こころまい
 朔、また釦が外れているよ。聞きたくもないのに聞こえてくる声に、深々と溜め息を吐きそうになった。苦し紛れに吹かす煙草の味なんて、最早感じられない。
(……一体いつから)
 僕の釦はもう、とめてくれないのかい? そう気軽に問えたら、どんなに、いいことだろうか。生憎、僕には駄々をこねる権利も、冗談を突く口も持ち合わせてはいない。
(ずるい、なあ)
 ずるい、ずるい、狡い。ずるい男。小賢しい、男。
 ちらり、と萩原くんの目が僕を見た。
(そんな顔もするんだね)
 あまり悠々としていられないかもしれない。

日常
 やれやれと言った様子で彼の手を引いたのは、ナカハラその人である。待ち望んでいた瞬間。儚げな瞳は地に伏せられていて、視線が合わさることはない。
「……自分は」
 控えめに開かれた薄い唇に目線を移す。想像していたよりもずっと低い声色に、驚愕の色を隠せなかった。
「萩原」
 朔太郎、と名乗られるよりも先に、体が動いていた。勢いよく飛びついて、彼の背に手を回す。ナカハラが狼狽えた様子で僕の名を呼ぶが、この感動を抑える術を僕は知らなかったのだ。
 ずっと会いたかった。君が覚悟を決める瞬間を待っていた。ずっと。心中で幾度も気持ちを吐き戻す。
「会いたかった、ずっとずっと待っていたんだよ」
 彼の両手は、きっと行き場をなくしたまま空中で漂っているに違いない。初対面の人間に抱きつかれたのだ、不快な思いをしているに決まっている。だのに、僕は自分勝手で自己中心的だから、彼を離してやれないのだ。
 あと少しだけ、このままで。
 ぎゅっ、と彼を抱く腕に力が入る。不思議なことに、彼からは真新しい月の匂いがした。
「孤独になんてさせないよ。僕がずっとそばにいたげるからね。貴方のことが知りたくて知りたくて、ずっと待っていたんだよ、……ずっと」
 ずっと、と言い終えると同時に、彼の手が僕の背に触れた。
「ようこそおいでくださいました、萩原朔太郎様。僕と一緒に、どうか、文学を守ってください」
 遠慮がちに抱きしめられている。やんわりと縮められた距離感は、歪で不格好だ。耳元にかかる吐息がくすぐったくて、腰が動いてしまう。
「よろしくね、司書さん」




 これが全ての始まりとは知らずに。

日常
「あけましておめでとうございます先生」
芥川先生「ふふ、あけましておめでとうございます」
「こんな司書ですが今年もよろしくお願い致します」
芥川先生「こちらこそ今後ともよろしくお願い致します」
「……」
芥川先生「……えいっ(おててぎゅっ)」
「ピャッ!?……え、あの、え、先生、手、手が」
芥川先生「……僕もね」
「え」
芥川先生「我慢するのには限りがあるんだ」
「え」
芥川先生「そろそろ手を繋いだって、いいと思わないかい?だってほら、もう一ヶ月だよ」
「え」
芥川先生「顔が真っ赤だね」
「だ、れの……せい……ぁぁ……」


「っ……ぼく、あー……僕は……」
芥川先生「うん」
「人とこんなに接触するの、初めてなんですよ……」
芥川先生「うん」
「えっと、だから、…………」
芥川先生「うん(おててすりすり)」
「ああああそれやめなさい!(ばっ)」
芥川先生「ごめんね」
「絶対思ってないぃ!……その、ですから、だから……」
芥川先生「うん」
「……お手柔らかに……」
芥川先生「時間は有限だよ?」
「有限ですけども!お手柔らかに!」
芥川先生「……努力はしようかな」
「絶対思ってないぃ!」

日常
「僕はイベント事は嫌いなんだ」
中原「へえ」
「他の図書館はどうだか知らないけど、うちにクリスマスなんて来なかっただろ? つまりはそういうことなのさ」
中原「……あのケーキの山は」
「悪魔が置いてった」
中原「俺らの枕元にあったプレゼントらしきものは」
「それも悪魔じゃないかな僕は知らない」
中原「…………お前よぉ」
「なんだよ」
中原「素直になれよ」
「だから悪魔が置いてったんだって」
中原「へーへーそうですか」

日常
江戸川「半か丁か」
「丁!丁だって!」
菊池「なら俺は半でいいぜ」
江戸川「正解は……おや、半ですね」
「んんんおおおおお……」
江戸川「司書さんはこれにて三連敗、と」
菊池「悪いなぁ」
「きくっちー強すぎでは……」
菊池「海月の運がなさすぎるだけじゃないか?」
「そういう心にくるようなことはやめよう」

江戸川「……さて、続けますか?」
「今日はきくっちーの誕生日だから朝まで遊んでやんよー!」
菊池「おいおい、遊んでやっているのは俺の方だぜ?」
江戸川「なら私もつき合いましょう」
「賭け事だー!」


館長「ほどほどにな」
ネコ「まったくだ」

日常



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