「あ、総ちゃんおはよ」


「…はよ」


私が出勤する時間帯には、隣の家からほぼ同時に総ちゃんも登校の為に家を出る。駅までの道が同じだ。私と総ちゃんは家がお隣さん。それぞれの両親達が仲が良く、私は小さい頃から一人っ子で5つ下の総ちゃんのお世話をよくしていた。つまりはお姉さん的立場だ。そんな私もいつの間にか23歳になり、総ちゃんも17歳の立派な高校生になった。しかし、反抗期?いや、思春期というものだろうか。あんなに私に懐いていた総ちゃんが中3辺りから態度が素っ気なくなった。男の子だし、仕方ない事とは思っているが、やっぱり少し悲しい。


「もうすぐ冬休みだね。何か予定あるの?」


「別に…」


合わせているつもりは無いが、歩くスピードが一緒なので、いつも会話を投げかけてはいるが毎度この調子だ。


「そういえば、最近総ちゃん髪の色明るくなったよね?色気づいちゃってー。彼女でも出来た?」


「…そんなヤツ、いねぇし」


恋愛話なら興味があるかもと思って投げかけてみた話題もダメ。逆になんか不機嫌になってしまった。総ちゃんはハッキリ言って可愛い。男の子なのに目がパッチリしていて、私がアイドル事務所に応募してあげたいくらいだ。そんな彼がモテないワケがないと断言出来る。だけど、彼女らしき子といるのを未だに一度も見た事がない。何か良くない部分が総ちゃんにはあるのではなかろうか。そうこう考えているうちに、私が乗る駅に着いた。


「じゃあね、総ちゃん。勉強しっかりするんだよ」


笑顔で見送る私を見て、小さく頷いた総ちゃんは行ってしまった。今となってはこれが当たり前だが、総ちゃんと私との関係が更に悪化する出来事があった。






「ここで大丈夫、ありがとね」


付き合って3ヶ月経つ彼がデートの帰りに自宅付近まで送ってくれた。まだ3ヶ月だけど、長く続いて結婚も考えていけたらいいな、なんて思っている。会話をしていた彼がふと、私の後ろに視線を変えた。それに気付き、私も後ろを振り返ると部活帰りだろう、竹刀を肩にかけた総ちゃんが立っていた。


「あ!総ちゃんおかえり」


総ちゃんの目線は彼を見ている。お互い初対面だった事を思い出し、慌てて紹介した。


「あ、この人、今お付き合いしている方なの。総ちゃんにも教えてあげなきゃって思ってたからちょうど良かった!」


「はじめまして、彼女から可愛い弟分がいるってずっと聞いてたよ。よろしく」


大人な彼は笑顔で総ちゃんに挨拶をしてくれた。少し猫を被っているのを私は知っている。しかし、総ちゃんは一向に喋らない。それどころか彼を睨みつけていた。


「あの…総ちゃん?」


総ちゃんは何も言わずに足早に家の中へと入って行ってしまった。


「なんだ、あのガキ」


「もう!そんな言い方しないで。なにか学校であったんだよ、きっと」


その夜、小さい頃から見てきた総ちゃんが遠くなっている様な気がして切ない気持ちになっていったが、思い返せば私が同じ様な歳の頃の男の子も自分をかっこよく見せようとしてクールに装う子もいた事を思い出した。多分、総ちゃんもそんな感じなんだと思う。そう思っていたのに。







「あ、総ちゃん今帰り?お疲れ様」


残業ですっかり遅くなった帰り道。もうすぐ家に着きそうな頃、部活帰りの総ちゃんとばったりと出会った。


「この前、急に彼氏なんて紹介してごめんね?急いでたんじゃない?総ちゃんすぐ家に入っていっちゃったから」


「…」


空が暗いせいか、総ちゃんがどんな表情をしているのか読み取れない。近づいて立ち止まっている総ちゃんの顔を覗き込む。


「総ちゃん…?」


「…とけ」


小さい声で呟く。久しぶりに声を聞いた気がしたと思った。


「ごめん、何?もう一回言って?」


聞き取れそうで取れない声に神経を集中した。







「アイツやめとけ」


総ちゃんの口から思いもしない言葉が飛び出した。一体どうしたのだろう。しかし、総ちゃんは真っ直ぐ私を見つめている。


「ど…どうしたの?何かあった?」


総ちゃんに近付き、その綺麗な茶色の髪に手を添えた時だった。グッとその手首をつかまる。


「いつまでもガキ扱いしてんな」


そのまま手首を引かれ体制を崩しそうになった時、総ちゃんは私を引き寄せ荒々しく唇を重ねてきた。突然の事に私は目を見開いたままだ。息さえも許してもらえないキスに酸欠状態の私は倒れそうになり、無様にも地面に座りこんでしまった。そんな私を見下ろす総ちゃんの表情は街灯の逆光で読み取れない。


「…俺はあんたの事を一度だって姉貴分として見た事ねぇ」


さらりと傷付く台詞を言われた。静かに吹く風に総ちゃんのさらさらとした前髪が小さく揺れる。












「俺の中であんたは女だ」


お世辞でも上手とは言えないキスに総ちゃんの戸惑いを感じた。もう今までの関係には戻れないと悟った。私の目の前には知っている様で知らない男が立っている。

 
topへ
ALICE+