また来ます!



「ん〜……」

どこかでなにかが振動する音がする。

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
ぐっすりと熟睡していた伊智子の意識は携帯のバイブレーションで目が覚めた。

液晶画面にはメッセージの通知を示す表示。チカチカと点滅するライトに、伊智子は目を瞬かせた。
今は一体何時だろう。そう思って時計をちらりと確認すれば、朝の10時頃を差していた。

伊智子は寝ぼけ眼でスマートフォンを操作する。メッセージの送り主は政宗だった。
(ちなみにこのスマートフォンは先日政宗が買ってくれたものだ)

「政宗にいちゃん…?一体なんのようじ…?」

自分でもびっくりするくらいの寝起きのガラついた声だ。お水が一杯飲みたいなあ。

政宗からのメッセージの内容は、

「今から迎えにいく。蘭丸も一緒に送るから、15分後には出られるように用意しておくように」

とのことだった。

伊智子はしばらくじいっと画面を見つめていた、が、やがて猫のようにぐうーっと伸びをする。
すると、その動作で目が覚めたのか隣で寝ていた人物も寝ぼけた声をあげて目を覚ましたようだ。

誰だろう、蘭丸さんかな?


「…ん、起きたのか…?」


と、思いきや。隣で寝ていたのは思いもよらない人物で、伊智子は一瞬で眠気が覚めて飛び起きる。
周りの人たちを起こさないように、しかし驚きを隠さない音量で声をあげた。


「え!?李典さん!?な、なんで隣にいるんですか…!?な、なぜ!?」

「…おい、なんか嫌な予感がするんだが。変な想像してないよな?」

その言葉に反論できずにいれば、「お前のせいだろうが」と言いながらむっくりと起き上がった李典。
大きなあくびをして、浮かんだ涙を指先でぬぐいながら眠たそうに後頭部をかいた。


「…わ、私のせいですか…?」


「…お前と蘭丸、すっかり熟睡しちまってよ。まとめて担いでベッドに連れていこうかと思ったんだが、いつのまにか服の裾ぎっちり掴まれててさ。起こさないように近くで呑んでたら一緒に寝ちまっただけだから安心しろ」

そう言って自身の衣服を指差す李典。そこには見事な握りシワができていた。
伊智子は急に先ほどまでの自分の言動を恥じた。
李典さんはのんきにぐーぐー寝てしまった私を気にかけてくれていたのに、なんて失礼な勘違いをしてしまったんだ…。


「…そ、それは……大変失礼しました…!!蹴っ飛ばしてでも起こしてくださってよかったんですよ!!」

「ぶっ、んなことするわけねえだろ」

伊智子は李典が怒り出しやしないかとハラハラしていたが、当の本人は「朝から笑わすんじゃねえよ」と呆れ半分で笑顔を浮かべてくれていたのでホッとした。ひとまずセーフだ。

とりあえず、政宗からのメッセージを見るにもうそろそろこの部屋から出ないといけないらしい。
本格的に起きようと伊智子はもう一度大きなのびをした。
李典が「帰るのか?」と声をかけてきたので、伊智子はこくこくと何度か頷いた。

その様子を眠そうな目でじっと見つめていた李典は、ほんの少しさびしそうな、そしてどこか気恥ずかしそうな声色で呟いた。


「…なあ、また来いよ。道順、覚えただろ?店の奴らならいつだって遊びに来てくれていいんだからな」


「…ただし、李典さんに彼女ができるまでですよね」

伊智子がイタズラっぽく言えば、李典は一瞬不意を突かれたように驚いた。
が、すぐに昨日のことを思い出してふはっと面白そうに笑った。

「そういえばそうだった」
「ですよ」

ふふんと笑えば、李典もより目を細めて笑う。

そんな中、伊智子が急に姿勢を正し始める。
正座に座りなおす様子を李典が不思議そうに眺めていると、伊智子はおもむろに深くおじぎをした。


「李典さん。今回はさそってくれてありがとうございました」


……やめろよ恥ずかしい奴だな…。
李典はそう思ったが、今日くらい、このかわいくてちょっと憎たらしい後輩の言葉を真正面から受け止めてやろうかなと思い、自身も真似るように深々と頭を下げた。


