お出迎えもできます




「では、本日はこれにて解散」
「お疲れっしたー!」

本日も滞りなく、無事にクリニックMOの業務が終了した。

クリニックMOにアルバイトとして働く大学2年生の李典は先ほどからソワソワとスマホを取り出しては時間を確認してポケットにしまう、数秒したらまたスマホを取り出して――ということを何回も繰り返していた。



(もう1時過ぎか……今からタクシーで帰っても1時半近くになっちまうな…あいつらちゃんと起きてるかな……)



伊智子をはじめ、張苞や景勝たちはもう家に行ってるはずだ。

今日は朝イチから授業だったし、そのまますぐバイトに来たから体はへとへとなはずなのに、これからの飲み会のことを考えると頭が興奮して仕方ない感じがした。

蘭丸には釘を刺されたが、あの面子が集まってまず飲まないわけがない。
むしろ今日飲まないでいつ飲むんだ。バイトにくる途中二日酔い防止ドリンクを買った。準備は万端だ。


今日はとことん、気の合う仲間たちとくだらない話をして馬鹿みたいに飲んで、張苞の作るプロ並の料理をたらふく喰って夕方まで泥のように寝る!


それに今回は伊智子も蘭丸もいる。
あいつらとは、仕事以外でたくさん話してみたかったんだ。李典は意図せずに口元がゆるんでしまうのを抑えられない。

アルバイト組、つまり学生組の集まりはしょっちゅう開催していたが、李典はいつもと違う参加者達に楽しみを隠せずにいた。


「李典殿。お待たせしました、では参りましょうか」


そこへ楽進が鞄を片手にやってきた。
タクシーを呼んでくれていたみたいで、今しがた到着の連絡がきたため一緒に外に出ようと促される。

普段から二人は家の方向が同じなため同じタクシーに乗って帰るのだが、今日は降りる場所が李典の家で一緒なのだ。
李典は楽進の姿を確認すると、再び取り出していたスマホをポケットにしまってニカッと笑う。


「楽進。他の奴らは?」
「私たちのすぐあとから来るそうです」
「そっか。じゃ、お疲れっしたー」
「お疲れ様でした!」


伊智子らが待っている自宅に急ぐべく、李典と楽進はホールに残っている人たちに声をかけてビルをあとにした。

ハザードをつけながら待っていたタクシーに二人は早足になって乗り込み、李典が行き先を告げるとタクシーはゆっくりと動き出した。



「張苞殿や伊智子殿たちは、もう既にいらっしゃるのですよね?」
「あー、うん。張苞に鍵渡してあっから、準備してくれてると思うぜ。あーあ、疲れた」

疲れた体をシートに埋める。
そうやって目を閉じていると、忘れかけていた睡魔がやってくるようだ。
その様子を見ていた楽進はクスッと笑った。


「お疲れ様です。朝から授業のある日のバイトは大変ですよね」
「まーな、お前もお疲れ……ふあ、やべー久々に眠いぜ」
「李典殿、寝てはいけません。伊智子殿たちが待っていますよ」

「寝ねえっつうの。…しかし伊智子はともかく、蘭丸が来てくれるとは思わなかったな」


半分寝かけた頭でつぶやくと、隣の楽進は少しだけ沈黙したあと、静かに言った。

「…これは私の想像なのですが。きっと蘭丸殿は伊智子殿がいなければ、例え誘ったとしても来て下さらなかったと思います。伊智子殿が我々と蘭丸殿の…なんというか、パイプ役のような役割をしてくださったのだと思いますよ。彼は一番若くて、業務も違うし…なんとなく壁がありましたから」


「……だな」

それからは李典も楽進もなにもしゃべらなかった。

タクシーはそのうち、まだ明るさを失わない歓楽街を抜けて、静かな住宅街へと走っていく。

一般的に深夜と呼ばれるこの時間。街中やクリニックのある歓楽街はともかく住宅街はとても静かだ。
領収書を受け取ってタクシーから降りた二人はさて、と李典の部屋へ続く階段を登っていった。
扉の前に立つと、微かに人の声が聞こえる気がするし、なんだかうまそうな匂いもしてきた。
後ろで楽進がグーと腹を鳴らしたから、李典の腹もつられて鳴りそうだった。

疲れた体に鞭打って、鞄の中に手をつっこんでしばらくガサガサした後に李典ははた。と思い出したように

「…あ。そういや張苞に鍵渡してあったの忘れてた」

と呟いてノブを回した。


ガチャッ


「あれ?」


――が、ドアが開かない。
ガチャガチャと動かしてもドアはびくともしない

「鍵が閉まっているようですね」
「なんでだよ!男だらけなくせに……中に人がいるなら別にいいじゃねえか―――うおっ!!!」

そう言ってインターフォンに指を近づけたその時、勢いよくドアが開いたので李典は危うく鼻を打ち付けそうになった。
すんでのところで激突をさけた李典は、ドキドキする心臓を抑えながら前を向いた。そこには――



「あ、おかえりなさい!李典さん、楽進さん」




ドアあけるの遅くなってごめんなさい。
もうご飯たくさん出来上がってますよ。お疲れ様です。

そう続けた伊智子の顔は逆光で見えにくいが、二人を出迎えてくれたその顔は穏やかに微笑んでいた。
後ろで楽進が「伊智子殿」と嬉しそうに呟いたから、伊智子はますます笑顔を濃くしていた。


「…伊智子…」


李典は一人暮らしだから、普段誰かの出迎えを受けることはない。
まるで伊智子が本当の妹のようで嬉しくなったけれど、それよりも頭に浮かんだ言葉を口にせずにはいられなかった。





「…主人の帰りを待つ子犬?」




「こら、李典殿」
「誰が犬ですかっ!!!」


案の定一瞬でぷりぷり怒り出した伊智子の頭を、李典はぐちゃぐちゃにかき混ぜながら楽しそうに笑っていた。



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