喫茶店ポアロ。普段ならば賑やかで、穏やかな時間が流れている此処だが今日は違った。

「君さぁ、いつになったら此処辞めるんだい?」
「嫌だな、太宰さん。そんな予定はありませんよ」

カウンター席に腰かけている太宰と、その向こう側のキッチンに立っている安室。二人の間で飛び散る火花が店の中の空気を重くしている。とはいえ今店内には二人の他にはコナンしかいないので、それが不幸中の幸いといったところか。

蘭も小五郎も遅くまで帰って来ないということでポアロにお邪魔しているのだが早く帰ってきてほしい。

にこやかに笑いながらも目が笑っていない安室を見ながら、彼を目当てに来ている女性客には見せられない姿だよなあとぼんやりと考える。因みに千尋を待つ為か最近よく来店するようになった太宰目当ての客も多いのだが、本人は千尋にしか見ていないので相手にしていない。

穏やかな顔で静かに言い争っている二人を横目にコナンは宿題を始める。下手に口を挟むと巻き込まれてしまう。何度目かは忘れたが一度それで痛い目を見ているので、二人が揃っている時はコナンはなるべく静かにするようにしている。

「ふぅん……そう。なら千尋に通うのを止めるよう言っておかないとね」
「……そうやって彼女の行動を縛るのはやめておいた方がいいと思いますが。彼女はあなたの人形じゃないんですから」

太宰の言葉に安室が苛立ったように反論した。その言葉にはコナンも頷きたいところである。

異常な程の執着心と独占欲を千尋に向けている太宰。どうしてそこまで千尋に執着するのか、過去を知らないコナンはとてもそれが気になる。
だが恐らく太宰に聞いても千尋に聞いても、望んでいる回答が得られる訳ではないというのは理解しているので聞かない。

「君にそこまで口を出される謂れはないかな。それに千尋自身が私を受け入れてくれるんだ、君には関係ないでしょう」
「大人として健全な未成年を惑わすのはやめてほしいと思っているだけです。あなたは千尋さんをどうしたいんですか」

当然の疑問だった。千尋が太宰の行いを受け入れているとはいえ、太宰は結局千尋をどうしたいのだろう。

愛をこめた言葉も優しさを詰めた眼差しも、どれも嘘ではないことは判っているけれど太宰を見ているとどうにも不安になるのは安室もコナンも同じだった。

二人の行き着く先が人から外れた道だったら。誰も幸せになれない、バッドエンドだったら。

もしもを想像して不安になってしまうのは馬鹿らしいなんて言われるかもしれないが、千尋はコナンにとっても蘭にとってもいい友人である。大切な友人には幸せになってもらいたいものだ。

安室の問いに太宰は小さく笑って、それからすっかり冷めてしまった珈琲に口をつける。

「──そんなの、決まってるじゃないか」

からん、と来店を知らせるベルが太宰の言葉を遮った。思わず三人揃って出入口に目をやると、其処には目を白黒させている千尋が立っている。

突然注目されしどろもどろしていた千尋だったが、カウンター席に座っている太宰を見つけると安堵したかのように肩から力を抜いた。

出会った頃は判りにくかった表情の変化も、時間を重ねるとよく判るようになった。なんて、そんなことを口にしてしまえば太宰に睨まれるのが判っているのでわざわざ言うようなことはしないが。

コナンが誤魔化すようにオレンジジュースを飲んでいると、千尋は嬉しそうに太宰に駆け寄った。

「治くん」
「おかえり。一緒に食事でもどうかと思ってね」
「連絡してくれたらよかったのに」

自然な動作で太宰の隣に腰かける千尋。慣れた様子でカフェオレを一つ注文すると、思い出したかのように「あ」と声をあげた。そして鞄の中に手を入れて取り出したのは、可愛らしいブックカバーが被せられた一冊の本。手早くそれを本から取ると、出てきた文庫本を安室に手渡した。

「安室さん。これ、ありがとうございました」
「いえいえ!僕のおすすめ、どうでしたか?」
「とても面白かったです。特に」
「こら」
「むぐっ」

和やかに会話をする安室と千尋、だったがそれを邪魔する者が一人。言わずもがな、太宰だ。

横から手を伸ばして千尋の口を塞いだ太宰はそのまま頬に触れ、腕に触れたりと好き勝手に触れている。しかし人によっては不快であろう手つきも千尋にとってはいつものことなのか反応は薄く、太宰の好きなようにさせて本人は何事もないようにカフェオレに口をつけた。

「また夜更かししたのかい?肌が荒れてる」
「……そんなにしてない」
「嘘つき。気を付けないと姐さんに色々と言われてしまうよ」

先程まで言い争いをしていた安室を意識の外へと放って、千尋にだけ構う太宰の姿についコナンの頬が引き攣る。

カウンター席という密着するには少々骨が折れる場所でよくあんなにも引っ付けるものだ。なんてコナンが考えていると、目の前でそれを見せつけられていた安室がとうとう口を挟む。

「あまり公衆の面前でベタベタするのは如何なものかと。千尋さん、目立つのはあまり好きではなかったですよね?」
「随分と知ったような口をきくね。関係ない、他人のくせに」
「普段はよくお喋りしますから。……ああ、もしかすると太宰さんよりも長い時間いるかもしれません」
「ふぅん……。でも服の下のことまでは知らないでしょう?」

ばちり、と。二人の間で再び散った火花にコナンは深く深く溜息をつく。これは長引きそうだ。
早く蘭か小五郎が帰って来てくれることを心の底から願った。

君のことならなんだって知っている



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