蟻地獄という生物をご存知だろうか。砂地などの場所にすり鉢状の巣を掘る生物で、その巣穴の中に潜み、アリが足を踏み入れると砂は崩れ出し、落ちて来たアリを捕食する。その砂で出来た巣は崩れないぎりぎりの角度に作られているとの事。そしてその角度にも工学的に名前があるらしい。










「計算高いな」


「何を言ってるんですか?銀さん」


「え?あー朝ね、NKHでね、蟻地獄って生き物の特集をやってたワケよ。あいつ頭良いし、案外可愛いの。…つーか、ぱっつあん。アレどーしちゃったの?」


俺が目線を向けた方向には皆んなの前でド派手にお叱りを受けている彼女の姿があった。


「あー、アレですか。かれこれもう5分位ガミガミ言われてますよ。ミスっちゃったらしいです。でも、相手方も全然怒ってないみたいですけど、今日は部長の機嫌が悪かったみたいです」


彼女はただ言われるがままだ。終わりそうにない説教を止めるべきか。


「ちょっくら行ってくるわ」


「はいはい、早く戻ってきて下さいよ」


ぱっつあんは俺の行動に関して理解力がある。いつも甘い物が切れたとか、一服してくるとかでしばらく姿を消しても何も言わない。俺が居ない時に何かあると上手い事やってくれている。

よく出来た部下だ。アイドルに夢中になってるところがイタイが。


立ち上がり二人に近づく。部長は頭に血が上っているのか俺が側まで来ている事に気が付いていない。


「おい!!聞いてんのか!?」


「もうその辺でやめてやったらどうです?」


横から言葉を挟むと二人が同時にこちらを向いた。あららー、涙目になっちゃって可哀想に。確かぱっつあんが先方さんは怒ってないとか言ってたな。


「向こうもいいって言ってくれてんすからもういいでしょう。あんまカッカし過ぎると頭またハゲますよ?」


周りからクスクスとした笑い声が聞こえた。俺は知っている。部長は最近薄毛を気にしているのを。トイレで出会うたびに鏡ばかり覗いているからとんだナルシストだな。と、思っていたがどうやら頭皮が気になっているらしい。俺の天パーを分けてあげたいっつーの。


「坂田っ!!」


あれ?言い過ぎた?でも、女の子を守ってるんだから少しくらいカッコつかないと様にならないでしょ。


「はいはい、お叱りは後で俺がきっちり受けますからひとまずこの子は解放してやって下さい」


俺は二人の間を通り、振り向き様に彼女に「おいで」と誘った。このまま席に戻ってもやり辛いだろうと思ってこの空間から誘い出した。「本当にすいませんでした。…失礼します」とあんなに自分を怒鳴っていた部長に頭を下げて俺の後ろを追いかけてくる彼女は子犬みたいだ。涙目の彼女も堪らないが。あれ?俺そんなにSが強かったっけ?



辿り着いた先のその部屋にはタイミングよく使用中≠フプレートが出ていなかった。ドアノブにかかっていたそのプレートをひっくり返し使用中≠ノする。そこの扉を開き、中に入ると彼女も続けて入ってきた。彼女に行儀良く並んでいた椅子に目線を向けると意味を理解したのか「失礼します」とか細い声を出して腰をかけた。

彼女が座った事を確認すると、向かい合わせになる様にすぐ隣の椅子に座る。



「朝からやられたな。ぱっつあんから事情は聞いたぜ?珍しいじゃないの」


「すいません…」


普段はほとんど失敗などしない彼女がミスをするなんて事、何か余程の事情があるんだろう。自ら話出す気配もないので、


「何かあった?銀さんで良ければ話聞きますよー?」


と、言ってみれば


「…実は3年付き合ってた彼とこの前…別れたんです。彼の浮気が原因で…」


え、マジ?ちょっと待って?…やっぱり彼氏居たんだ。いやー、だって可愛いもん。居るよね。そりゃ居るよね。指輪してなかったから、居ないと思ってそろそろ行動に出ようかなーなんて思ってたのに。

