優しい誘惑

※瀬名泉がかなり甘やかしてくる
※描写はないが行為表現がある




深い眠りから覚めかけているものの未だ意識がはっきりとしないなまえの瞼を開かせたのは、刃とまな板がぶつかる小気味良い音と味噌を湯に溶かした時にふわりと漂う優しい香りだった。ホテルにあるようなふかふかとしたダブルベッドで泉と夜更かしをした為に、身体へ纏わりつくような気怠さは残っていたのだが上体を起こすには十分な目覚ましである。
最近では花粉が飛んでおり春の訪れを知らせているのにも関わらず、寒さは健在で身を覆っていた毛布がなくなるとひどく身が震えた。それもそのはず、夜更かしをした名残で彼女には泉が着させたであろう前開きタイプの部屋着と下着のみだ。胸元がはだけているので慌ててボタンを閉めつつ、傍らに置かれた部屋着のボトムスを履けば空腹を誘う台所へ向かう。

そこには手際よくフライパンに溶いた卵を流し込んでいる泉の姿があった。繊細に作られた芸術品のような横顔と相反して程よく筋肉のついた腕は男性の証をしっかりと示しており、頭のてっぺんから足の先までが洗練された彼の料理姿はなまえにはとても目の保養になっていた。

「……ああ、起きたんだ。なまえにしては早い方じゃない?」

顔は動かさずこちらに視線だけを送ってはてきぱきと調理を進める様は、まるで良妻賢母のようだ。これを本人に言えば怒られるのでわざわざ言えないが、レオは泉の面倒見の良さが発揮される度にこの言葉で賛称している。

「おはようございます、せん……泉さん。ご飯の良い匂いで起きちゃいました。」

「はい、おはよ。あと残り二文字を口にしてたら、ご飯食べさせないで布団にねじ伏せてたからね。」

「いやだ!泉さんのご飯食べたいです!」

「ん、いい子。」

昨夜を思い出させる意地悪な含み笑いにひくり、と頬を引きつらせざるを得ない。
数年前に同じ高校で先輩と後輩の関係であり、恋人同士でもある泉となまえは同棲をし始めて半年の月日が流れていた。昔の名残で「先輩」と言った呼び方を偶にしてしまうのだが泉としてはしっかりと名前を呼んで欲しく、間違える度に何かしら仕置きをされる。今回、夜更かしをして腰を痛める原因にもなった。

それからしばらく調理の様子を眺めてはゆっくりしていろと泉にリビングへと追い出されそうになるが彼の料理している姿が見たい、自分も手伝うと子供のように駄々をこねる恋人であった為に完成する予定時間より早く朝食をとる事が出来た。食生活と体型維持を心掛けている泉らしい和食メインの献立で、彼の料理にすっかりと胃袋を掴まれているなまえは毎度のように美味しく完食する。朝食を終わらせた後も泉が食器を片付けようとするので、自分がやると手元にあった食器たちを取り上げると後ろから頭に手刀を落とされたのでわがままのちにこれまた一緒に片付けろ進めるのであった。


「ご飯美味しかったぁ……、泉さんの料理以外食べられなくなっちゃう。」

「それは本望だねぇ、もっと俺から離れられなくなれば良いよ。なまえの衣食住は全て俺が守ってあげるから。」

「泉さんがそれ言うとこわい……。」

「その悪い口縫ってあげようか。…ところで、後回しにしてたお風呂の入浴剤は何が良い?」

「泉さんの好きなので良いですよ。持ってる物、全部良い匂いなので。」

「あんたも一緒に入るんだよ?後で文句言われちゃ、困るんだけど。」

座り心地の良いソファに二人で沈んであっという間に泉の腕の中に閉じ込められると、髪と首筋に鼻先を当てられる。くすぐったさと照れ臭さで身をよじったが僅かにする汗の匂いが鼻をくすぐり、肌を重ねた夜と同じ香りがした。熱に浮かされたアクアマリンの瞳で自分を見つめて、その研ぎ澄まされた指先で肌に触れてくる昨晩の泉の姿が脳裏を過ると途端に顔へ熱が集中する。本人はそんななまえにお構いなしと顔の至る所に唇を落とし、肌をなぞるよう首筋にも触れていくと満足げに微笑んだ。

「あとで髪も身体も俺が丁寧に洗ってあげようか。」

「いえ、自分で出来ますから……!」

「往生際が悪いなあ?こんなに沢山、俺に甘やかされて良いのは世界中でなまえだけなのにねぇ。」

身体を抱え込まれ自分よりも柔らかいのかもしれない唇が深く重なる。彼の甘い言葉と甘い口付けに絆されて、再びお世話される事をきっと許してしまうのだと思う。