何読んでるの?隆景さん


その日伊智子が休憩所に入ると、医師の小早川隆景が一生懸命何かを読んでいた。

なかなかの厚みのある紙の束は一見仕事の書類かなと思ったが、最近あんな大量の書類は回されていないはずだ。

あまりにも熱心に読んでいるものだから、なんとなく気になってしまう。
机にお茶を置いたタイミングで隆景がこちらに気づいたので「何読んでるんですか?」と聞いてみた。
すると隆景は、お茶のお礼をすると同時に嬉しそうに笑って

「父上の書いた小説です」

と言った。なるほど書類の束に見えていたのは原稿用紙だったみたいだ。

隆景の言う父上というのはこのクリニックで事務長として働く毛利元就のことで、文章をしたためるのが趣味の人だ。
元就の書く文章はだいぶ読む人を選ぶらしく、特にその圧倒的な文字量は隆景のような活字中毒者にとってはたまらないそうな。

いつだったか隆景が、元就の書いた本を武器がわりにしていたことを思い出す。


「元就さんの新作ですか?相変わらずすごい量ですね。厚みが…」
「ええ。最近新しい分野に挑戦しているとかで、書きかけのものをお借りして読んでいたところなのです」
「あ、書きかけ……。へ、へえ………すごいですね…あはは…」


既に小説一冊分ほどの厚みのある原稿用紙の束を愛しそうに撫でながら言う隆景に、伊智子は愛想笑いを返すしかなかった。


「元就さん、ふだんは歴史もの書いてるんでしたっけ」
「ええ」

隆景はいったん原稿用紙を机に戻し、お茶を一口飲んだ。

「新しい分野に挑戦ってさっき言ってましたけど…、今回はどんな本なんですか?」



「官能小説です」



「かっ!?」


曇りのない、まっすぐな隆景の目が伊智子の目をしっかりを見つめている。
真剣なまなざしとともにとんでもないことを言われ、伊智子は数秒思考が停止した。


かんのう?
か、かんのうって……かんのう!?


「か、官能小説って…大人の読み物のやつですか!?」
「そうですね。成人向けの、性的興奮に訴えかけるような性交が主題のものですね」

「あ、わ、わかりました……もういいです……」


一見すれば少女のような可愛らしい見た目の隆景の口からは想像できない言葉がぺらぺらと飛び出してきて、伊智子はつい耳をふさぎたくなる。
段々と声の小さくなっていく伊智子を見て隆景もようやく気付いたらしく、白い頬を真っ赤に染めて慌て出した。


「あ、も、申し訳ありません。女性にするような話ではありませんね。つい、本のこととなると気が回らなくて…」

「い、いえいえ。私が勝手に気にしてるだけだし…私から聞いたことなので隆景さんが謝ることは何もありませんよ…」

「伊智子殿…申し訳ありません…」


ああ、隆景さんに気を使わせるくらいなら、自分から首を突っ込まなければ良かった…どうしよう。
伊智子が困って目を泳がせていると、奥の出入り口からとある人物がやってきた。


「こんにちは。邪魔するよ」


「父上」
「も、元就さん…」


なんだか気まずい雰囲気になっているところへ、元凶の元就がのんびりとやってきた。
元就は「やあ伊智子」と片手を軽く上げて挨拶し、そのあと隆景に向き合った。

「隆景。どうだった、今回の作品は」

いけそうかな。なんて期待の色を含んだ元就とは裏腹に、若者二人の表情は微妙だ。
もちろん元就が言っているのは、隆景が先ほどまで食い入るように読み込んでいた小説のことだ。
執筆途中なこともあり、感想を聞きに事務室を抜け出して来たらしい。


「ええ、はい…。そうですね…ええと…」


隆景は机の上に乗せた原稿用紙の束を持ち直す。元就がにこにこして正面のソファに座った。
それと入れ違うように、伊智子は隆景の湯のみを持って席を立つ。


「…いつものように、とても読み応えがあって素晴らしかったです」

「そうか……他には?」


普段なら喰い気味に父上の書かれるものは全て最高です、と目をきらきらさせて言う隆景だが、今日は歯切れが悪い。
そのことを不思議に思ったのか、元就も首をかしげて催促した。


「え、ええと…」


我慢ができなくなった隆景は、気まずそうに元就から奥の人物へと視線を移した。

「また、別の機会にお話します…」
「…あ…」

そこで元就も気付いたようだ。
こっそりシンクで新しくお茶を入れなおしていた伊智子は、二人分の視線を感じて振り向いた。



「…あ…いや、私のことは、お気になさらず…」



伊智子の存在を視界にとらえた元就はがっくりとうなだれて、やってしまった…と言うように後頭部をかいた。


「伊智子…すまない…つい、いつもの調子で…」

「大丈夫ですよ…。元就さん、新しい分野に挑戦したんですもんね。反応は気になりますよね…」

ははは。と乾いた笑いでそう言うと、元就はピシリと表情を固め、隆景に向き直った。

「参ったな。隆景、どこまで話したんだい」

「申し訳ありません、父上…。大体お話しました…」


気まずそうにしながらも、隆景は原稿用紙を胸にぎゅっと抱えて離さない。
それを見て色々察してしまい、早く二人っきりにさせてあげようと思った伊智子だった。





おわり
同人誌即売会とかにでてそうな元就パパと売り子してそうな隆景ができあがりました
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