぁ……」
肩で息をする獄がちらりと視線を下に向ける。空却は両膝を開き、人差し指で己の股間を指す。
「みて、ちんぽ……ひとやのちんぽなめて、拙僧のちんぽたったの……」
「そうだな……」
獄の声音は努めて平静を保とうとしている節があった。事実、ちらちらと空却の方を見てしまっている。
昼間と逆だ。
「ね、ぶちおかせよ……ベッド、連れてけ」
獄が舌打ちする。空却の尾てい骨がぞわりと粟立つ。
「ほら、抱っこ……」
獄が両腕を広げる。言い終わる前に空却が飛び込む。抱き上げられた空却はヒャハハッとすっかりいつもの調子で笑う。二つの影はただならぬ雰囲気を漏らしながら寝室に消えていった。