美味しい食事
「私はねねって言うんだけど。あなたの名前は?」
おおきな唐揚げに、あたたかいおみそ汁。つやつやのご飯とサンマの塩焼き、しゃきしゃきの大根サラダ。
ひっっっっっさしぶりのまともな食事に喉がなり、勢いよく掻っ込んだ。
ねねさんは、そんな私をしばらく眺めていたんだけど、不意にそんな質問をしてきた。
私は口の中に入っていたものをおみそ汁で流し込んで、一息ついてから答えた。
「伊智子です。」
「伊智子か。うん、伊智子、かわいい名前だね。・・・ちなみに、年齢はいくつだい?」
私はぎくりとした。ねねさんが小さく、「成人しているようには見えないけどねぇ」と言った。その通りです。
「・・・18です・・・」
「・・・そっか。親御さんは、どうしてる?もしかして、家出してきたのかい?」
当たらずとも遠からずである。もっとも私の場合、待ってるひとがいなく、必要に迫られてやむなく、といった形だったのだけれど。
私はふるふると頭を振って自分のことを話した。
自分の存在のこと。
境遇のこと。
その後どうして生きてきたか。
どうしてあそこで倒れていたか。
これからどうすべきか、なにもわからないこと。
たまに考え込んでなかなかスムーズに話のできない私だったが、ねねさんは辛抱強くゆっくり聞いてくれていた。
「・・これ、証明になるかどうか分からないけど、高校の時の学生証です。怪しい者じゃないんです、決して・・・」
「そんなこと疑っちゃいないよ。安心して。でも・・・そうか。天涯孤独・・・ねぇ・・・」
ねねさんは学生証を私に返しながら笑った。困ったような笑顔だった。
「大変だったね、伊智子」
そう言って頭を撫でてくれるので、一瞬お母さんが蘇ったのかと思って、視界がじんわりとした。
あわててこらえたが、今何か言葉を発したら泣いてしまう自信があったので、ただひたすらに頷いた。ねねさんはずっと笑っていてくれた。
新品であるであろう、女性用の下着と寝間着。もちろん、ねねさんにお借りした物である。
「・・・ホントに止まってっていいのかな。」
浴室の前で右往左往する伊智子は、意を決して扉を開いた。
あの後、とりあえず今日のところは泊まっていきなよと言われ、さすがにそれは悪いですと断ったが、断るととても悲しそうな顔をするので思わず顔を縦に振ってしまっていた。
ありがたいことは、非常にありがたいのだが。
出会って間もない赤の他人に、ここまでするか!?フツー!!
伊智子は乳白色の湯船のゆっくり浸かり、久しぶりのお風呂を満喫していた。
・・・そういえば何日もお風呂に入ってなかったな。雨には打たれていたけどさ。
それって・・・逆にクサいよね。雨に当たった方が。
・・・そうか・・・、ねねさんは、私があまりにもクサいから一緒にご飯食べる気にならなかったんだ・・・申し訳ない・・・。
そんなことを思いながら、ちょっと大きめの下着を身につけ、ねねの元に戻るのであった。
「悪いけど、今日のところはここで寝てくれるかい?ごめんね、まともな部屋が空いてなくってさあ・・・」
「い、いいえ!十分すぎます!というより、寝床が屋内ってだけで御の字です」
「あはは、何言ってんだい!それじゃ、なにかあったら大声で叫ぶんだよ。おやすみ、伊智子」
大声って。
ねねさんはひらひらと手を振って扉を閉めた。
さっきまでいた診察室の、診察台じゃない、患者用のベッドが今日の寝床だ。コンクリートから一気に出世したな、私。
清潔そうなシーツに顔を埋める。んんー、良いにおいがする。
「・・・それにしても、ここって何なんだろ。病院かな、やっぱり」
さっき、ねねさんも怖い人も「店」って言ってたから、・・・病院ではなくて、・・なにかの・・店?
微妙に人の気配はする。
いろんな人が、入ったり出たり、どたばたする音がするけれど、それはいわゆる生活音という音ではなくて・・・言うなれば・・・
「お客さんと店員さんの物音・・・それも、けっこう近い感じの」
伊智子は布団を引っ張って体にかけた。さらさらな感触が気持ちいい。
「ぶっちゃけホストクラブとかキャバクラみたいな雰囲気がする。どっちも行ったことないけど」
と、独り言をこぼして、ぱったりと眠りについた。
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