前田 藤四郎
真剣な眼差しで主君は僕に言いました。
"私に何か言いたい事とかない?"と。
「主君は覚えていますか?」
「へ…?」
「あれはこの本丸が始まってしばらく経った頃の事です」
脈絡のない話を突然に振られ、主君は驚いた顔をしていました。鳩が豆鉄砲を食ったような顔、と言うのはこういう表情なのでしょうか。
「あの頃、遡行軍がどんどん強くなり僕達短刀や脇差の皆さんが、遡行軍の攻撃に耐えきれなくなっていました。当時は今のように特別な戦場に出陣する機会もあまりありませんでしたし、太刀や大太刀の皆さんを中心に部隊を組むのは当然のことだと僕は思っていました」
出陣出来ない事に不満はあれど、主君に不満のある方はいませんでした。この事についても皆さん納得されていたはずです。
「でも、主君は納得されていませんでしたね」
「だって短刀や脇差の皆だって強いし…私の刀だもん……」
「ふふ、そんな主君だからこそ池田屋への出陣が決まった時、とても喜んでくださってましたね」
こんのすけから新たな戦場が出現した事、次の戦場は時間帯が夜である事、夜戦は短刀や脇差が得意としている事、それらを聞いた主君はとても嬉しそうに僕に話してくれました。
"今まで留守番ばっかりお願いしてごめんね、でも次の出陣は短刀や脇差の皆で部隊を組むつもりなの!だからまえだくんに部隊長お願いしてもいい?"と、とても嬉しそうに僕の手を取ってそう言ってくださったんです。
「沢山の刀を率いる主君にとっては、大したことではないかもしれませんが、僕にとってはとても大事な思い出です」
「そっか……私もあの時はすごく嬉しかったな」
僕の言葉に目元を綻ばせた主君は、どこか懐かしむような表情をしていましたが、その表情に影が落ち、まるで僕の心を見透かしているような、そんな真剣な眼差しを再度向けられました。
────主君が聞きたかったのはきっと"あの時"の事でしょう?
「……確かに、主君がいない数年間に何も思わなかったわけではありません。もう戻ってこられないのではと不安に思う事も多々ありました」
あの頃は一ヶ月戻られないこともしばしばあられた方でしたから、もう少ししたら戻ってきてくださるだろうと。そう思って一年二年と経過して、自分達は置いていかれてしまったんだと思った事もあります。それでも
「お帰りをずっとお待ちしていました。主君が僕達を大事に想っていてくれたこと、知っていましたから」
「………」
「なので僕から言いたい事があるとすればあの言葉でしょうか」
主君が戻られた時にもお伝えはしましたが、きっと何度伝えても主君にとって意味のある言葉であるはずですから。
「おかえりなさいませ、主君」
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[しおりを挟む]春曙