ずっとそばにいて
…ぱちりと左目を開けた政宗は伊智子の顔を見て、口を開いた。
「東京に戻ってから…お前の住む団地にも行った。学校から帰ってくる姿を見た。」
「えっ!」
伊智子は素直に驚きの声を出した。まさか、政宗にいちゃんが引越し以来、うちに来ていたなんて。
全く知らなかった。親は会ったのだろうか?なぜ自分には会ってくれなかったのだろうか…。
政宗は照れたような顔をして、でも、と続けた。
「でも…声がかけられなかった。儂は変わり果てた」
そうして、眼帯の装着された右目をそっと手で覆った。
伊智子はなにも言えず、ただ力なく首を横に振るだけだった。
「お前の記憶の中の儂が、どのような人物だったかも忘れかけていた。今更会って幻滅させるくらいなら…と、会わずに去った」
政宗は悲痛な声で言う。
政宗は、伊智子のことを嫌いになんてなっていなかった。
伊智子のことを忘れてなんかいなかった。
ただ、会わない間に色々なことが起こりすぎてしまっただけだった。
政宗が想像している「伊智子の記憶の中の政宗」とは…おそらく、欠点なんてひとつもない、容姿も経歴も学歴も申し分なく、人に自慢できるような…完璧な人間。
確かに伊智子にとって政宗は、理想をそのまま絵にかいたような人間であることに間違いは無い。
それを本人に言えば、「そのようなことはない」「買いかぶるな」と否定するだろうか。
でも、それでも…
「政宗にいちゃん…」
伊智子はぎゅっと抱きついた。
「政宗にいちゃんは、ずっと変わらないよ。優しくて、私の大好きな政宗にいちゃんのまま」
「伊智子…」
政宗は政宗のままで、それだけで十分だった。
見た目や中身が変わっていくのは、時がたてば誰もがなること。
伊智子は子供の頃、政宗のことが本当に大好きだった。本当に、心から大好きだった。
その政宗が大人になってからも、こうして抱きしめてくれる。頭をなでてくれる。
同じ会社で働ける。毎日会える。「伊智子」と名前を呼んでくれる…。
…それだけで十分だった。
「…政宗様は上京してすぐ、このクリニックに就職されたのです」
ここが開業して少しした頃だったそうで、駅をふらふらしていたとき秀吉社長にスカウトされたらしい。
やりたいこともなかったうえ、条件も願っても無い程良かったためにその話に二つ返事で了承した政宗はそのまま就職した。
初見の客はまず眼帯にびっくりするが、あまり口数が多いほうではないにしろやはり隠し切れない優しさはわかるらしい。初期から足しげく通う客が後を絶たないらしい。
…政宗のことばかり語っているが、当の小十郎といえば。
「政宗様がここに就職したと聞いてすぐ、私も大学を中退し、こちらに雇って頂きました。」
「ええ!?」
「政宗様の進む道が私の進む道ですから」
小十郎は迷いの無い目でそう言った。眼鏡にだってひとつの曇りも無い。うん、今日も光ってる、眼鏡。
「小十郎さんは…どうして政宗にいちゃんについていこうと思ったのですか?」
ぽつ、と聞いた。
すると、政宗もその質問の答えは気になるようで興味深そうに小十郎を見つめていた。
なんだか似たような表情をしてこちらを見る4つの瞳に少々居心地悪そうにしながらも、小十郎は応える。
「はじめは…自責の念が全てです」
政宗の目がスッと細められた。
「…ですが。共に生きるうち、その認識も変わっていきました」
「…申してみよ」
「…ご無礼ながら。申し上げます。政宗様は言動も、性格も、何もかも未熟ですので。政宗様がいつか遠い未来、歴史に名を残すようなご立派な方にご成長されるまで、小十郎もおそばで世話を焼き続けてやろうと思いまして」
そういう小十郎さんはまっすぐ政宗にいちゃんを見つめている。
未熟と言われた政宗は、面白そうに喉の奥でくつくつと笑った。
そして、二人で目を合わせてニヤッと笑った。
「ふ…ならば小十郎、望み通り世話をかけ続けてやる。独眼竜政宗の人生、生半可な覚悟ではついて来れぬぞ」
「はっ……ありがたきお言葉に御座います…」
小十郎は感激したようにその場で頭を下げた。
小十郎は宣言どおり、ずっと政宗の人生にかかわり続けるだろう。
その「歴史に名を残すような立派な人物」となったとしても、竜の隣は誰にも譲らないだろう。
政宗が、もう良いと言うその日まで。そんな日は、一生こないような気がするが。
「…政宗にいちゃん。私…ここにいてもいい?」
「何を今更。…伊智子」
政宗はぎゅっと伊智子の体を抱きしめた。
「儂のそばにいろ。儂は…お前の兄じゃ。妹をそばで守ってやらねば、誰が守るというのじゃ」
「…うん…ありがとう…政宗にいちゃん」
伊智子はもう一度涙を流した。
大好きな政宗にいちゃんは、やっぱり…小学生の時からちっとも変わっていなかった。
懐かしい香りをいっぱい吸い込んで、そのうち安心しきって眠ってしまった。
政宗が愛おしそうに伊智子の髪をなでた。
その優しい視線を見て、小十郎もかすかに微笑んでいた。
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