甘やかし
水気もあらかたふき取れたところで、伊智子は自室へと歩いていた。
床も水浸しだったが、関平、関索が「自分たちが拭いておくから」と言ってくれたのでお言葉に甘えた。
関興はのんきに手をふって伊智子を見送ってくれていた。
(後ろで「関興!」「兄上!」と言う声が聞こえたが、伊智子は聞こえないふりをしてしまった)
ぴったりと肌に貼りついた服が気持ち悪い。早くお風呂にはいらなきゃと思い、かけ足で階段をかけ上る。
お目当ての階にたどりつき、廊下を歩いていると、ある一室の前で二人の人物が立ち話をしていた。
こんな格好だから人と会いたくなかったが、無視するわけにもいかないので通りすがりざまに挨拶をする。
すると、視線をこちらに向けた二人が一瞬で表情を固まらせ、片方は厳しい表情、もう片方は軽く笑って声をかけてきた。
「おや伊智子さん、どうしたんです。水も滴るいい女ってやつですね」
「…また貴様は。もうすぐ外来受付が始まるぞ」
そこにいたのは三成と、三成の補佐役を中心とした業務を行っている黒服、島左近だった。
大きなため息をつく三成と、笑いながら冗談を言う左近。
「す、すみません…何故か関興さんが外でびしょびしょになってて…」
「それで貴様も濡れてきたのか。二人そろって水遊びとはな」
「うう…」
できれば石田さんにだけは顔を合わせたくなかった。としょんぼりしていると、左近が近くに寄ってきて、持っていたタオルをやさしく奪われる。
「まあまあ。殿があんな調子でいつもすみませんね、左近が代わりに甘やかしてあげましょう」
そういいながら、先ほど関索にめいっぱい拭かれた頭をまた拭かれてしまった。
そんなにびちゃびちゃだったかな?と思いつつ大人しく頭を預ける。
それに黙っていられないのが「殿」だった。
「左近!あまり甘やかすな」
「ははは。殿と違って可愛いもんですから、つい」
「おい」
「殿もいいところがありますよ、顔が綺麗なところとか」
言わなくていいことを言った左近を三成はどついた。
謎にかわいさで比べられた伊智子は(まあ、可愛い石田さんは想像できないけどね…)と心の中で呟いた。
「全く…どいつもこいつも。おい伊智子、夏候覇の手伝いは滞りなく済んだのか?」
「あ…ハイ。でも私、ヘタクソで…。趙雲さんにも手伝ってもらってしまいました」
おまけに飴ももらいました。
手伝いにてこずったことを聞くと、三成は呆れたような声を出した。
「…手を出さないほうが良かったんじゃないのか?趙雲にまで無駄な仕事を増やして」
「う…」
正論なだけに何も言い返せない。
唯一、伊智子の味方をしてくれる左近だけが「まあまあ」と声をかけた。
「夏候覇さんはその気持ちが嬉しかったと思いますよ」
「そ…そうですかね…」
「そうですよ。若いのに気遣いのよくできた娘さんだ」
「……」
左近はとても優しい。
きびしい三成が隣にいるからそういってくれるだけで、きっと左近も本心では伊智子に何か思うところがあるはず。
それでも、三成と二人でいる時は決まって伊智子の味方をしてくれる。
仕事でほんの少しやらかしてしまったときも、こっそり尻拭いをしてくれたときがあった。
「殿には内緒にしておきますよ」とも言ってくれた。まあ、大体後日バレてはたかれるのだけど…。
それでも、伊智子は左近の優しさに常日頃から救われていた。
しばらくタオルで頭を拭いていた左近は、最後のシメとして一層強い力で頭を拭いて、うん、と満足気に頷いた。
「…よし!一旦部屋に戻って、しっかり風呂に入って来るといいですよ。服もちゃーんと、全て替えるんですよ」
「……はい、ありがとうございます、わかりました」
関索、左近の二人に拭いてもらった髪の毛はわずかな湿り気を残すだけとなっていた。
大きな手のひらでわしわしと頭をなでられ、左近からタオルを受け取りながら伊智子は素直にお礼を言う。
そろそろ部屋に戻ってお風呂に入らないと。
「…風邪に気をつけろよ、伊智子」
「はい、気をつけます」
三成も控えめに声をかけてくれる。
伊智子は微笑み、一礼してから早足で部屋へと向かった。
伊智子の背中が見えなくなった頃。左近は廊下のむこうに視線を向けながら、三成に対して話しかける。
「ああいう性格だからこそ、みんなあれこれと世話を焼きたがるんでしょうね」
かたくなまでに言葉が足りず、他人の手を借りようとしない三成とは大違いだ。
左近の言葉には、そんな思惑が含まれていた。
「……なにが言いたい」
聡く、自身の性格を自覚している三成は、勿論左近の言葉に含まれている意味を理解し、じろりと睨む。
「いーい拾いものをしましたね、殿」
三成の言葉には答えず、左近は喰えない顔をしてニヤッと笑って三成を見た。
その視線から逃げるように、三成は目をそらす。
「…もっと仕事ができるようにならんと、話にならんな」
「素直じゃないんですから」
左近は壁によりかかり、腕を組んでそう言った。三成は居心地が悪そうに扇子をパンと鳴らした。
伊智子の素直さの少しでも三成にあればな、と少し思ったが…それを想像すると少し、いや、大分笑えた。
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