…地味に凹んでんじゃん、俺。

俺もやりそう。俺も今日何かぜってーミスするって。



告白しづらい事を話してくれた彼女はスカートの裾を握りしめながら俯いて語った。


「…ごめんなさい、公私混合するタイプじゃないと思っていたんですけど…」


そう言って反省の言葉を言ったと同時に、ポタポタと大きい涙の雫が彼女の瞳から落ちてスカートの生地に吸い込まれていく。


「うおっ⁉ちょ、ちょっタンマ‼なんか拭くもん、拭くもん」


急な展開にあたふたする俺。まさか泣き出すなんて思ってなかった。彼女はハンカチで涙を拭く事もなく、ただただ涙は流れるばかりだ。あらゆるポケットに手を入れてみたが、今日に限ってハンカチを忘れた様だ。だとしてもそのままこの涙を無視する事が出来ない俺は着ていたシャツの袖の部分を彼女の目にそっと伸ばした。


「よしよし、もう泣きなさんな。化粧が崩れるぞ」


嫌がる事もなく、彼女は大人しく涙を拭かせてくれた。小さい声で「甘い匂いがする」って言ってたけど、何の事なんだ?


「ごめんなさい…シャツ…」


彼女はシャツの袖を見るなりそう呟いた。

いいんだよ、別に汚れたくらい。「どーって事ねぇよ。それより」


「…何ですか?」


「こんな俺好みの可愛くて性格も良い子を泣かす奴がいるんだな」


「え?」


テーブルに肘を置いて、顔を覗き込む様に見る。


「俺だったらそんな顔はさせねーけど」


しばらくぱちくりと俺を見た彼女は急に「ふふっ」
と笑いだし、


「ありがとうございます、坂田さん。そうですよねっ‼可愛くしないと次の恋なんてやってきませんもんねっ」


と、言った。

え?ん?笑った。なんか俺変な事言った?いやいや、今決定的な事言ったよね?大抵の人は理解出来る事言ったよね?「そうだよね、しっかりしなきゃ。男は彼1人じゃないんだし」ってなんか思いっきり、立ち直れてる感MAXな事言ってんじゃん。恥ずかしいっ‼さっき、超決めた感じで言った一言取り消したいっ‼神様、1分、いや、30秒前でいいので時間を戻して下さいませんか?


「そーそー、その調子。今度会社の飲み会があるらしいからパーっと騒いでそんな男忘れちまえ」と、とりあえずちょうど良い話題を振って、場を和ませた。





「おかえりなさい。…あれ?なんか凹んでます?当ててみましょうか?実は気になってたあの子に彼氏がいたとかそんなオチでしょ」


あれから席に戻った俺はぱっつあんにズバリと言い当てられてしまった。


「違いますぅー。もう別れてますぅー。残念でしたぁー。ハズレですぅー。今日僕もう帰りますぅー。」

「何さらりとどエライ事言ってんですか。今日は午後から大事な会議でしょ。早退は許しませんよ‼︎」


あ、やっぱりダメ?襟元をぱっつあんから捕まえられた俺は自席に座らされ、午後の会議の資料を広げられた。


「頼みますよー、ちゃんと目を通して下さいね」


「はいはい」


適当な返事を返すと、「もう、これだから銀さんはどーのこーの…」と明らかに聞こえる愚痴が聞こえ出した。資料を見るフリをして、ちらっと彼女を見ると同僚と笑いながら仕事をしている顔が見えた。ちょっとは元気になったみてーで良かった。





それから彼女は落ち込む感じも見せず毎日元気に出勤してきた。


「銀さん、今日は部長は出張なので、午後の会議は銀さんに頼むって言ってましたよ?」


「えっ、何それ!?そんな事聞いてないんですけどぉ!?」


ある日出勤するとぱっつあんに告げられた。てか、ぱっつあん秘書的な役割なの?いつも大事な事ぱっつあんから聞くんだけど。


「はい、これ。資料だそうです。文章に書いてある事をそのまま読めばいい、って言ってましたよ」


「んならそれ俺じゃなくても良くない?昨日ゲームし過ぎて、焦点合わねぇんだよー。」


「僕じゃ説得力ないでしょ。それなりに地位のある人が話さないと」


そう促されて、会議に出た。最近オンラインゲームにハマっているせいか視力が落ちている事もあって、小さい文字を見る時はメガネをかける事が多くなっていた。


つづきはかみんぐすーん。

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