「どーいたしまして。じゃ、俺は二度寝するから。気をつけて帰れよ」
「はい、わかりました。おやすみなさい」

そう言って、李典は背中を向けて二度寝に入る。

ゆっくり上下する大きな背中を見て、伊智子は満足げに微笑んだ。本当に楽しかった。
みんなすごく楽しそうだったし、また来週からも頑張って仕事をしようという気分にもなれた。

しかしリビングの隅にまとめられた空の瓶・缶の山と、まだ屍のように眠り込んでいる面々を見渡して、一体何人が二日酔いに苦しむことになるのだろうか、とも思ってしまったが。


「…蘭丸さん、起きて。政宗にいちゃんが迎えに来てくれます」


悪夢のような想像はひとまず置いといて、背後で規則正しい寝息を立てている蘭丸の体を静かに揺り動かす。
人形のように綺麗な寝顔はずっと見ていたい気もするが、早くしないとお迎えが来てしまう。

「んぅ…伊智子ですか…?」
「伊智子ですよー蘭丸さん起きて起きてー」

いつもキリッとしている蘭丸のフニャフニャな寝起き顔もレアだ。
この会がなかったら一生見ることなかっただろうなあ…。
普段はあまり夜更かしをしないのだろうか、起きるのがつらそうな様子を見ながら、伊智子はのんびりとそう思った。


政宗が来るまで、あと5分。







時間ぴったりに迎えにきた政宗は、部屋のドアを無遠慮に開け放ち、死屍累々を一瞥したあと「こんな部屋に長くいたらヘンなのがうつる。さっさと出て来い」と、なかなかの暴言を吐き捨てて早々に引っ込んだ。
ヘンなのってなんだ?と思いつつなんとか身支度を済ませた伊智子は、フニャフニャの蘭丸と一緒にお待たせ!と部屋を出ると、ドアの前で腕組みをしていた政宗の目の前に立つ。
すると政宗はおおきく声を吸うと、こともあろうか


「遅い!!」


と言い放つ。
モタモタしてたのは申し訳ないけど、伊智子はついつい声がうるさい!ごきんじょめいわく!と言い返したくなった。
いきなり大声を浴びせられた蘭丸もくらくらしていた。


その後政宗がコンビニで買っておいてくれたアイスティーを飲みながら三人は蘭丸の家へと向かった。
蘭丸の実家はクリニックとさほど離れていない場所にあり、インターホンを押すとすぐにドアが開いて、そして…。


「蘭丸兄さま!」
「兄さまおかえりなさいませ!」


わらわらと家から出てきたのは蘭丸にそっくりな、まるで天使のような子どもたち。
どうやら弟たちのようで、なるほど蘭丸のしっかり者成分はこの弟さんのお陰か、と一人納得する。

蘭丸は弟たちに家の中に連れて行かれ、あとからやってきたご両親にご挨拶すると、なんと「いつも息子からお話を聞いてます…」と言われてどぎまぎしてしまった。
なんかヘンなことを言われてやしないかと焦ってしまったが、つづけて「ありがとうね」と言われたのでとりあえずは大丈夫なのだろうか。

「こ、こちらこそ、いつも蘭丸さんにはお世話になっています。今回も、無理に誘ってしまっていたらゴメンなさい」
「とんでもない。秀吉さんのところの催しだし、成人した方たちがいらっしゃるって聞いてたから心配はなかったわよ…それに、私たちにその話をした時の蘭丸、とても嬉しそうだったのよ」

こちらがびっくりするくらいうきうきしてて、私たちが賛成しなかったらしばらく落ち込んでいたんじゃないかしら。
そう語る親御さんはとても嬉しそうで、その笑顔が蘭丸によく似ていて伊智子はドキッとした。

「この子は同年代の子と付き合うのが苦手みたいで心配していたんだけど…あなた達みたいなお友達がいてくれて安心したわ」
「え?…え、いえ、こちらこそ蘭丸さんがいてくれてよかったです」

