誕生日と祝装と

R7.3.1 私の誕生日に起きた出来事の話



「まんばくん……コレ…」

エーイもうどうにでもなれ!とやけくそで一番に買ったグレーのジャケットとスラックス、碧と翠が混ざった綺麗な瞳の一番暗い部分と同じ深い碧色のネクタイ、その他諸々。
スーツの知識なんてない私でもわかるくらい張りがあって綺麗な生地で、まんばくんが着たらカッコイイだろうな、なんて当たり前のことを思いながら、緊張を隠すように俯き気味に差し出した衣装をまんばくんが手に取った。

「最初が俺で良いのか?」
「なにそれ、絶対自分だってわかってたくせに。最初はまんばくんが良い……って、コレ言わせたいだけじゃない?」
「それもあるな」

くつくつと笑ったまんばくんは「着替える」と一言、部屋の向こうの方でシュル、といつものネクタイを外し始める。こういう所なんだよなぁ、良いよ別に今更どうこう言わないけど、人の気持ちを知ってるくせにンな所で着替えるんじゃないよ全く。衣擦れの音が聞こえる度妙に緊張して、その度に反対側の戸襖の方にジリジリと近付いた。ていうかこれ着替え終わったら後ろ振り向かないといけないの?ハア?無理なんだけど、この前の大本丸博では新任の審神者さん達を驚かせないように布を被らせて懐かしの姿で同行してもらったけど、これって正真正銘ってやつじゃないの、と思ってたら「主、すまないが少し待っていてくれ」と戸を開けてストンと閉める音。いや早、人が考え込んでる間にどっか行ったわ。ええ?なに?逃げるチャンスってこと?でも何のために渡したんだって話で…………

…………とウンウン唸ったりしてる内に今度は反対側、まんばくんが着替えてた位置に移動した。いやだってあっちから帰ってくるやん、向こういたら開けた瞬間目と目が合ってポケモンバトルが始まっちゃうだろうが。逃げることも考えたけど、どうせ捕まるし……それに、見たい気持ちに嘘は無いから。

「すまない、待たせた」
「オア~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

私を呼ぶ声と足音が近付いてくれば心臓がどっきりどっきりDON DON!!爆イケ男がそこにいたらどーしよ?(どーする?)
取り敢えず振り返りざまに一目だけ……とほんの一瞬振り返ってなんか変なとこから声出たかもしれない、なにほんとに、え?なんか髪型、はあ?え?
たった一瞬で訳が分からなくなってる私を「主」と再度呼ぶ声、観念するしかないのかもう。

な───────んてね、私が往生際悪いの知ってるだろ!やだよ私なんで自分の誕生日にお金出して爆散しなきゃならないんだ───────!!!!!無理無理、さっき一瞬見たもん!!ハイ、終わり終わりって脳内のちょぎくんも言ってるし!
見なきゃ良いんだ!と混乱するポンコツ脳が起こした行動は普段口元を隠すために付けてる黒の布口面を上にずらして顔を隠すという粗雑なもので。なんでいけると思った、と落ち着いたあとの私は思うだろうな、それくらい混乱してたってことだ許してほしい。

「良いじゃん、とても、べりーべりーそーまっち、最高、めちゃくちゃ似合ってるよ」
「……………」

視界が黒で覆われて見えない状況、目の前には何も言わないまんばくん。なに、怒った?怒った?それはそれで珍しいからヨシ。もはやなんでもありな私は随分強気になっていた、だって距離感云々あるし、最近のまんばくんはこれ以上の距離を詰めてこなかったし?そう思ってた時が私にもありました。

「!!?!?」

暗かった視界が一気に明るくなってチカチカした。強い光に狭まる視界の中で、眩しいくらい綺麗な金色が見える。光に慣れた目は視界明瞭、一片の邪魔もなく目の前を映し出した。

「ぅ、あ」

いつもなら綺麗な双眼に見つめられるのに今日は違う。真っ直ぐこちらを見る右目と、綺麗な金色から少し覗く左目。いつもは重力に従っている髪も、右側を上げるようにセットされていて。その髪型、見たことある、いつもちょぎくんがしてる髪型だ。さっき出ていった時?まんばくんなら着替えるだけで終わるかと思ってたのに。スーツも、なんかオシャレにストール巻いちゃってさ、似合ってる、めちゃくちゃかっこいい、私のまんばくんこんなにかっこいいんだよって自慢して回りたい気持ちと、かっこいいから見ちゃダメみたいな気持ちでぐちゃぐちゃになって、まんばくんの髪が一束、重力に負けて落ちるのを一瞬目で追っただけなのに、俺から目を離すなとでも言うかのように更に近付く顔。うわ、ダメだ、逃げなきゃ。

