誰にだってプライドはある


鐘会に真正面から向き合うその姿は、ミスを嘆き、与えられた罰に鬱々としていた先ほどまでとは別人ではないか、と思うくらいたのもしい表情だった。

そんな夏候覇の言葉に、鐘会も納得したのかしてないのか、

「…勝手にすれば」

と小さく吐き捨てていた。「どんくさい」と言われたことには気づいてないのかスルーしていた。


「ああ。勝手にさせてもらうよ」

夏候覇は、少し怒ったふうな顔をしてそう言った。


『カラーン コローン…』


そんな時、12時を知らせる鐘が鳴った。
朝礼の時間だ。はやくホールへ向かわなければ。

しかし、何故か鐘会と夏候覇は未だににらみ合っている。
間に挟まれた伊智子は二人の顔を交互に見合いながらどうすればいいか迷っていると…



「鐘会…と、夏候覇と伊智子か?どうしたのだ、三人とも、こんなところで」



上の階にある事務室から呂蒙がやってきた。

先ほどの鐘を聞き、事務員たちもホールに向かうために降りてきたのだろう。

呂蒙の後ろから残りの事務員も降りてくる声がする。


「うあ〜、もう、ぴったり12時に朝礼ってなんかやる気でないよねえ〜…」

「まあまあ、ねね殿の食事でも楽しみにしていようじゃないか」


半兵衛と元就だ。腹の中で何を考えているのか分からないあの二人に、この光景を見られたらどう思われるか想像するだけでも怖い。
鐘会と夏候覇もそう思ったのか、一際強くにらみ合うと、


「ふん!」「ふんっ!」


と、鼻を鳴らし合ってから離れた。そのままドスドスとホールへ歩いていってしまった。
そんな二人を間近で見ていた呂蒙は「喧嘩か、元気がいいな」と笑って二人の背中を追う。


「…仲が悪いんだか、良いんだか…」

「損な性格してるよねえ。鐘会って」

「うわっ!!は、半兵衛さん!?」


二人の後姿をボケッと見ていると、いつの間にか背後にぴったりくっついていたらしい半兵衛が急にそう言った。

いきなり聞こえた声に思いっきり驚いていると、半兵衛は「あはは、伊智子変な顔」と無邪気に笑っていた。
笑われたことが急に恥ずかしくなり、伊智子は顔をポッと赤くしながら軽く咳払いをした。

「…鐘会さんが損な性格ってどういうことです?」

「…ん〜?」

「もったいぶってないで教えてくださいよっ」


「負けず嫌いの僕ちゃんは皆に心配をかけたくなかったんだよ。いじらしいねえ」


意味ありげにニヤッと笑った半兵衛はそれしか教えてくれなかった。
鼻歌を歌いながら階段を降りていく小さな背中を見つめていると、後ろから元就がやってきて、伊智子の頭を優しくなでてくれた。


「やあ伊智子。納得いかないって顔してるね」

「……元就さん」

相変わらずぼんやりとした優しい顔と声。大きくて暖かい手で優しく頭をなでられると、なんだか眠たくなってしまいそう。
そんな伊智子に、元就は耳打ちするように小声で話しかけてきた。

「……さっき鐘会が事務室に来て、自分の売上げのことを気にしていたんだよ」

「…ただ単に自分のすごさを知りたかっただけなんじゃないですか」

半兵衛が鐘会のことを良く言ったことがなんだか腑に落ちなくて、ちょっと意地悪な気持ちを込めて言ったら元就が「こらこら」と言って笑った。

「まあ…それもあるだろうね。でも決してそれだけではないんだ」

「…え?」

「それを聞いてなお、自分のお客のこと、傷のことは我慢しないといけないと思ったらしい――そんなに気負うことなんてないのにね」

うちには歴戦の武将たちがたくさんいるんだから、少しくらい肩の力ぬいて、それなりにやればいいのに。
元就は優しい瞳をしていた。


「夏候覇が啖呵きってくれて助かったよ。やはりこういうときは若いもの同士じゃないとねえ。あはは」



元就は未だに伊智子の頭をなでながらのんきに笑ってそう言った。


元就の笑い声を聞きながら、伊智子は鐘会の認識を少し改めなければいけないのかもしれない…と心のすみっこで少し思った。

…それはそうと。

「…元就さん」
「ん?なんだい、伊智子」

「…撫で過ぎです!頭ぼさぼさになったじゃないですかっ!」

そう言う伊智子の頭は、長時間元就になでられ続けたせいでぐちゃぐちゃになってしまっていた。
どれくらいかと言うと、三成に見つかれば問答無用で頭をはたかれるレベルだ。
伊智子の言葉を聞いた元就は、しらばっくれたようにキョトン顔だ。

「え?…あぁ、本当だ。頭がぼさぼさでも可愛いよ、伊智子」

そう言って手は止めない。伊智子のやわらかい髪の毛がどんどん鳥の巣になっていく…

「元就さん!!もー!やめて!」

伊智子は悲鳴にも似た声をあげて怒った。

「あっはっは。ごめんごめん。可愛いなあ」

親のように(もしかしたらおじいちゃんかも)可愛い可愛いと言われて恥ずかしいような、嫌なような、嬉しいような。

ぷりぷり怒りながら元就の手をはたき落とし、髪の毛をなでつける伊智子を、元就は愛しそうに見つめ、笑っていた。

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