少し意味深な物言いにひっかかったが、伊智子がそう返すと心から安心したような笑顔を浮かべた。


「今日はありがとうね。よければ、これからも仲良くしてやってね」


そう言って素敵なご両親は立派な邸宅の中へと消えていった。





「にいちゃん、蘭丸さんの弟さんたちすっごく可愛かったね」

蘭丸の家をあとにした伊智子は、ビルまで歩くかタクシーを拾うか聞かれたが、眠気覚まし代わりに歩いて帰ることにした。

寝起きでどことなく足取りのおぼつかない伊智子を見守る政宗は「そうじゃな」と適当な言葉を返す。
今の政宗には、天使のような蘭丸の弟たちよりも、伊智子が道端の石ころに、いや、むしろ何もないところで転びやしないかどうかのほうが重要らしい。


「蘭丸さんのお父さんもお母さんも、素敵な人だったし…ねー政宗にいちゃん」


「…ん?」


「……手…つなぎたいなー……なんて……」


「……」

伊智子の足元を見守っていた政宗の目が見開かれる。

幸せな家族を見てさみしくなったのか、ねだるような声色は珍しい。
驚いた政宗は伊智子の顔をじいっと見つめてしまう。しかも真顔で。

それを悪い方にとらえた伊智子は、ああ、やってしまったと慌てて言い直す。


「やっぱ今のウソウソ!忘れて……!!」


顔をふいとそむけながら言った伊智子の手を、政宗がぱしりと掴んだ。
結果的に自分の要求どうり手をつないだ状況になり、伊智子は嬉しいやら恥ずかしいやらで赤面する。

(私、もう小さい子どもじゃないのに…何言ってんだろ)

「行くぞ」

「あ、う、うん」

政宗がそう言ってずんずんと歩いていくのを、伊智子はコンパスの差を感じながら一生懸命ついていく。
そのうち、伊智子が早歩きになっていることに気付いた政宗はようやく歩幅を小さくしてくれた。

ふいに政宗がぽつりとつぶやく。


「…伊智子」

「な、なに…?」


「このようにしていると、昔を思い出すな」


「……!」

目を合わせないのは照れ隠しだろうか。
政宗は前方を見ているばかりで伊智子のほうを全然見てくれない。
しかし握られた手にはギュッと力を込められて。
そんな不器用な優しさに伊智子は胸がギュッとしめつけられる気持ちで、心の底から嬉しくなった。


「うん…ありがと、政宗にいちゃん!」


二度と昔には戻れないけれど。
戻ってこない人たちもいるけれど。

目の前にいるこの人は、紛れもないその人自身で。

今この瞬間、手をつないで一緒の家に帰られるのが嬉しい。


今にもスキップをしそうなくらい上機嫌になった伊智子のつむじをを見つめて、政宗は柄にもなく声をあげて笑う。
半ば無理やり迎えに来た政宗だったが、やはり小十郎の制止をふりきってでも来て良かったな、と思った。








「おかえりなさいませ伊智子様、政宗様。
さあ政宗様、政宗様が尻尾を巻いてお逃げになられたお陰でやらなければいけないことが山ほどございます。
ご無礼ながら、今度は小十郎の言うことを聞いていただきますよ」

「し、尻尾など巻いておらぬわ!わかったから襟を引っ張るでない!伊智子、今日はゆっくり休めよ!」

「うわ…ただいま…そしてさようなら…」

その後二人は無事にビルに戻った。

が、玄関で待ち伏せていた小十郎に、政宗は首根っこを引っ張られて階段のむこうへ消えていった…。
今度は一体なにがあったのやら…。想像するのも恐ろしい。


「…あ」

伊智子も部屋へ戻ろうとホールを横切ったところで三成と鉢合わせた。
テーブルをひとつ陣取ってなにやら小難しい顔をしている。

「石田さん!おつかれさまです。ただいま戻りましたよ」
「伊智子か。ああ、おかえり」

今日は日曜日だから少しラフな格好で。しかし手に持っているのは仕事の書類だろうか。
この人に休日はあるのか疑問だが、以前清正と正則の三人で休日の話をしていたから休む日は休んでいるのだろう…多分。
あの二人といて休めるのか、というのは謎だけれど。