「エ!?なに!?はなして!!嫌!!!」
「嫌ってあんたな……離したら逃げるだろう」

近付いた顔を遠ざけるように咄嗟に出た手をそのまま取られた。痛くないくらいの力で握られてるのに動かせない。悔しい、私だって最近鍛えてるのに。
逃げるどころか顔すら隠せなくなって益々顔に熱が集まっていく。元々赤くなってただろうにまだ熱くなるのか、茹でダコだけは勘弁して欲しい。せめてもの抵抗で顔を逸らせば追ってくる顔、綺麗な顔しやがって!人の気持ちも知らないで!いや知ってるんだった、余計にタチ悪いじゃん。

「あんた、いつもそういう顔してたんだな。気付かなかった」
「……ふ──ん、気付こうとしてなかったくせに」
「主だって隠してただろう。それに、知ったからにはのがせないからな。さっきも隠して逃げようとしてたこと、気付いてるぞ」

確かに、前までのまんばくんだったら多分逃げれてた、反対側に戸があるとか関係ない。自分相手に恥ずかしがって私が逃げるなんて、前のまんばくんなら考えもしなかったと思う。腹でも痛かったのか?とかノンデリ発言かましてたに決まっている。段々ムカついてきていつもの調子が戻ってくる。今なら言い返せるしさっさと逃げてやる、そう思ったのに。

「俺が一番、あんたのことを知ってると思ってたんだ」

ポツリと呟かれたその言葉、まんばくんにしては弱めの声で。

「最近の主は俺の知らない顔ばかりだ、でも俺が初めて見る主を、長義や加州、他のやつらは前から知ってたんだ。そう思うと見逃すのは勿体なくてな」
「はぁ……?あのさぁ……まんばくんまじでそういうとこ……」

やきもち妬いたってコト!?ほんとーーにやめてほしい、たまに見せるそういう可愛いとこキュンキュンするのでほんまにやめてほしい

「てかもう良いでしょ、そろそろ離して。見世物じゃないんですケド」
「まだ駄目だ、目を逸らすな主」
「ねぇ!ほんまに!!勘弁して!!!まんばくんのあほ!どあほ!傑作!」
「最後褒めてないか?」

逃げたい一心で後ずさってたのか、気付けば壁に追いやられていて、逃げようにも逃げれなくて。目を逸らすなと至近距離まで近付いた顔についに超えてしまったキャパは涙として溢れ出した。距離感云々はどうなったんだよ、前だってそんな正面から近かったことないじゃん。興味深そうに人の顔見ててムカつく。知らない私を知りたいって言ってくれたのは嬉しいけど、まんばくんのその気持ちは私の刀として、始まりの刀として皆が知ってるのに自分だけが知らないのが悔しいってやきもちでしかない、まんばくん自身を意識してめちゃくちゃになってるのは私ばっかり、悔しい悔しい超悔しい。

「ぅ、」
「主?」
「ゔぇ゙え゙ん゙ぢょ゙ぎ゙ぐん゙だずげでぇ゙──!゙!゙」
「!?ッ、主、それは」

「おい、山姥切国広」

地を這うような声とともに、まんばくんの背後に現れた救世主、ちょぎくんこと山姥切長義。その顔は表現に乏しい私には表現し切れない顔をしてるけど、私にとっては今この場で最も安心できる存在で。一瞬、私を見たちょぎくんの目は打って変わって優しいもので、助けを呼べて偉いと褒めてくれてる気がした。

「俺の主を泣かせたな?」

流石にやり過ぎたと思ってるのか、弁明の余地がないとわかってるのか。握っていた私の手を離して両手を上げるまんばくんに思わず笑いが漏れる。恥を晒されたことはムカつくし悔しいけど、まんばくんがやきもちでラインを超えてきたのは意外だったし、ちょっと嬉しかった、とか。絶対本刃には言わないけど。でもこれ私がまんばくんを好きだから許されてるんだからね、そこんとこ絶対わかってないあのニブチンは。取り敢えずちょぎくん宥めてまんばくんを遠征に出して本丸から数時間追い出してやる、祝装もしばらく禁止だから。



春曙