「やぁ、こんな所に居たんだね探したのだよ?この辺りは物騒な輩が屯しているから近寄ってはいけないと言った筈だろう?嗚呼ァもしもか弱い君が何処ぞの誰かに傷つけられたらと思うと私は恐ろしくて仕方ないよ…」
「あの…」
「本当に心配したのだよ?心配で心配でこの身が引き裂かれる思いだった。さあもう外出はお終いにして一緒に家に帰ろう」
「あの!貴方は一体どちら様で…?」
沼の底のように濁った目をした男は酷く驚いた顔をして速射砲の如く喋り倒す口を閉じ、ピタリと止まった。まじまじと私の顔を見つめると端正な顔立ちに哀しげな表情を浮かべ、私の手を優しく取り抱き寄せた。恋人に対するように首筋に唇を寄せられ、髪を梳くように撫ぜられるが全く見知らぬ美丈夫だ。
一寸くらりとして仕舞うような甘い美声で哀切この上ないとばかりに「酷いじゃないかどうしてそんな意地悪を言うんだい、もしかして迎えに来るのが遅くなってしまった事に拗ねているのかい?」などくっちゃべる。どんな美丈夫でも知らない人にこんな接し方されてもただ怖いだけだ。性犯罪者、変質者、圧倒的不審者でしかない。ならばする事は決まっている。腹に力を込め、あらん限りの声を張り上げた。
「軍警さーーーーん!!こっちですぅうううううう!!!!」
俺のターン!必殺”軍警さんこっちです”を発動。驚き不意打ちを食らった男を突き飛ばし、紐を引き抜けば防犯ブザーは気魂しい音をたてる。防犯ブザー君、君が頼りだ。買っててよかった!
防犯ブザーをできる限り遠くに投げ捨てると見事なクラウチングスタートを切り、日当たりの悪い裏道を駆け抜けた。男が追いかけてくる気配はない。元陸上部エースの脚力は伊達ではない。目指すは日の当たる場所(不審者の居ない場所)だ。
この日私は誓った。もう近道をする為に危なそうな路地には二度と近づくまいと。息を切らして自宅マンションに駆け込む私は知らない。私のお気に入りのソファに座り、茶を啜りながら先程の不審者が待ち構えている事を。あの不審者がかのポートマフィアの最年少幹部で蛇の如く執拗で執念深い策略によって最終的に彼の手の内に転がり落ちてしまう事を。私はまだ知らない。
20190127
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