「石田さん…今日もお仕事ですか?」
「いや、書類の確認をしていただけだ。ところで…あいつらはひどい飲みっぷりだっただろう」

書類から顔をあげた三成が苦々しげに呟く。伊智子は否定できずに乾いた笑いを返した。

「ハハ…そですね。明日仕事の人、大丈夫かちょっと心配です」
「知らん。きちんと仕事ができぬ者は酒を飲む資格などないのだよ」
「まあそうですね…」

ふん、と鼻を鳴らした三成は再び書類に目を戻した。
いや本当に、あの死にっぷりはしばらく忘れられないくらいの惨状で。
特に酒に酔いやすい景虎なんかは大事をとって休みをもらったほうがいいんじゃないかと思った。


「じゃ、じゃあ私部屋に戻――」

「ああ、殿、伊智子さん。いいところで会いましたね。ちょいとグループメッセージ見てみてくださいよ」

いつまでもここにいても三成の仕事の邪魔になる。
そう思った伊智子は、自室へ戻ろうと体を半分ひねったところだった。
左近の大きなシルエットが近づいてきて、開口一番不思議なことを言い出した。

「え?」
「…左近。いきなりなんなのだよ。今でなければ駄目なのか」
「まあ、俺は今見た方が良いと思いますがね」

左近にそう言われてしまうと、特に興味のないこともなんだか興味がわいてくる。
左近が言っているのは、従業員全体で連絡網のように使用しているメッセージアプリのことだ。
伊智子と三成は同じようなタイミングでスマホを取り出して、アプリを起動し、いくつかタップしたところで二人の反応は大きく分かれた。


「えっと…グループメッ………ギャアアッ!!!なんですかこの写真!!いいいいいつ撮ったんですか!?」

「やかましい!伊智子。いきなり叫ぶな」
「おや伊智子さん大丈夫ですか?ははは、すごい驚きようだ」

驚きのあまり床に尻もちをついた伊智子を、左近がやれやれと笑いながら引っ張り揚げてくれる。
その間も伊智子は信じられないというような表情でスマホ画面を見つめていた。



「だだだだだってこれ私よだれたらしてるし目も半開きっぽくないですか!?ていうか、蘭丸さんは寝てる間にもどうしてこんなに完璧なんですか…?神様は不公平です……」



グループメッセージのページに投稿されていたのは、なんと自分と蘭丸の寝顔写真。
あられもない顔で眠りこけている自分の顔がでかでかと写っている。
投稿者の李典が撮った写真で間違いないだろう。近くでお酒を飲んでいたというし、酔ったテンションで撮ったに違いない…。

それにしても、完全に寝ている自分の顔は見るに耐えない。
ていうか、初めて見たけど本当にひどい。なんか汚い。
対して蘭丸はまるでビスクドールが眠っているかのような異次元の美しさ。

その対比が残酷すぎて、この画像を今すぐこの世から消して欲しいけど、一度投稿された以上難しいのかもしれない…。
ますます絶望した伊智子は、震える手でスマホを抱き締め、はぁぁと大きなため息をついた。


「はっはっは、安心してくださいよ、十分可愛らしいですから。ね、殿」

「………まあ、犬のようではあるな」
「ひどい!!!!!!」


それもこれも李典さんのせいだ!李典さんのばかー!
と誰もいない方向を向いて叫ぶ伊智子を尻目に、三成がじっと画像を見つめているのを左近は当然、見逃さなかった。





…後日談…

その後、伊智子と蘭丸の寝顔に李典が追加された写真もグループメッセージ内に投稿された。

「李典さん…まつ毛長すぎじゃないですか!?う、羨ましい!ずるい!羨ましいー!」
「俺に文句言うな、俺の親に言え!ていうかこれ撮ったの誰だ!勝手に投稿するんじゃねえ!」
「はあ!?李典さん人のこと言えないでしょう!!」

スマホの画面を見ながら騒いでいる二人を、周りの人間は微笑ましげに見守っていた。
蘭丸はこっそりと写真を二枚とも保存していたそうな。
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